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トリップ・ストーリー  作者: リッキ
第二部 冒険者ギルド編
8/9

第七章 剣術

 巧は冒険者ギルドのエントランスホールへと続く通路を歩いていた。

 彼は契約書に署名後、登録情報の記入用紙に続けて記入したのだが、


「本当に名前だけで登録出来るもんなんだなぁ」


 出身、職業、特技など複数の記入欄があったが、ヒルダの話では必須内容は名前と年齢のみで、他は埋められる範囲で良いとのことだった。

 今、ヒルダは巧の『ギルドカード』の発行のため作業をしている。


 そういえばお金貸してもらわないと……。


 ギルドカードの発行には10ゴールドがかかるとのことだった。食事抜きで安い宿に1泊する値段とほぼ変わらない。特別製なのかな、と巧は思う。

 通路が終わり、ホールへと入っていくと、


「うおおおおおお!」


 男達の歓声が反響していた。耳を塞ぐほどではなかったが、それなりに巧は驚く。歓声の方向は休憩スペース。そこで男達がテーブルを取り囲んでおり、


「……ララ?」


 ララが少し自慢げに脚を組み、金属製のテーブルを前に座っている。彼女の向かい側の席は開いており、


「これで9連勝ォ! 『ソリダスの金竜』を止められる奴はいないのかァ!?」


 司会のようにテーブル近くの男が声をあげ、周りが合わせて歓声を上げる。


「何……あれ……」

「タクミさん」


 ふと、巧の横にイリアが近づいてきた。


「終わりましたか?」

「うん。今発行待ちだよ……で、あれは?」


 問いに、彼女は困ったような表情で、


「『アームファイト』というものです。お互いに手を組んで横に押し合い、手の甲をテーブルにつけた方の負けです」


 ああ、腕相撲か……。


「それで……」

「ララはああなんです」


 イリアは苦笑して、


「口調はお堅いですけど、周囲に流されやすいと言いますか、血気盛んと言いますか……単純に勝負事が好きな一面もありますからね」

「そ、そうなんだ……」


 脳筋、という言葉を巧は飲み込んだ。ある意味で『禁句』である。剛腕もだが。

 と、


「おう兄ちゃん!」


 声をかけられた。誰だろうと巧が周囲を見回し、


「あ、さっきの……」


 先ほど、こちらに話しかけてきた大男と中年がこちらに歩いてきていた。

 左側を歩く大男が、


「嬢ちゃん達から聞いたぜ。ギルドに入るんだってなぁ?」

「はい。今、契約してきました」

「若くていいねぇ……嬢ちゃん達がついてんなら大丈夫だろうが、困ったことがあったら何でも聞いてくれや」

「はい。これからよろしくお願いします」


 そう言って頭を下げる巧。すると横の中年が、


「礼儀正しいじゃねぇか。ただ、ヘコヘコしすぎるとナメられるから気いつけな」


 中年の言葉に、巧は苦笑してしまう。

 やはりそういうことも重要なのか、と考えていると、イリアの声が来た。


「もう……あんまり苛めないで下さいね?」

「おおっと、わりいな。まあ『ソリダスの金竜』がついてんなら大丈夫だろ」


 中年の言葉にイリアがもう、とはにかみつつ呟いた。

 笑っていた大男が改めて巧を見て、


「俺はバートってんだ」


 続いて中年が、


「クリフだ。兄ちゃんは何てんだ?」

「タクミ・フジノと言います。タクミって呼んでください」

「へぇ、姓を持ってるのか……ま、俺らは仕事が無いときはその辺の酒場で飲んだくれてるかここで暇つぶししてるからよ、何かあったら言ってくれ」


 そういえば姓を名乗る人が少ないな、と思いながら巧は2人の顔と名前をしっかりと頭の中にいれた。と、ここで一際大きな歓声が上がる。それは、


「うわあああ『鉄拳』も敗れたァ! 『剛腕』のララ10連ぐふっ!」


 司会の男をララが殴った。



    ●



「それで? いくら儲かったの?」

「か、賭けなどしておらん! 純粋な力比べだったぞ!」


 ウィッテンを南門から北、城の手前まで伸びる最も大きな通り。巧とララがそこを歩いていた。通りは人が多く、時折ぶつかりそうになりながらも2人は並んで歩く。イリアとは別行動中だ。


「まったく……私だって女だというのに……剛腕とは何だ剛腕とは。もっとまともな渾名があっても良いのではないか? ――どうして可哀想なものを見るような目をしている」

「なっ何でもないよぉー僕は何も思ってないよー」


 棒読みで何とかララの追求を逃れようとする。ララは溜息1つ、再び前を向いて歩き出した。巧もホッと息を吐きながら、懐から何を取り出す。


「ギルドカードかぁ……」


 陽光を反射する手の平ほどの金属プレートを巧は眺めている。

 琥珀色に輝くそれが『ギルドカード』だ。表面には『冒険者ギルド』が装飾された文字列で、裏面は所持者をギルド員として認める書面と巧の名前が書かれている。

 ララが巧の手のカードを見ながら、


「それを所持していればイスト領内の街ならば手続き無しに自由に出入り出来る。ただ、場所によっては依頼受理の証明書が必要になる場合もある」


 便利だな、と巧は思う。

 今、彼らはこれからの活動のための冒険用品のため街に繰り出している。必需品となるのは保存食、水、そして薬だ。だがその前に、とララは言い、


「タクミの装備を整えてしまおう。それではただの旅人か街民だ」


 ララの言葉に巧は自嘲しながら自分の服を見る。

 異世界で最初に訪れた街で見繕ってもらった中の1着。麻で出来た服だが、冒険者としては心許無いものである。


「しかしその靴は良い品だな。頑丈なもので出来ているのか?」

「金属ほど頑丈では無いけどね……動きやすさ重視ではあるからいいんだけど」


 元の世界で使っていたスニーカーを見ながら巧は話す。皮なども使われているが、この世界では発明されていないであろう人工素材も使われている。

 

「世界は広いな。靴1つ見ても、まったく違う文化があることを教えられる」


 ララの言葉に巧は返さなかった。異世界の物だとは言わない。と、


「ここだな」


 1つの建物の前で止まった。石造りの2階建ての建造物。入口の扉は開けられており、その横には剣と槍を交差した絵が描かれた看板と、


「『武器店オリウス』」


 巧が書かれていた文字を口に出した。

 ギルドで知り合った冒険者、バートから聞いた武器屋である。


「入るぞ」


 ララの言葉に頷き、2人は店内へと足を踏み入れる。

 広めの店内はやや暗いが、数人の客がいる。右の壁には武器が飾られ、その下には中古品だろうか、傷の目立つ剣や槍が木製の樽に無造作に入れられている。左側には何も置かれていない分広くスペースが取られていた。

 そして奥のカウンターには店員と思われる男が1人。武器を扱うのには少々似つかわしくない細身の人間だ。


「いらっしゃいませ」


 店員が2人に気がつき、お辞儀と共に声をかけてくる。

 ララは頷きを、巧は会釈をそれぞれ返して、


「タクミ、剣を扱ってみたいと言っていたな」

「ああ、うん。1回触ってみたいなと」


 大きな理由としてはやはり興味があった。一般人の剣の所持は資格無しでは許されていなかった元の世界。異世界に来たのだから、と巧は剣を一度扱ってみたかったのである。

 別の理由として、


 神様はくれたのかな……?


 神が果たして、己に剣術の才能をくれたのかという疑問からだ。転生前、頭には思い浮かべたが要求はしなかった剣術。だが神は自分に『餞別』としてくれただろうか、と。

 ウィッテンに来るまで経由した街には鍛冶師や砥ぎ師こそ居たものの、武器屋自体は無かった。鍛冶屋は注文を受けてから剣を作成する方式のものだったし、何より武器の値段が非常に高かった。

 と、ララが店員に向かって、


「店員、この店の武器類は鋳物(いもの)か?」

「さようでございます。鋳造工場から仕入れた品々をお安く提供しております」


 言わば、この店の武器類は大量生産品と呼ばれるものである。鍛冶屋が1本1本鍛造したものよりも値段は安いが性能も劣る。

 武器防具の性能がそのまま命へと繋がる冒険者や傭兵にとって鋳物はあまり選ばれないものだが、駆け出しの冒険者、そして腕利きの傭兵達に対しても予備として持っておく分には十分なものだとして、鋳造品は人々に売り出されている。

 巧は右の壁際に移動し、樽に入っている刀剣類を眺めた。柄巻きの汚れや刀身にある傷が、長く使われてきたんだなぁという印象を与えてくる。

 巧は目を細めながらそれらを見回し、ややあって、


「全然わからん……!」

「まあそうだろうな……」


 いつの間にか巧の背後にララが来ていた。彼女は巧越しに武器を見て、


「お前の筋力ならば肉厚のものも大丈夫だろうが、今まで握ったことが無いなら薄いものにしておけ。試し振りするならば柄巻きが擦り切れていないものだな」

「なるほど……」


 ララの言葉を聞き、巧は再び武器を選び始めた。持ったり、樽から出したりして、


「これでいいか」


 巧が樽から取り出したのは、反りのある小ぶりなサーベルだった。柄は黒色で白い柄巻きが取り付けられており、護拳もある。刀身は細く薄めだ。身体能力が上がっているのが原因か、サーベルが異様に軽く感じる巧。

 巧は刃を下に向けて持ち、


「店員さん。試し振りは出来ますか?」

「そちらのスペースをお使いください。くれぐれも武器を投げることが無いようにお願いいたします」


 店主が右手で促したのは逆側、武器の置かれていない空間だ。

 巧はララと共にそこへと歩いていく。


「よし、やってみろ」


 ララ1歩手前で立ち止まり、巧はスペースの中央に立つ。彼はサーベルを一度見て、


 正眼って言うのか……?


 握りが少なく構えは片手になってしまうが、右肩を前に出し、視線の中心にサーベルを構える。左手は自然に広げ、肩幅ほどに足を開いた。そして、


「いきます」


 右手をゆっくりと頭上に掲げ、一旦止め一閃。

 生まれる軌跡は右上から左下への逆袈裟切りだ。

 力任せに剣先を床付近で止め、手首の捻りで刃を返す。

 打ち上げる。

 刃が風を切り、振るう腕が風を生む。

 続ける動きで右手を横に流し、腰を回す。

 横薙ぎ。

 今度は剣先が少しぶれた。修正するように巧は更に動作を続ける。

 右切り上げ、唐竹、逆風、袈裟、右薙ぎ、左薙ぎ。

 流れる動作は風を纏い、周囲へと圧を放つ。

 右へと振るったサーベルの剣先を正面へ。

 手を胸へと近づけ溜める。そして、


「はっ!」


 刺突。

 最初の構えから右腕を伸ばした形で静止した。後に残るのは微風。

 淡く汗の浮いた頬を左手で撫で、巧は周囲を見た。


 逆の壁際、店員が口をポカンと開けこちらを見ている。

 その隣、店員から説明を受けていただろう傭兵らしき男が同じ表情。

 そして――巧の近く、


「タクミ……お前……」


 ララが驚愕の表情でこちらを見ていた。目は点になり、口を大きく開いて。

 周囲に広がっているのは静寂。それを受けて巧は、


 これは、やったかな……?


 剣は軽く、身も軽く、少し剣筋がぶれた部分もあったが、動きは自分が想像した以上のものだったと思った。


 神様、ありがとう……。


 心の中でガッツポーズを作り、巧はララに笑顔を向けた。


「どうかな? ララ」

「お前……お前本当に……」


 ララが言葉を詰まらせている。その対照的に巧は更に笑みを深め、




「――本当に素人なのだな……」

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