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トリップ・ストーリー  作者: リッキ
第二部 冒険者ギルド編
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第五章 ウィッテン

「駄目ですぜ旦那。なーんも居やしねぇ」


 昼の光が差し込む広間に、低い男の声が響く。廃れても重厚な石造りの壁は窓や入口からの光以外を遮り、広間は所々暗い。

 捨てられた砦。賊が住処にしていた砦の広間だ。

 戦闘の傷跡を残し、死体もそのままの状態の広間に、人間が2人いた。

 低い声の持ち主は、広間の奥から姿を現した。重厚な金属鎧を身につけ、兜を小脇に抱えている。がちゃがちゃと鎧を鳴らして男は広間を歩く。

 そんな男にもう1人が声をかける。


「彼らに渡した魔法品(マジックアイテム)はどうでしたか?」

「無かったですぜ。こりゃ、別のならず者にでも襲われたんじゃないんですかい? 前払いの金貨も綺麗さっぱりですぜ?」

「まあゴールドのほうははした金ですし、いいとしましょう」


 もう1人は広間の中央に立っていた。長身で痩躯の男は開襟の灰色のシャツを着ており、ズボンは暗い着色のされた絹のもの。その上から黒いコートを羽織っていて、真っ黒のシルクハットの下の表情は目の細い笑みが能面のように張り付いていた。

 彼は鎧の男の声に広間を見回す。入口から見て右側の壁に走った傷跡、倒れたテーブルに入口に固まる死体群。


「攻撃魔法ですか?」

「ですかね……まあバラバラの死体を見る限り、『風』系統じゃねぇかと思いますぜ」


 ふむ、と痩躯の男は入口の死体群を一瞥する。表情は一切崩さない。と、


「ご主人」


 広間の左、牢屋へと続く通路から1人が出てきた。

 男だ。

 フードを被り髪の色はわからず、眼は金色。その下には濃い紫色のローブを着ていた。

 痩躯の男は彼に向かって、


「どうしました? アルバさん」

「牢屋のほうが少し……」


 アルバと呼ばれた男の言葉にほう、と一言。痩躯の男はひっくり返ったテーブルを踏みつけ、通路へと歩き出す。


「案内を」


 男の言葉にアルバ頷き、来た道を引き返す。それに痩躯の男が続き、更に鎧の男も後を付いていった。

 暗がりの通路を3人の人間が縦に並んで歩く。

 牢屋にはすぐについた。痩躯の男は牢屋の様子を見て、


「これはこれは……」


 何故か楽しそうに呟く男。

 彼の視線の先、牢屋の鉄格子は曲がっている。牢屋を横へと広げ、人1人が通れそうな隙間が作られている。

 痩躯の男はアルバの横を抜け、隙間を通って牢屋へと入る。残りの2人は牢屋外で立ち止まり、痩躯の男を見ていた。


「ふむふむ……」


 男は相変わらずの笑みで、牢屋の床を見回している。ふと、男が足元に転がっていた『鉄の輪』を持ち、


「ジェルノさん」


 声と共に、放り投げた。鉄輪は男の通った格子の隙間を抜け、


「っとと」


 鎧の男、ジェルノがそれを受け取った。

 牢屋の中、痩躯の男は床を見渡しながら、


「それ、何だと思います?」

「何って……あ! これ『封印の首輪』じゃないですかい!」

「はい。ところでジェルノさん……それ、『強化魔法』使わないで曲げられます?」

「え? それは……」


 男の言葉にジェルノは小脇の兜を床に置き、鉄の輪を両手で掴み、


「ふんっ! ぬぅぅぅぅ……」


 歯を食いしばり、顔を引きつらせながら鉄の輪を引っ張る。ジェルノの隣、アルバが無表情のままジェルノの行為を見ていた。

 数秒後、ジェルノは力を抜いて輪を見る。


「お、ちょっとは広がりましたぜ旦那」

「まあ、元より伸びている分薄くなっていますからね」

「そう言われりゃそうですぜ。元の首輪だと指しか差し込めねぇですし、こんなに鍵を使わず外せるように広げるには……」

「強化魔法ですか……」


 アルバの呟きに、ジェルノが頷いた。

 そうしている間に、痩躯の男が何かを見つけ、床から摘み上げた。


「ジェルノさん、どう考えます?」

「そうっすねぇ……賊は冒険者集団から女だけを奪った……しかし残りの冒険者達の襲撃に合い皆殺しにされ、女を助け出された……ってとこじゃないですかい?」


 ふむ、とジェルノの言葉に男は呟きつつ、摘み上げたものを窓からの光に晒した。

 金色の髪だ。


「ジェルノさん。その首輪、おかしなところはありますか?」

「え? いや広げられている以外には特には……あん?」


 ジェルノに握られている首輪だったもの。その一部が、


「黒いものがついてますね……」

「んだぁこれ? (すす)?」


 その言葉に、痩躯の男が反応する。彼はほう、と呟きながら笑みを深め、牢屋の格子へと歩き始め、


「熱……膨張……歪み……死体の位置……魔法の傷跡……金の髪……」


 そして痩躯の男の表情が変わる。それはより一層深められた笑みへと。

 口を吊り上げながら、彼は再び隙間を通り、通路へと戻る。


「アルバさん、もうちょっと牢屋を調べてみてください。ジェルノさんは私と一緒に広間へ戻って現場検証でもしましょうか」

「うぃーっす」

「了解しました」


 それぞれ返事と頷きを返した2人。それを見て男は広間へと続く通路を歩き始める。

 彼の脳裏には1つの映像が浮かんでいた。それは今日の朝、ここから馬車で半日もかからない『トルデ』の映像だ。

 トルデの街は決して小さくはない。旅人がいて、仕事のための滞在者がいて、街に定住している人々がいる。

 朝、街を気軽に歩いていたときの光景。宿屋から出てきた3人組。1人は少年で黒髪黒眼であり、他の2人が、『金髪』。


 もしや……ですね。


 男の表情は、元の細い笑みへと戻っていた。



 それから、10日ほどが経った。



    ●



 早朝。

 日が僅かに山間から顔を覗かせ、夜の闇を塗りつぶし始めた頃。

 長い年月で踏み固められた街道を行く1台の馬車がある。大型の馬2頭によって動く馬車だ。馬車には白い布の天幕が被せられ、後ろ側には転落防止用に取り外し可能な低い木の板が取り付けられている。馬車の前方には馬に乗った鎧の人間が1人。後方にも同じ姿の2人がいる。兜はつけていない。

 馬車の側面、木の部分には焼きごてで刻まれた『ハウンズ商会』の文字。

 都市間移動用の馬車。

 イストの首都ウィッテンにあるハウンズ商会の馬車だ。ハウンズ商会はこのイストの主要都市同士を結ぶ馬車を展開している。

 その馬車の内部、側部に置かれた長椅子はほぼ満席だった。しかしその内起きているのは数人で、ほとんどの乗客は顔を俯かせて眠っている。


「前の街、『ラーグルス』を夕方に出発して……もう夜明けか」


 馬車の後方から見て左側の一番手前、巧はそこに座っていた。服装は前の世界の学校の制服では無く、薄灰色の麻の服に同じく麻の黒く長いズボン、靴は前の世界から変わらずの白いスニーカーである。足元には背負うタイプの鞄を置き、車掌によって配られた毛布を膝にかけ、転落防止用の木の板に肘を乗せている。


「もうまもなく着くだろうなぁ……」


 巧の呟きは、決して静かではない馬車の駆動音にかき消される。彼はふと、馬車の内部を見回した。結構詰めての乗車となった今回は13人が馬車に乗っている。起きている人間と目が合い、軽く会釈した。

 そして自分の隣に座る存在に目を向ける。


 ……よく寝てるなぁ。


 イリアとララだ。

 巧の左隣にはララが、ほとんど顔を俯かせずに目を閉じている。ただ目を瞑っているだけかと思うほどに窮屈そうな眠り方だった。

 更に彼女の左隣にはイリアがいる。彼女は椅子に深く腰掛け、ララの左肩に少し寄りかかって眠っていた。2人の顔を交互に見て巧は思う。


 やっぱめっちゃ美人だよなぁ……。


 こうして眠っている姿はまるで人形の様である。静かなその寝顔は端正で、少し触るだけで崩れてしまいそうな印象を与えてきた。改めて異世界にいることを実感すると共に、美人と旅が出来ていることに嬉しさを感じる巧。

 2人の顔を覗き込むのをやめ、巧は2人と出会ってからのことを回想する。


 濃かったなぁ……。


 賊の砦から脱出した後は、昼前にトルデの街に着き、そのまま宿で夕方まで3人で眠った。その後トルデの街で今着ている服を見繕ってもらい、保存食を買って次の日に街を出立。丁度馬車が無かったため、次の街までは徒歩であった。3日ほどの徒歩の旅の間、


 あれが『魔物』……。


 旅への同伴と共に、巧はイリアとララに自分の戦闘訓練を願い出ていた。勘と偶然だけで魔法を発動させてきたが、この先それでは駄目だと思っての願いだった。同時に、自分に与えられた神からの『能力』が他にもあるか、自分の身体能力はどれほど強化されているのか、と色々なことの確認をしたいというのもあった。

 2人は潔く巧の頼みを引き受けてくれた。そして戦闘時の動き方や強化魔法の指導をララ、攻撃魔法をイリアが受け持ってくれることになった。

 そして訓練の一環として、徒歩の旅路のときに街道を少しはずれ、敵対生物『魔物』との戦闘を何度か行なった。角を持つ大きな兎、獰猛な爪のある犬、2足歩行する小人。そういった魔物と、時には1人で巧は対峙した。

 そういったことによって今までにわかったことは2つ。 


 1つ。巧の筋力などの身体能力は鍛え上げられた人間のそれであるということ。しかし戦闘技能は完全に素人。

 もう1つ。巧の保持する『魔力』は普通と違うものであり、それの保有量は上位の魔術師にも匹敵するということ。


 結論から言って、巧が神に頼んだ『とりあえず強く』というのがしっかりと成されていたことに、巧は安堵した。ただし、2人に再び怪訝な顔で経歴について迫られたが。

 そして未だわからない、神からの『餞別』。

 今の段階でわかっているのは、『魔法の発動を封じられた状態でも、魔法を使用することが出来る』能力である。イリアとララによって、巧の持つ普通と違う魔力によるものではないかという仮説が立てられたが、証明には至っていない。

 同時に、巧はこの『異能』をなるべく使わないようにとイリアに釘を刺された。封印された状況下で魔法を使うのを見られたら、魔術師に目をつけられるとのこと。解体でもされたらたまったものではない、と巧はそれを了承した。

 ちなみにそのときのイリアの目が好奇心と研究心で輝いていて恐怖を感じさせたが、恐らくは大丈夫だろう、多分。

 魔物との邂逅や自分の能力の見極めを行いつつ、その後は馬車を乗り継ぎ、巧達はとりあえずの『目的地』へと辿り着こうとしていた。


 馬車の内部から転落防止板越しに外を眺める。広い平原が広がり、奥には森、そして山が見えた。眼上には白い雲の浮く夜明け後のまだ少し暗い青空が見えている。

 そんな情景を眺めていると、馬車の後ろをついていた馬に乗った男が馬車に近づき、巧みに声をかけてきた。『ハウンズ商会』お抱えの護衛である。


「ようお客さん。もう起きちまったのかい?」

「はい、馬車に乗る経験が少ないものですから……」

「そうかい。少ない中、『ハウンズ商会』を選んでくれてありがたいぜ。でも、ウチのに乗ったら地方の馬車にはもう安心して乗れないかもしれないぜ?」


 護衛の言葉に愛想の良い笑いを返す巧。

 自分の商会を誇りに思っている、良い男だと思いながら、


「どうです? もう見えますか?」

「おう、だいぶ大きくなってきてるぜ。気ぃつけて、ちょっと乗り出してみな」


 護衛の言葉にじゃあ、と一言返して、巧は立ち上がる。

 転落防止板に脚をかけつつ、馬車の縁をしっかり手で掴んで外に身を乗り出した。

 早朝の少し湿った大気が巧の顔を叩き、


「おお……」


 思わず感嘆の声を漏らしてしまう。


「この光景には何度も立ち会っているが、ホント、見惚れるぜ……」


 護衛の声を背後に受ける巧の視線の先、そこに広がる光景。

 山間から覗く日の光が照らし出すのは、城壁だ。横に広く、平原の地平線沿いに走る黒く巨大な影。その上から更に伸びる影は城壁内の建築物だろうか、細いものもあれば太くて先端が丸みを帯びているものもある。

 そして城壁の影の左端、山に近いところで城壁を越えて見えるのは、巨大な建造物の上部分だった。

 城である。

 屋根の描く流線型が、隣に立つ高い塔が、まだ離れたここからでもよくわかる。

 緑の平原上に浮かび上がる、太陽の光を受けた巨大な街。


「あれが……」


 その光景に、巧は心から感動した。


「イストの首都、『ウィッテン』」

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