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トリップ・ストーリー  作者: リッキ
第一部 異世界トリップ編
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第三章 異能の一端

 暗い通路。広間の様子が少し見える位置でイリアと巧は待機していた。多くの光源がある広間と違い通路に光はほとんど無く、一層濃い闇が広がっている。

 少し前、自らも戦うとララに言ったイリアだったが、


「イリア様はここでタクミを守ってやって下さい。ただ……」


 最初と、いざというときは頼みます。ララはそう言った。

 優秀だなぁ、とイリアは思う。己の力を過信しすぎず、自分も戦力として数えてくれるララを、イリアは尊敬し、信頼していた。

 だからこそ、ララの合図に対しイリアの反応は早かった。闇から身を曝け出す様に前へ数歩詰める。広間の光源によりイリアの顔が闇の中から照らし出された。

 彼女の正面、頭目の大きな背で遮られた空間からララが左側に跳んでいる。僅かの間に視線を交わした。

 しかし、頭目の反応も早い。後ろを振り向くことなくララとは逆、入口方向への跳躍の姿勢を取っていた。

 ララは魔法を行使する。

 魔力は既に体の正面で展開されている。高密度の魔力は大きな『空間の揺らぎ』となって彼女の視界全体を支配していた。そして、


 飛べ……!


 命令を下す。

 彼女の願いに魔力が答え、揺らぎの消失を伴いながら周囲の空気を圧縮、『加速させる』。

 発動の余波の風がイリアの頬をやさしく撫で、発現した『風の刃』が空気を切る音と共にその身を前へ。

 飛翔する。

 瞬く間に速度を得た風の刃は巨躯を斬り裂かんと頭目に肉薄する。

 しかし、


 …………!


 地を蹴ったと思われる重音が鳴り、爆発的な加速を用いて頭目の体が視界から消えた。


「避けた……!?」


 声は男のもの。イリアの背後、まだ闇に潜んでいる巧の声だ。

 彼の声にイリアは振り返る。驚愕の表情に顔を染めている彼を見て、


 戦いに慣れていない……。


 同時にイリアは思う。私達を窮地から救ってくれた彼を、守らなくては、と。

 だから、彼女は巧に口を開く。


「タクミさん。ここで潜んでいてください」

「あ……は、はい」


 一瞬の躊躇いはイリアを案じたものだろうか。しかし、自分が口を挟める状況ではない、とも思ったのか巧は頷きを返した。


 十分です。


 戦いの場では、臆病さも時には必要になる。イリアはそう思っていた。戦いに参加せず、この場で待機する。それで十分、と。しかし、


 いざというときは……。


 彼女が頭の片隅で思案している『最悪の状況』。その状態になったら、彼は動くだろうか。

 無責任な期待だと、イリアは心の中で苦笑する。無責任な、彼にとっては重い期待であると。

 少なくとも今は己が期待される番であると、イリアは思考を振り払った。

 巧に微笑みかけ、正面へと向き直ると共に広間へと身を滑らせる。広間の壁に灯ったランタンの光と、料理の香りと血の匂いが混じりあった空気が全身を包む。

 光源に目を若干細めながらも、イリアは右、頭目が飛んだ先を見る。


 仕留めきれなかった……。


 視線の先、手斧を床に落とし、入口横の壁に背をもたれさせ荒い息をつく頭目。『風の刃』が切り裂いたのは、彼の『左腕』だけだった。

 肘から先、毛の生えた腕が頭目の足元に落ちている。彼は苦痛を押し殺した表情でイリアを睨んでいる。

 頭目は腕の切断面を押さえ、手を血に染めながら、


「テメェ……最初に仲間の頭を斬ったのはテメェか……それからずっと潜んでやがったのか……!」


 イリアは答えない。次の攻撃に向けて魔力を放出、展開しようとする。ここで、


「お見事です、イリア様」

「ララ」


 ララがイリアの前に立った。頭目からイリアを隠すような立ち位置を取る。


「ごめんなさいララ。仕留めきれなかったわ」

「充分ですよ。奴の戦闘能力は削げました」


 頭目から視線を外さずに会話する2人。と、


「がっはっは……確かにそうだな……」


 頭目が腕を押さえながら、壁から背を離す。苦痛を訴える目元に対して口は釣り上がっていた。


「片腕じゃあ今のお前らの相手は荷が重いが……」


 細めた頭目の眼が動いた。イリアとララの後ろ、広間の奥を見るように。


 まさか……!


 『最悪の状況』を悟ったイリアは、展開した魔力で魔法を背後に放とうとするが、


「残念だったな小娘共……時間切れだ」



    ●



 脱力感。

 ララは、体の力が一気に抜けた様な虚脱感を頭目の言葉と共に感じていた。


 しまった……!


 すぐさまララは反転、後方にいるであろう賊の1人へと向かおうとして、


「おっと!」


 野太い声と共に、足元に衝撃。ララの背後から賊の1人が足を引っ掛けたのだ。それはつまり、


「見張りの連中か……!」

「そういうことだ」


 背中に衝撃、そのままララは地面に仰向けに倒され、賊の1人に右腕を掴まれ、背中側にねじ上げられる。

 激痛に意識が塗りつぶされ、右手からダガーが落ちた。


「ララ!」


 倒れたままの姿で左を見ると、イリアも賊2人に両腕を押さえられている。彼女も背後、広間の奥へ魔法を放とうとしていたが『不発』に終わったようだった。


「イリア様……!」


 ララは足に力を入れてもがく。残った左手で上体を起こそうと必死になるが、


「こんな男1人に力じゃかなわない女が、素手で首の骨を折れるようになるんだから、『強化魔法』ってのは怖えなぁ?」


 捕らえられた2人に向かって、頭目が歩いてくる。側には見張り中だった無傷の男と、カルドと呼ばれた首包帯の男。そして、


「おうロギー。よくやった」


 頭目が広間の奥へと声をかける。そこにいたのは先ほど奥へと走り去っていった、右腕を吊った男だった。ロギーと呼ばれた彼は左手に燭台のような黒色の物体を持っている。その物体からは黒い『炎』が上に向かって伸びており、空間に溶けている。

 ロギーは全身に汗を流しながら、荒れた呼吸のまま、


「遅くなってすいません! でも……上手くいったみたいっすね……」

「馬鹿野郎。俺は腕ぶった切られてんだぞ? 上手くいってねぇよ」


 どう返していいのかわからないといった風な顔のロギー。頭目はクツクツと笑いながら、イリアの近くで立ち止まった。

 両腕を絞められながら、頭目を上目で睨むイリア。頭目はその顔を覗き込むようにして、


「これで立場逆転だなぁ? えぇ? 小娘」

「『魔法封じ』の『魔法品(マジックアイテム)』……まだ持っていたなんて……」

「ククク……本当に助かるぜアレは。テメェらを捕らえられたのもアレのおかげだからなぁ」


 ロギーの手の燭台を見て更に笑う頭目。


「貴様っ……くそ! イリア様から離れろ!」

「おーおーお前も無様だなぁ……強化魔法無しでも4人を怪我させる武芸を持ちながら、一度捕まえられれば逃げ出すことも出来ねぇか」


 頭目がニヤニヤとララを見下す。そして、


「さーて……派手にやってくれたな小娘共……奴隷商にふっかけるつもりだったが、こうなりゃ話は別だ……おいテメェら! 思う存分痛めつけてやれ!」


 頭目の言葉に歓喜と狂笑が広間を埋め尽くす。首包帯の男、カルドが、その側の無傷の男が、ゆっくりとララに歩み寄る。


「ララ!」

「魔法使いの娘……テメェにはまず左腕を切り落としてもらおうか……俺と同じ痛みを感じてもらわなくちゃなぁ?」


 頭目はゆっくりとララに向き直り、ニタニタと笑った。

 ララはそれを見ることしか出来なかった。


 イリア様……!


 倒れた己の足側から、2人の男の足音が聞こえる。自分の上に乗っている男が、ララの顔の横に落ちていた彼女が使っていたダガーを手に取った。

 

「くっ……」


 ララ達は、再び窮地に立たされた。



    ●



 やばい……!


 少し前にイリアに言われたとおり、通路の闇に身を隠して様子を見ていた巧だったが、


「このままじゃ……」


 巧の呟きは、賊によって起こされた狂気に近い叫びにかき消された。

 広間の中央、押さえつけられた2人が必死にもがくが、男達に力ずくでねじ伏せられる。その様子を見るに、


 魔法が使えないのか……。


 優位に立っていた2人が、増援があったとはいえ一気に何も出来なくなる光景に巧は最初、何が起きているのかわからなかった。振り向いた直後に苦い表情を浮かべ、男達に取り押さえられる2人。何とか思考を広げ、何が起きたかを自分なりに推測した。

 そもそも2人と出会ったのも、彼女達が1度賊に捕らえられたからである。つまり敵は2人を押さえ込む何らかの術があることになる……そう考えつつ、目の前の情景も取り入れ、答えを出す。


 広間の奥にいる誰かに、その術をやられたのか……?


 そいつは頭目に『ロギー』と呼ばれていた。

 そしてそれは恐らく、魔法の類を封じるものである。敵味方関係無しなのか敵のみに指定出来るのかはわからないが、どちらにせよイリアとララの身体ではならず者達に素の筋力ではかなわない。

 広間の中央で、ゆっくりと惨劇が始まろうとしている。


 止めなきゃ……。


 そう思ってもすぐには足が動かない。武装した大の大人へと立ち向かう恐怖もあるが、それ以上の、不安。

 もし、本当に自分の思ったとおりの能力がこの身体に備わっているのだとすれば、この危機を打破出来るであろう。しかし、確定要素が少なすぎる。


 果たしてあの時、俺は本当に『封印』を無視して魔法を発動したのか……?


 首輪の不具合、故障、そもそも付加されていなかったのでは無いかという懸念。それが果たして、魔法が使えない空間でも同じように出来るのか。更にはまだ1度しか使ったことの無い魔法で、『ロギー』の持つ術を破壊できるのかという疑念。


 底知れない不安が頭をよぎる。

 失敗するかもしれない。

 死ぬかもしれない。

 せっかく貰った、二度目の人生が、終わるかもしれない……。


 しかし、


 何考えてんだ……俺は……。


 吹っ切れたのかもしれない。いつしか巧の思考の渦は止まり、心は穏やかになっていた。

 彼の足は自然と前へ向く。


 せっかく来た憧れの異世界で……わかんないけどいくつかの能力を貰ったのに……。


 歩きはそのまま早足、そして駆けへ。


 ピンチの女の子も助けず逃げちゃ……。


 体の正面に『何か』の塊を作りだしながら、広間へ。


 ――気持ちよく異世界生活なんて送れない!


 初陣の場へ、その身を飛び込ませた。



 光。

 暗所から明所へと移動したため、巧の視界は光源が余計に眩しく見える。しかし、


 急げ!


 眼を細めながらも、広間の奥へと視線をやる。

 『ロギー』はそこにいた。折れているのか右腕を布で吊り下げ、ニヤケ顔で広間を見ている男。ロギーがふとこちらに気がつき、顔を歪ませていく光景が見える。彼の左手には『黒い炎』を発している謎の黒い燭台。


 アレか!


 狙いはアレだと自分に叱咤し、巧は胸の前に感じていた『何か』を視界の中央へと即座に移動。ロギーの姿が揺らいで見える状態で、『命令』を叩き込む。


 『燃えろ、燃えろ、飛べ、飛べ、早く、速く、疾く』……!


 静かな、それでいて素早い心の中での『詠唱』。狙いはロギーの左腕全体。詠唱に対しまだ足りないといっているかの如く巧の体から『何か』が爆発的に視界の中央へと流れていく。揺らぎが視界全体を覆い、


 いけ!


 刹那、巧の正面でそれは起こる。『何か』の揺らぎが消えると同時、確かにそこに『炎』が生まれた。

 赤白く発光する炎はその身を更に大きく、強く燃え盛り、そして動き出す。

 空気を焦がしながら炎が飛ぶ。

 1段、また1段、そして更に更にと速度が速く、疾く。

 加速する。

 慌てるようにロギーが背を向けようとするがもう遅い。

 炎の速度は既に『風の刃』を上回り、尾を引く流線型の『炎の槍』が到達した。

 爆音。

 

 視界の端、頭目の男が口をあんぐりと開けていく中、巧は叫ぶ。


「イリアさん! ララさん!」


 一定の範囲の魔法の発動を封印する魔法品(マジックアイテム)、『魔封じの火立て』がロギーの腕もろとも破壊された。



    ●



 魔法だと!?


 馬鹿な、と頭目は思う。『魔封じの火立て』は確かに機能していた。だからこそ小娘2人を取り押さえることが出来たのだ、と。

 しかし現実に巧は魔法を発動させた。

 結果として『魔封じの火立て』は破壊され、ロギーの左手も消し炭になっている。激痛を叫ぶロギーの声を聞きながら、


「小僧ォーー!!!」


 手斧を動作1つで右手に収め、疑問を頭の隅に押しやって動く。この小僧は危険だ、と告げる自分の本能に従い、魔法を撃った直後の巧を狙いにいった。

 しかし、それは衝動的過ぎた。既に『魔封じの火立て」は破壊されているのである。

 衝撃。横から叩きつけられる一撃だ。それは、


 カルドか!


 右側、ララが一瞬で取り押さえられた状態から脱出し、周囲の3人を吹き飛ばしていた。その内の1人のカルドが頭目に直撃したのだ。

 皮袋で殴られたような感覚。頭目とカルドはそのまま後ろへと追いやられた。


「クソッ!」


 見ると、ララの上に乗っていた男は彼女の扱っていたダガーを手に持ったままだったが、右の壁際に倒れ伏して動かない。顎の形が歪に変形していた。もう1人の無傷の男も、腹を抑えてうずくまっている。自分に衝突したカルドも気絶していた。そして、


「タクミさん! ありがとうございます!」


 イリアが巧を背にして立っていた。その横、彼女の腕を押さえていた男2人が倒れている。体を痙攣させながら首からは血がドクドクと流れ、床の布を汚していった。

 これでもう戦えるのは、頭目1人。

 返り血で金髪を汚しているイリアはそのまま、手を正面に構え、集中を始める。

 魔法の発動準備だ。


「させるかよ!!!」


 『強化魔法』で脚力を上昇、床を蹴りイリアに迫る。

 間に合う、そう頭目は確信した。彼女の周囲にはまだ魔法効果が具現していない。もう1人は獲物が無く、小僧はこの女の後ろから動けていないと。

 続けざまに腕力を強化。体重を乗せた手斧の一撃で、彼女の首を切断しようとし、


「かっ……」


 ドスッ、と音がした。

 呼吸が止まり、体が硬直する。

 赤く染まる視界を動かすと、腕を振るった状態のララが見えた。


 あいつの獲物は既に無いはずじゃ……。


 ララの使っていたダガーは、彼女の上に乗っていた男が持ったままであったのに。そう思いながら、頭目は視線を下に滑らせる。

 見知った柄の先が、そこに見えた。それは、


 俺が最初に投げた……。


 最初の攻防でララに向かって投げ、弾かれた『囮』のダガーだった。

 いつの間に、と思う頭目の目の前でイリアの魔法が発現し、



 頭目の意識は、闇に落ちた。

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