第2話
お待たせしました。
「いや、これはまいりましたな…。ファナどの、顔を上げて下され。これでは話しも出来ませんからな。」
宰相は苦笑いしながら好好爺のような態度で言いながら、チラリとバロン伯爵の方を見ます。
まだ、話しをする気なのか…。
まさにタヌキだな。
側にいたバロン伯爵は苦々しい表情で仕方なさそうに、娘のファナには気の毒でしたが、
「ファナ、宰相さまと話しをしようではないか?恐れ入りますが宰相さま、こちらへお越し下さいませ。」
「あ、はい…。父上。」
ファナは複雑そうな表情で答え、侍女たちが用意した席に着きました。
「いや、バロン伯爵お気遣い恐れ入りますな。」
宰相もニヤリと笑って案内された席に着きました。
言わせたくせに…。
バロン伯爵はまたそんなことを思いながら、
「いえいえ、とんでもないことです。さあ、冷めないうちに紅茶をどうぞ。」
おべっかを使うようにバロン伯爵は下手に出て宰相の機嫌をとります。
「ではいただきます。」
そう言うと宰相は紅茶のカップを手に取り、飲みはじめました。
バロン伯爵はファナに対して、すまないと言うように目配せをしました。
ファナの方も貴族の娘として生まれ育っていますから、なんとなく父の立場が分かりますから、
分かっておりますわ、父上。
と言うように頷きました。
二人のそんな空気を感じているのかいないのか、宰相は紅茶を飲み干すと、
「いや、美味しい紅茶ですなぁ。バロン伯爵、これはもしや隣国から取り寄せたものですかな?」
「は、ええ…。妻が隣国の紅茶を気に入っていますで、取り寄せたようでございますが、何か…?」
バロン伯爵が戸惑いがちに答えます。
「やはりそうでしたか。」
宰相はそう言うとカチャリとカップを置きました。
「バロン伯爵、確かにこの紅茶は近隣諸国にも響き渡るほど美味しいものでございますが、ファナどのがどう思われるか考えたことがおありですかな?」
フンと不敵な笑みを浮かべて宰相がバロン伯爵に尋ねます。
「どう、とは…?どういう意味でございますか、宰相さま?」
怪訝そうな表情でバロン伯爵が宰相に尋ねます。
「いやはや…。お分かりになりませんのか?いかに美味しい紅茶とはいえ隣国から取り寄せられるとは、これではファナどのがいつまでたっても亡き夫を忘れらないと申しているのですよ。」
やれやれと言うように宰相が答えます。
「あ、それは…。」
バロン伯爵は気まずそうに言葉を濁しつつ、
今まで考えもしなかったことなので、あっと思いました。
「私の考えが至らなかったようで…。」
バロン伯爵は冷や汗をかいて答えます。
ファナはそんな父の姿を見て、
「恐れながら宰相さま、私は何も気にしておりませんわ。」
「ファナどのは父親思いですな。しかし、そういうことを言われるのは気にしている証拠ではないですかな?」
宰相は絡みつくようにファナに尋ねます。
「あの、宰相さま…。少しお考えが過ぎるようでございますわ。私が気にしてないと申しているのですからそれでよろしいではございませんか?」
ファナは少し緊張気味でしたが、宰相相手に臆することなく答えます。
宰相は少し驚いた表情でしたが、やがてクスクスと笑いながら、
「ファナどのは度胸がありますな。他のご令嬢でしたら泣きごとを言うところですが…。」
やがて宰相は顔をほころばせて、
「ファナどの、ますますわが家の嫁に迎えたくなりました。大事にいたしますゆえ、お願い出来ませんかな?」
ファナはため息をついて、
「その件についてはお断り申し上げたはずでございますが…。それにお相手の方は私より年下と父上から伺っております。宰相さまほどのお家ならば、嫁ぎたいお若く美しい令嬢方がいくらでもおいででございましょう?」
「確かにそうですが…。しかしファナどの、私の口から申し上げることは出来ませんが、わが家に来ていただければきっとお幸せになれます。それとも、わが家ではご不満ですかな?」
「いえ、そのようなことは…」
ファナはここまで言われてさすがに返事に窮してしまいました。
「宰相さま、娘は戸惑っているようでございますゆえ今日のところはお帰り願えませんか?改めてこちらからお伺い申し上げますので。」
娘ファナが困っている様子を見かねたのか、バロン伯爵が助け船を出します。
宰相はファナとバロン伯爵を見比べて、う~んと考えているようでしたが、
「仕方ありませんな。今日は帰りますが、いいお返事を期待しておりますぞ。」
そう言うとさっと見を翻して帰って行きました。
残された二人の間にホッとしたような、どうしたものかというような空気が漂っていました。
「…ファナ、心配することはない。父が明日宰相さまにお断りして来よう。」
バロン伯爵が沈痛な面持ちでファナに言います。
「父上!それでは父上のお立場がありませんわ。」
ファナが慌てて父を止めます。
「しかしファナ、嫌なのであろう?」
バロン伯爵が戸惑いがちに尋ねます。
「はい、それは…。ですが、父上にいつまでもあまえてはいけませんので私、嫁ごうと思います。」
ファナは決心がついたのか、明るい表情で答えます。
「ファナ!無理をすることはないのだぞ。無論、このままずっと家におられては困るがいずれは考えてもらわねば困るが、いまである必要はない。」
バロン伯爵はファナの手を取って、訴えるように言います。
「父上、ご心配には及びません。私にはリチャードさまとの思い出がありますからどこででも生きて行けます。それに、お相手の方も年下とのことですし、姉のように接してまいりますわ。父上、明日は宰相さまにお受けしますと申し上げて下さいませ。」
ファナは決心がついてサバサバした表情で、にっこり笑って答えます。
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