第1話
作者が最近、夢で見たことを話しを広げて書いてみました。
お読みいただければ嬉しいです。
「きっと幸せになりますから、わが家の嫁に来ていただけませんか?」
その言葉がすべての始まりでした。
私は伯爵家の出戻り娘・ファナ。伯爵令嬢として生まれ、王族であるケント公爵リチャードの妻であったのは数年前のこと。
小さいときから決められた許婚同士だった私たちは、若くして結婚した。
政略結婚とは思えないぐらい私たちは仲が良く、このままずっと二人で年老いていくと思っていました。
それなのに、夫は突然亡くなってしまったのでした…。
王族の一人であった夫リチャードは、隣国との戦争のために 将軍として隣国に旅立ちました。
もちろん、将軍とは言ってもいわば箔付けのようなもので、実際は部下の副官がその役割を務めていました。
だから誰もが役割を終えて無事に帰るだろうと思っていました。
それなのに、リチャードは隣国で戦死したと伝えられたのでした。
リチャードは王族にしては珍しく前線で指揮をとり、その活躍は凄まじいものでしたが、部下を庇って見事な戦死を遂げたのでした。
その一件で軍の士気がいやがうえにも高まり、隣国との戦争は勝利で終わりました。
夫リチャードはまるで神のように讃えられて、数年たったいまも語り種となっています。
しかし、私は結婚生活わずか1年で夫を失い、婚家を出て行かねばなりませんでした。婚家のケント公爵家は夫の弟が後を継ぐこととなり、兄の未亡人がいつまでもいても邪魔でしかなかったのでしょう。
”リチャードのことは早く忘れて、次の幸せを見つけてちょうだい。”
そう言って義父母たちは私を実家に帰しました。
あれから数年後、いろいろな再婚話は来ましたが私はすべて断り、実家で亡き夫を思い、静かに暮らしています。
しかし、最近は周囲がうるさくなってきました。
神と讃えられている将軍の未亡人とはいえ、出戻り娘がいつまでも実家にいては外聞が悪いのか、父母や兄弟が渋い顔を隠そうともしません。
どうしたものか。
といっても、いい思い出ばかりで再婚なんて考えることが出来そうもありません。
それにファナは噂で聞いていました。
すでに23歳の出戻り娘を妻に迎えたいという男たちの下心を。
国王陛下が、国のために夫を亡くした未亡人ファナを心にかけており、きっと妻に迎えれば出世は間違いないだろうとのことでした。
だからこそ再婚など考えられませんでした。
そろそろ修道院に行って静かに暮らそうかと考えていたそのとき、ある人物が訪ねてきてこう言ったのです。
「きっと幸せになりますから、わが家の嫁に来ていただけませんか?」
そう言ったのは泣く子も黙るこの国のやり手宰相であり、オルレアン公爵でもある人でした。
「宰相さま…!いきなり、何をおっしゃいます。」
ファナはいきなり言われてどうしてよいか分からず戸惑ってしまいました。
「これは、驚かせてしまいましたね。しかし、ファナどのにぜひわが家の嫁になって欲しくてこうしてお願いに上がった次第でして…。」
宰相はそう言ってファナに頭を下げます。
「おやめ下さいませ!宰相さまがそのようなことをなさるなんて…。」
ファナはどうしてよいか分からず、すっかり戸惑ってしまいました。
機転をきかせた侍女に呼ばれた父のバロン伯爵は驚いた表情で部屋に駆けつけました。
「これは宰相さま。いかがなされましたか?」
誰か部屋にやってきたことに気がついた宰相が頭を上げて、にこやかな笑みで挨拶を交わしました。
「バロン伯爵どの、お邪魔をしております。」
「これは宰相さま。わが家においで下さるとは光栄の至りでございますが、娘が戸惑っているようで何用かお教え願えませんでしょうか?」
バロン伯爵は遠慮がちに宰相に尋ねます。
それを聞いた宰相はさも驚いたように、
「バロン伯爵どの、それをお聞きになるのですか…。以前からお願いしております縁談のことでございますよ。」
やれやれと言うように答えます。
バロン伯爵は苦笑いしながら、
「恐れながら宰相さま、そのお話しは先日お断りさせていただいたかと存じます。」
「ええ、だから来たのですよ。ファナどのに直接お願いすれば承知して下さるかと思いまして。」
不敵な笑みで宰相が答えます。
なっ、さすがはタヌキと言われるだけのことはあるな…。
一介の貴族の娘が宰相からの直接の縁談を断れないと知っていて…。
バロン伯爵はそんなことを思いながら、
「さようでございましたか。しかし娘は…」
「父上、私からお話しいたしますわ。」
ファナは父の立場を思い、口を開きました。
「ファナ…!」
バロン伯爵は心配そうにしながらも、娘の意思を尊重することにしました。
「宰相さま、とても有り難いお話しではございますが、私のような一度嫁に行った者よりは若く美しい令嬢の方が宰相さまのお家の嫁にふさわしゅうございますわ。丁重にお断り申し上げます。」
そう言うとファナは頭を深々と下げて宰相に礼をしました。
お読みいただき、感謝いたします。
皆さま、よいお年をお迎え下さいませ。