主人公属性は記号たちには勝てない!
「次、【A1♂12A(今日が返却期限のDVDがある)】」
**【A担任(今月の残り毛根:14本)】**に名前を呼ばれ、俺は一歩前に出た。
ちなみに**【A1♂12A】**というのは、このクラスにおける俺の登録ロット番号だ。
頭の『A1』が1年1組、『♂12』が男子の出席番号12番、そして末尾の『A』が血液型のA型を意味している。
固有の名前すら剥ぎ取られた、俺たちその他大勢を管理するための、無機質な記号コードである。
俺は手垢のついた初心者用の杖を構え、十メートル先の木製の的に意識を集中する。
【A1♂12A(発動:ファイア/魔力出力:5%固定)】短い詠唱。
杖の先から放たれた小指ほどの火の玉が、的の中央を小さく焦がした。
「うん、綺麗にコントロールできている。合格だ」先生の淡々とした評価に、俺は「あざす」とだけ言って列に戻る。これでいい。
魔力消費は全体の五%。放課後にツタヤへ寄り、それからバイトへ行く体力は十分に温存できた。
A型のモブコードは常に定時運行と省エネを愛する。
余計な魔力は使いたくない。列に戻る間、教室のあちこちのロット番号が視界に入る。
俺のすぐ横では、【A1♀2B(朝食抜き不機嫌:爆音拒否)】――1年1組・女子2番・B型が、机に突っ伏して低い唸り声を上げている。
その二つ後ろの席では、**【A1♂1B(二次元妄想中:魂は天界)】が、完全に魂の抜けた目で天井の一点を見つめている。
さらにその斜め後ろから、【A1♂3O(集中:♀3をガン見中)】**が、瞬きも忘れて熱い視線を送っている。
だが、肝心のターゲットである**【A1♀3O(マックのポテト全サイズ150円セールが今日まで)】**は、スマホの画面しか見ていない。
しかも、A1♂3Oがガン見しているせいで、A1♀3Oのスカートの後ろが少し捲れてしまっているハプニングに、当の本人は全く気づいていなかった。
【A1♂3O(みえる!)】 → 【A1♀3O(ポテト!)】いつも通りの、完璧にどうでもいい、愛おしい俺たちの日常。
──ただ一人、世界の命運を背負ったようなオーラを放つ、あの転校生を除いては。
「次、神楽坂」その名前が呼ばれた瞬間、クラスの空気がピリついた。
現れたのは、入学式から何かと話題の転校生だ。
彼は、クラスで唯一、記号コードではなく『神楽坂』という固有の名前を維持している。
神楽坂は杖を使わず、ただ右手を的に向けた。やる気MAXの、キラキラした主人公の目だ。
【神楽坂(主人公属性・やる気MAX・難聴発動)】
「先生! 今日の実習、俺がみんなの代表として、まずは一発目に的を粉砕して見せますよ!」
(((((((いや、もう全員実習終わった後だし、お前が最後だよ)))))))
俺を含めたクラスのモブたちの心のツッコミが、声にならずにシンクロした。
っていうか、A1♀2Bが「大きい音出さないで、頭痛い……」ってガチの顔で耳を塞いでいる。
頼むから空気を読んでくれ。
しかし、主人公属性(難聴・鈍感)を発動している神楽坂に、モブの祈りは届かない。
「――ファイア」神楽坂が唱えたのは、俺と全く同じ、教科書の一章に載っている初級魔法のはずだった。
【神楽坂(発動:ファイア/出力:バグ(計測不能)/因果歪曲:開始)】次の瞬間、ガガガガガ!と空間が軋む音がして、太陽がもう一つ目の前に現れたかのような白光が炸裂した。
ズガァァァン!!!(鼓膜を揺らす爆音・熱風)その衝撃波の弾みで、なぜか神楽坂が「あ、トホホ〜」と少女漫画のドジっ子のようにズッコケた。
端から見ればただの不格好な転び方だが、そのせいで発生した風圧によって、捲れていたA1♀3Oのスカートが綺麗に元の位置へと直ってしまった。
【A1♂3O(憤怒:神楽坂を絶対に許さない)】的どころか、背後の防壁(国家規格の耐魔レンガ製だぞ!)までドロドロに溶けて、演習場の天井が丸ごと消え去り、綺麗な青空が広がっていた。
あちこちから**【ハーレム1(神楽坂様尊い)】**たちの黄色い悲鳴が上がる。
「あ、すんません。ちょっと力加減間違えました」頭を掻いて笑う神楽坂。周囲の女子たちが「すごーい!」とはしゃぎ、先生は顎が外れそうな顔で固まっている。
**【A担任(給料カット・始末書確定/現実逃避・学級閉鎖の願い)】**は、激しい目まいに襲われ、その場に崩れ落ちた。
先生の残り14本の毛根が、恐怖で一斉に直立しているのが分かる。神楽坂は煙の中で一人、本気で落ち込んでいた。
「あー……またやっちゃった……。なんでA1♂12Aみたいに、あんな綺麗に、優しく的だけを焦がせないんだ……? 俺の制御、雑すぎるだろ……」
「おいA1♂12A! さっきの制御のコツ、後で教えてくれよ!」煙の向こうから、純粋な目で神楽坂が手を振ってくる。
周囲の視線が一斉に俺に集まる。最悪だ。めちゃくちゃ目立っている。
【A1♂12A(遮音イヤホン装着:完全スルー)】知るか。
俺はただ、魔力を使い果たすとチャリで坂道登れなくなるからセーブしてるだけだ。
先生が気絶したため、次の時間は自習になった。
【A1♀3O(歓喜:販売終了まで残り30分!)】
「やった! 今のうちにマック行こ!」A1♀3Oは満面の笑みで教室を飛び出していった。
これが、俺たちのクラスだ。いくら強い魔法が打てても、数と、この圧倒的な生活のリアル(エゴ)には勝てない。俺はカバンを掴み、延滞金が100円増える前に、足早に教室を後にした。
─── 1組本日の活動報告(RESULT) ───
◆発生事象:神楽坂による初級魔法の暴発
◆被害状況:国家規格耐魔防壁の消滅、演習場の天井全損、A担任の気絶
◆モブ側損失:A1♀2Bの偏頭痛、A1♀3Oの前髪、A1♂3Oの視神経および絶好の機会
◆解決方法:神楽坂のセルフズッコケによる強制隔離
◆本日の成果: ・5時間目が自習になり、A1♀3Oがマックのポテト150円セールに間に合う ・A1♂12AがDVDの延滞金を回避 ・教室が静かになり、A1♂1Bの二次元妄想が捗る───────
─────────────(第1話・完)
ご覧いただきありがとうございました!
本作は「異世界の主人公の横にいるモブたちの視点を描いたら、そのモブこそが主人公になるのでは?」という思いつきから生まれた、新感覚の日常ハッキングコメディです。
固有の名前すら剥ぎ取られ、【A1♂12A】のような無機質なロット番号で管理されるその他大勢たち。彼らは世界を救うことには興味がありません。
ただ明日を平和に生き延び、バイトに行き、マックのポテトを食べるために、圧倒的な数の力と生活の知恵で主人公の天災トラブルを処理していきます。
今回は1話完結の短編(読み切り)としての投稿ですが、実は彼らの裏メールネットワークが学年全体へと拡大していく話や、オオカミ少年の親友ポジションを使った遠隔操作作戦、そして国家級の邪神をシステムで事務的に完封する『邪神完封編』など、1章完結までのプロット(さらに第2部の悪役令嬢・婚約破棄イベント封殺編まで!)がすでに脳内でカチッと出来上がっております。
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大勢のモブ(主人公たち)の明日の平穏のため、どうぞよろしくお願いいたします!




