鈍った思考
ガラドは最前線から帝国側へ元来た道なき線上に戻りながら今までの戦闘を振り返り、大まかなアンデッドの分布を考える。
彼が最初に復活した場所は前線からやや下がった駐屯地、そこから死ぬ間際に哨戒任務に出た平原の左右に広がる森の中だった。森から戦場に戻った際に自分が最初に戦闘した場所は中部駐屯地だった筈であり、その後は多数のスケルトンと戦闘を繰り返しながら前線へと移動していったのだ。
そしてふと疑問を感じ小首を傾げる、何故自分は前線を離れたのだろうかと、そもそも…
「何で俺がグール如きに勝てねェと感じた?下位アンデッドじゃ確かスケルトンに比べりゃそこそこ歯応えはあったが勝てねェだと?」
自問自答の末に違和感に気付き、脚を止めて思考を整理する。復活してから今までの行動の中に生身だった時には有り得ない行動の数々を思い出す。視界に入った獲物に躍りかかり、その頭蓋を砕き、装備品を漁る。一つ一つの行動の違和感は彼に得も言われぬ不快感を与える。
その戦闘での違和感を思考をまとめるように口にする。
「そもそもどんだけ弱ェスケルトンだろうが何だろうが、魔物と殺り合うのに練気も練魔も使わずに切り掛かるかぁ?俺が?」
練気・練魔とは共に自身の中にある気力や魔力を使い身体能力を向上させる戦闘技能だ。特に魔物は人間よりも身体能力で優っていることが多く、対魔物を生業とする者達の中ではどちらかを使えなければいくら素の能力が高くとも初心者扱いされる様な基礎の技だ。
だが基礎と言われているが対人戦になればより練り上げられた気力・魔力で自身を強化した者が圧倒的に有利になる。
もともと他人よりも大柄で大人顔負けで腕力も強く、気性も荒かったガラドが生まれて初めて喧嘩で土を付けられたのがこの技の使い手だった。今よりも幼く純粋だった彼は初めて負けたことに驚いたがそれよりも目の前の相手に強烈に憧れた。
何日も再戦を挑み、住んで居た町すら飛び出して使い手を追いかけ回し、何度負けても怪我を負っても目を輝かせて挑んできて自身の旅に勝手に付いて回る少年に使い手も根負けし技教えた。
それから長く様々な戦いに身を置いてきたガラドは死ぬまでにどれ程この技を使ったかわからないくらいには自然に戦闘ではこの二種の技を多用してきた。
その練度は戦争の最前線を荒らし多数の敵兵を薙ぎ倒し着々と戦果を挙げても涼しい顔をして後方に下がるくらいには他の兵を圧倒していた。
その技を使わないこと、戦闘において記憶の片隅にすらなかったことにガラドは焦り、技が仕えるかを試す。だが自身が培った技は応えてはくれない。
瞬間彼の頭は強烈な怒りに支配され沸騰する。
「ふざっっけんじゃねェぞ!!!クソッタレがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
怒り発露と共に走り出し戦場後を駆け抜け目についたスケルトンの集団に襲い掛かる。
横なぎに襤褸の革鎧ごと胴の骨を引き裂き手近にいる者を小楯で殴りつけ、あらん限りの暴力を怒りに任せて振るいものの数秒で七体のスケルトンが地に伏せた。
頭蓋の砕けていない者は踏みつぶし、全てのスケルトンから怪しい光がガラドに流れ込み視界を塗りつぶされて彼の頭が少し冷える。しかしこの戦闘ですら練気も練魔も使えなかった。
使おうとしても使えない技に苛立ちを感じながらも冷えた頭で考える。
「気力を…糞が気力が欠片も感じられねェ…。魔力は感じられっけど自由に動かせねェ!」
苛立ちも顕わにガラドは地面に腰を下ろし、自身の中にあった筈の力を確かめる。
気力は感じられず、魔力は感じられるが生前のそれと比べると弱く、全身を巡っているものの自由に扱えない。
次は何故使えないのか原因を考え、思考をまとめるように口にする。
「気力は素は生命力だったか?なら気力が感じれないのはアンデットになったからか?アンデットに生命力も糞もねェわな死んでんだから…なら魔力が感じれるのに動かせねェは何でだ?」
気力が使えない理由にあたりをつけため息を一つ。
次は再度自身の魔力の巡りを感じ、動かそうと試みるもまるで操れずただただ骨身の体を覆う様に巡っている。覆っている魔力を引きはがして別の場所へ移動させようとするも一向に動かせる気配はなかったがそこでふとあることに彼は気づいた。
「そもそも練魔も使ってねェのに魔力が全身を覆ってる?」
本来体内に有る魔力は体の中だけに巡っており、練魔で能力を強化を施すたり魔術を使って世界の事象を歪めた際にのみ体外に排出され消費するとされている。
その魔力が意思と関係なく体を覆っている原因を探るべくガラドは骨身のさらに奥、魔力の根源を探る。
魔力を辿り彼は驚く、多くの生物の魔力の源である心臓ではなく、自身の魔力源が頭に移動していたのだ。
頭蓋の奥、眼孔と額の穴から漏れ出る青紫の光が揺れる。
「そりゃスケルトンが頭潰しゃ動かなくなる訳だ。頭の魔力で失くした肉体を補ってんのか。」
二つの疑問が解消され、彼の思考はさらに加速する。
自身は今まで倒したスケルトンと同じ存在になっている筈だ、骨になって顔に触れ確かめる。なら自分と奴等との違いはなんなのか、戦闘を振り返り思いだす。
先ずは体格、これは生きていた時から大柄だった事を理由に選択肢から除外する。次に緩慢な動は何故かと考える中、最大の違いに思い当たる。
「スケルトンは喋らねェわな。」
声を発する喉なんて物はスケルトンには存在しない、そして彼ら骨の亡者は目についたものに襲い掛かるのが常だ。そこに知性など一欠けらも有りはしないのだ。
ゾンビ等の不死者はスケルトン比べ肉体を保って居るため声を発することはあるが動くものに反応するのは変わらない。
レイスなどの死霊は言葉を話し惑わせ生者を狙う。不死者と死霊がアンデットの括りの中で別種とされるのは知性、もしくは魂の有無なのではとガラドは考える。
何故なら自分には魂が有ると確信できる理由がある。
冥府の炎に焼かれ自らをそこに落とした存在たちに絶叫しながら怨み言を吐いていたのはまだ記憶に新しい。冥府で焼かれている自身の目の前に綻びが生まれた時その先に自分の体が有ると確かに感じ、爛れた手を伸ばしたのだから。
自身が通常のスケルトンとは違うことを理解し、生前の技が使えない理由もある程度分かった。
ここまで考え込まなければ真実に辿りつけないことに苛立ちながらもその理由にも気づいた。
冥府から逃れ、骨になった自身の体に魂が定着し歪な形でスケルトンに成ったが故に、不死者と死霊の両者の性質を併せ持ったのだと。
元来思考することの無い不死者と冥府に焼かれながらも自我を保ち続けた魂が結びついたが、スケルトンは魔物の中でも最下級の存在、魂は弱い肉体に引きずられ知能も低下しているのだと。
恐らく本来の思考よりも低下しているであろう中、次の違和感に立ち当たる。
「何十匹も雑魚を狩ったがよ、装備の略奪もしたしそれなりに動き回ってた筈だよナァ…。」
空を見上げるが薄暗く濁った空気が淀みその先を見通す事は出来ない。
「いつ戦争が終わったって分かった?いつになったら朝になんだ…?」
スケルトンとして復活してから既に数時間は経っている。薄暗いが故に夜かと思っていたが、アマステア平原での暗さはこんなものではなかったのだから。
狂いに狂った戦場跡アマステア、最早昼夜など存在しない平原のど真ん中、ガラドはその意味をまた頭を抱え考え出すのだった。




