空を翔ける
天幕まで戻ったガラド達はアンデットの行動が鈍くなる昼間を避け、深夜になるのを待って行動を開始する。
「ぬぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?」
歩いての移動では夜が明けてしまうので彼等は空を翔けている。
ホルエの魔術でガラドとラムゼイを飛び上がらせ運んでいるのだが、師弟に反して初の空の旅となったラムゼイは高所が苦手な事も相まって絶叫を上げている。
「何故ガラド殿は平気なのだ!?飛んでいるのだぞ!!?」
「煩せェぞラムゼイ。」
「アハハ、ガラドは慣れてるからねぇ。」
ホルエに運ばれるままに空で寛いでいるガラドに抗議するラムゼイだったが、気にも留めていない彼に逆に文句を言われ、ホルエには笑われる始末。
遥か下に見える地面に体を丸めてラムゼイは魔鋼の体を震わせる。
「飛んだ事ねェのお前だけだっての。もう無ェ金玉縮ませるくらいなら下見んなよ。」
ガラドの言う通り一行で空を飛んだ事が無いのはラムゼイだけだ。ガラドとホルエは言わずもがな、彷徨う武器達にいたっては常に浮いている。
「普通は飛んだ事のある者の方が少ないのだから仕方ないだろう!」
「アハハハハ!僕の魔術を信用してよ。落としたりしないから。」
ホルエはそう言って安心させようとするが、ガラドはもうラムゼイの様子に興味が無くなったのか手足に魔力を纏って制御の鍛錬を始める。
やっている事自体は練魔にならない程度に練り上げて戻すという単純作業だが、失敗すればその分魔力を消費する。
しかし骨の身を維持する為に体を覆っている魔力が邪魔になるのか失敗の回数が嵩む。
「チッ。」
「どうやって舌打ちしてるのさ?」
「俺も分からねェよ。師匠、生身より魔力が練り辛ェんだけどいい案ねェか?」
骨の体となってから自分を知ってる者には生前と同じ声に聞こえると分かってはいるが、厳密にどうやって声を発しているのかまでは理解が及ばない。
考えても仕方の無いことに思考を割くよりも更に技術を磨くことを優先する。
ガラドは強くなることに対する欲求が強く、技術を見て盗む事も助言を聞く事も躊躇わない。
師としてそんなガラドの姿勢を好ましく思うホルエは彼の状態を再現する為に手を薄く魔力で覆ってから練魔を使用してみる。
「あー、これ難しいなぁ。魔力の膜に練魔が干渉しちゃって消費が増えてるねぇ。なるほど、これは大味な強化しか出来ない訳だ。」
ホルエの手を覆っている魔力が不安定になって揺らぐ。揺らいで広がった隙間に練魔の魔力が入り込み、足りない分をより多く魔力を流し込むことで解決しているので結果的に消費が増大しているのだ。
「皮袋を引き伸ばして容量を増やしてるみてェなもんか。」
「そうそう。この膜に覆われてる中に綺麗に納めないと消費は増えるだろうねぇ。うーん…。」
顎に手を当ててホルエは考え始める。彼の技量であれば魔力の膜の中に練魔を収めることは可能だが、微細な魔力操作の研鑽には長い時間がかかる。
元々練気の方が得意であり、肉体の同時強化を目的として練魔を使用していたガラドではこの方法は使えない。
師が試行錯誤しているのを見てガラドは骨身の体の仕組みを更に詳しく理解しようとする。拳帯が燃えて無くなった右手の骨をホルエの猛烈な勢いを避けた要領で崩しては組上げを繰り返す。
「…気になってたんだけどそれどうやってるの?」
手の中で魔力を弄り回していたホルエの視線が宙で散らばっては元に戻るガラドの骨に固定される。
「あ?これか?さっき師匠がやってたみてェにこの膜って形が固定されてる訳じゃねェんだよ。」
手首からぶら下がるガラドの右手の骨は見えない糸に吊り下げられたかのように揺れる。だがホルエの目は魔力が伸びて指先の骨まで繋がっているのを捉える。
「腕の関節外して間合い伸ばせねェか試してんだけど、手先の方が先に緩むせいでまだ上手くいかねェんだよナァ…。」
ガラドは一度手を組み直すと、肩から先の骨を全て外してみる。彼の言う通り指先から順番に骨格が外れてゆく。
ガラドの言う通り外す関節を選べれば武器の間合いを誤認させる事が出来るだろうが、ホルエが注目したのはそこでは無い。
ホルエの手を覆っている魔力の膜は彼が形を整えようと魔力供給を調整しているが、ガラドの引き伸ばされた魔力の膜はどれだけ形を変えても流れている魔力が一定を越えない。
「魔力の膜、面倒だね魔膜でいいや。魔膜の魔力供給量は増やせる?」
「は?いや…そう言うことか。」
「な、何だ?二人して私を見てどうしたのだ?」
師弟の視線は下を見ないように視線を上げていたラムゼイに向く。
ラムゼイの体を覆っている魔膜はガラドよりも分厚く、ホルエの目を持ってしても内部の魔力源を探れない。
彼等の大凡の推察ではラムゼイは金属の体の重量を支える為に、体を維持する魔膜が強靭になっていると考えていた。
だが魔膜の量に比例するようにラムゼイの膂力は同じくアンデットとなって弱体化したガラドと比べても強い。
それこそガラドから見たラムゼイは練気を使用していない生前の動きと遜色がない程に。
ガラドは意識して魔力源から供給されている魔膜への魔力量を増やしてみる。
「おいポルテ!ちょっと来い!」
二人の目論見は成功した。ガラドの全身を覆う魔膜が厚みを増してホルエの目からも彼の魔力源が見通せなくなる。
左手に呼び寄せたポルテを振るってみると、弱体化した体が気にならない程度には生前に近い動きが出来る。
「ガラド、練魔との併用は出来るかい?」
「アッハッハ!出来る!出来るぜ!魔膜に流した分を考えても釣りが出るぜ!こりゃ良いナァ!!」
弱体化した体に随分と不満を溜め込んでいたガラドからすれば、深化を重ねずとも元の体と同じだけの動きが出来る意味は大きい。
「わ、私もやってみよう。」
高らかに笑って喜ぶガラドを見て、飛んでいる事実を忘れたいラムゼイも同じように魔膜への魔力供給を増やしてみる。
魔力の扱いが拙いラムゼイでもこの方法は体を維持する上で無意識にやっていた行動の延長だ。その証拠に彼の体に刻まれた蔦模様が淡く輝いて魔力が全身に巡っていることを示す。
「おお!?重くなっていた体が軽く感じるぞ!!」
ラムゼイの体は深化したことで鉄よりも重い魔鋼と化した。魔膜は更に厚くなっていたが、重量によって振り回されないように体勢を維持するのに気を回さなければいけなかった。
解決した不満をガラドと二人で喜び合っていたラムゼイがふと思いついたことを言ってみる。
「練り上げた魔力を魔膜に流せばどうなるのだろうか?」
ラムゼイの言葉に師弟が勢いよく彼に視線を向け、二人の視線から発せられる圧にラムゼイが仰反る。
「「それだ!!!」」
練魔と魔膜の併用。先程までは魔膜の中に練魔を閉じ込める方法を取っていたが、練り上げた魔力を魔膜に流し込めば同様の効果を得られる可能性があった。
ガラドは練り上げた魔力を魔膜に流し込む。
彼は自身の骨身全体に練魔が行き渡っていくのを感じる。
腕だけで振るった長剣は一瞬で空を斬って音を置き去りにする。
だがそれだけの結果を出していながらガラドは不満げな声で二人に問題点を告げる。
「使い物になるとは言えねェ。まず練った魔力が勝手に体を巡りやがる。そのせいで全身に薄く練魔が発動してんナァ。」
「そうだねぇ、全身に練魔を使うのはそもそも無駄に魔力を消費するだけだからねぇ。」
「ううむ…。駄目であったか…。」
立て続けに良い結果は得られなかったのでラムゼイは落胆するが、ガラドは一連の行為に今後の可能性を見出した。
魔膜への魔力供給による練魔の安定化、そして全身を巡る練魔。
「俺はダイノ達を殺って使い切りだが練気を使えるからナァ。同時に使うなら魔膜で練魔を巡らせる方法は切り札になるぜェ…!」
ガラドと分隊員達がダイノ小隊を殲滅した際に取り込んだ力はアンデットのものとは性質が違った。
アンデットが渇望する生の力であり練気を使用するには必要不可欠なものあるそれは、気の根源である生命力に他ならなかった。
アンデットの体ではその生命力を完全に保持する事が出来ないのか、溜め込むだけで内から気が湧き立つ感覚は無い。
ガラドは敵対してもいない相手を殺してまで生命力を得ようとは思っていない。それではただ本能に呑まれた魔物に成り下がってしまう。
だから使い切りと表現しているのだ。
使用回数が限られるからこそガラドは練魔の制御を安定化させる方法を模索したのだ。
師から教わった戦士としての戦闘法の骨子は、練気と練魔の同時使用による肉体の強化。
不安定な練魔を制御しながらでは同時に使用する事が出来なかった。
だか魔膜に全力で練り上げた魔力を流し込めば、全身を勝手に巡って練魔が発動する。つまり練魔の安定化を気にせずに練気との同時使用が可能となったのだ。
骨と成り果てた体では行使する事が出来なかったそれを行える。
ガラドが全力を振るえるということは、デエヒの迷宮の攻略を単独で進め、練度の高い聖国の兵士を嗤って蹴散らす人物の復活に他ならない。
頭抜けのガラド。
かつてそう呼ばれた漢は蘇ってから一度も本領を発揮できていないのだ。




