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渇いた骸


ガラドは駆け回った。同族を狩り、怪しい光を取り込めば取り込むほど、力は生前の肉体に近づいていく。ここ迄に狩った数は六十七匹、その全ての頭蓋を砕き、略奪し、死を、力を貪った。

狂った様に嗤い、元のアマステア平原の最前線付近まで時、違和感を感じ止まる。



獲物の数が少ない。

最前線では死者の数は一番多かった筈だ。そこで生き残っていたからこそ彼には分かる。

死んだ位置には前線より後方の中部駐屯地から哨戒任務で出た。つまりガラドが甦えったあちらより前線の方が獲物が少ないのはおかしい。


止まって周りを見渡し、前線を守るために作られていた塹壕を見つけると中に入って何か分からないかと散策する。少しさがして歩いていると塹壕の中に光る物を見つけ、近づいて手に取る。投げつけられて割れた瓶の欠片だった。


瓶の札には紋章が刻印されていた。イスタリアの紋章と聖堂教会の紋章が刻まれるた瓶の製品となると、ガラドには思い当たるものが二つほどあった。


「聖水だな、何でこんなモンが塹壕に投げ込まれてんだ?」


ガラドは小首を傾げ瓶が割れていた周辺、塹壕の木柵の残骸を蹴り飛ばす。

すると木柵の下敷きになって居たうつ伏せの遺体を見つけた。

ここに至るまで彼は動いていない遺体など見ていない。

動く獲物は悉く平らげた。そんな中にゾンビは愚か動かない遺体などなかった。


襤褸の皮鎧、刃こぼれ等で使い物にならない武器をぶら下げ、情けのない緩慢な動きしかできない木偶のようなスケルトンしか見なかった。


ならこの前線はどうしたのかと、この遺体は何故死んでいるのにアンデット化していないのかとガラドは疑問に思い手に取った瓶と遺体を見つめる。

ここまで出会った魔物がスケルトンしかいなかったこと、そして割れた聖水の瓶を見て彼はとある推測をする。


「前線でアンデット化しやがったのかコイツ?」


そんなまさかと彼は思う、この平原での戦闘では夜が暗すぎ余程夜目が効いたとしてもまるで戦闘などできる様な状態では無かったからだ。

両軍共に夜は哨戒に当たる部隊以外は篝火を建てて睨み合っていたのだから。

昼間の戦闘中に生き絶えたとしても太陽が昇っている間にアンデット化するなど有り得ない。


疑問に思った彼は今まで見てきたものよりまだマシな遺体の頭の皮鎧を剥ぎ取る。

そしてここ迄にして初めての物を目にした。

頭髪が残っていた。今まで砕いてきた肉も皮も削ぎ落ちたスケルトンの禿頭には無かった物だ。


髪を掴み無理矢理遺体の顔を上げさせる。

木柵に潰されていた為か顔前面は酷く損傷していたがそのおかげで彼は遺体の状態に気づいた。


「犬歯が伸びてやがる、グールだな。」


グール、最も生者に近く最も飢えた下位アンデット。

生者に近い肉体を持つが伸びた犬歯、爪、そして狂おしい程の飢餓感に苛まれ生者を襲う。

肉体は他の下位アンデットと同じく討伐されるまで半不滅となるが明確に異なる点が存在する。


聖水等や魔法で浄化した場合、肉体だけは残るのだ。グールは飢えて死に、死んですぐにアンデット化する性質上肉体はほぼ生者と同等の物になり魂のみが浄化されると言われている。

しかし肉体はすでにアンデット化しているため、燃やしでもしない限りはその場に残るのだ。

分類としては不死者ではなく憑依型の死霊として扱われる。


そしてこの遺体はグールになって聖水を浴びて浄化されたのだろう。


「なぁ奴さんや…焼かれて死ぬのと、飢えて死ぬのどっちが辛ェんだろうナァ…?

痩せこけて死んだ上に聖水ぶっ掛けられて浄化されたあんたより今動いてられてる分、俺のがまだましか…」


ここ迄のガラドにしては珍しく、抑揚の無い声で遺体に問いかけその体から装備品を確認していく。

だがこれまでの様に引き剥がすのでは無く整える様に、うつ伏せの遺体を仰向けにし塹壕に横たえた時、遺体の首元から銀色に輝く指輪の着いた首飾りがぶら下がる。


内心今はもう無い舌を打ち、ガラドはその指輪ごと首飾りを引きちぎる。

そしてため息を一つ、遺体から剣で髪を一房切り取る。



「良く飢える程まで戦った戦友よ。同じ戦士の情けだオメェさんの形見は何としてでも家族に届けてやる。安心して眠りな。」



遺体に剣を向け誰と無しに誓う、戦場にて行われる戦士の戦友への餞だ。

ため息をまた一つ吐いてから塹壕の上に登り盛り立てられた土を乱暴に豪の中に蹴落とす、遺体が全て覆い被せるように。


遺体が眠るのに十分であろう土を被せ終わってから遺品を余っていた皮鎧で包み皮鎧の下の肋骨に縛る、そして前線から元戦っていた付近へ向かう。

前線ともなれば自分よりも力のあるアンデットが蠢いている可能性が出てきた。

今の自分の力ではグールとかち合えば倒すことは出来ないと判断して。


前線より後ろに下がり力を蓄える、戦場の流儀に身を任せるガラドは常より煤けた背中をして来た道を戻る。一つの悩みを抱えて。



「スケルトンがどうやって遺品届けんだよクソッタレが…」



無感情な声で独りごち、元来た道を戻るスケルトンは、戦士としての無常を噛み締めていた。




2025/11/21加筆

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