思い出される過去と今
「おい!てめェ!探索者だろ!?俺に負けたら有金全部寄越しナァ!!」
背後からまだ甲高い少年の声が聞こえて男は振り向く。随分と無茶な要求をされて多少苛ついたのだ。
男の目の前には自分の胸元に届くくらいの背丈をした身なりの整っていない少年が拳を鳴らして立っている。
追い剥ぎにしては活きが良過ぎるし、街中で堂々と喧嘩を挑んでくる彼を見て周りの人々も離れて行く。その様子にこの少年が常習的に人前で悪事に手を染めている事が分かる。
男はため息を一つ吐いて腰に手を当てる。
その動きに耳を覆うほど大きな帽子が連動して揺れる。その動きが面白かったのか少年の目は一瞬彼の頭に吸い寄せられる。
「あのねぇ、君。どこの子か知らないけど他を当たりなよ。僕だって子守をするほど暇じゃ無いんだよ。」
「うるっせェ!」
男の言葉に少年はいきり立って殴りかかる。
走り出した勢いを乗せたしっかりと腰の入った拳、凡そ外見の幼さからは見て取れない身のこなしに男は少し意外に思う。
だからと言って少年の思い通りに動いてやるのは癪だったので体内に宿る力を練り上げて、真正面から拳を顔で受け止める。
人体がぶつかる鈍い音を響かせて痛みに顔を顰めたのは少年の方だった。だが少年は怯む事なく軸足を捻って回転し、男の胴に向かって蹴りを放つ。
男は感心しながらも再び力を練り上げて少年の脚を掴むと引っ張って片手で少年を持ち上げてしまう。
「チッ!!」
脚を掴まれて宙吊りにされた少年は舌を鳴らすと腰を曲げて体を揺らし、反動をつけて男の顎に目掛けて頭突きをしようとする。
男はあまりにも闘争心の塊の様な少年に驚いた顔をしつつも、空いたもう片方の手で迫り来る少年の頭を殴り付ける。
「はい、残念。」
自分でつけた勢いと男の拳を落とす勢いで強く頭を揺らされた少年は白目を剥いて気を失ってしまう。
あっさりとついた決着に周りで様子を伺っていた町の人々も固まってしまう。
男は気絶した少年をそのまま引き摺って行き、町の警備隊の詰め所に向かう。
「誰か居るかーい?悪戯坊主のお届けなんだけどー。」
「はいよー。ちょっと待っててくれー。」
軍服を着た駐在員が中から現れると男が引き摺って来た少年を見て目を剥く。
男が駐在員の顔を見て小首を傾げて尋ねる。
「おや?知ってる子かい?」
「いやぁ…。まぁ知ってるっちゃ知ってんだけども…。」
「なんだい?随分と煮え切らない言い方だねぇ。」
苦い顔をしながら気絶している少年を見る駐在員は、面倒だと言う雰囲気を隠さずに男に少年が何者なのかを語る。
「そのガキはここいらのスラムの元締めみてぇな奴なんだよ。」
「……は?こんな子供が?」
「本当だよ。元々スラムにいた小悪党共を片っ端から殴り倒して街から追い出したんだ。」
男は半信半疑ではあるが先程の少年の身のこなしを思い出して嫌な顔をする。面倒事に巻き込まれた気分だったのだ。
「スラムの元締めで旅人に真っ昼間から街中で追い剥ぎして来たんだからさっさと受け取って捕まえてくれない?」
「勘弁してくれ!スラム街の奴等がこのガキにそれなりに恩義感じてやがんだよ!勾留なんてした日にゃ詰め所が襲われるっての!」
詰め所で常駐している警備員達も予備軍人であり数も少ない。小さな町でもスラムにはそれなりの人数がいる。少年を取り戻そうと蜂起し襲撃されれば彼等では抑えきれないのだ。
そんな風に男と駐在員が少年を押し付けあっていると、気を抜いていた男の手から少年の脚が離れる。
慌てて男が振り向くと襤褸の服を着た複数人の少年少女が気絶した少年を抱えて連れ去って行った。
「…え?ちょっ、ちょっと!」
「あー…まぁ放っておけ。あのガキの子分共だよ。」
「えぇ……?」
少年を抱えて一目散に路地に消えて行った少年少女達に男が呆けていると駐在員も諦めた表情をして詰め所の中に戻って行く。
彼は途中で振り返ると男に注意を促す。
「あんた探索者だろ?この町にいた小悪党共は探索者崩れの破落戸ばっかりだったからよ。あのガキは探索者を目の敵にしてっから早く町を出た方が絡まれなくて済むぜ。」
「いやいや、取り締まりなよ。」
「実際あのガキのお陰で横暴な真似する探索者も少なくなって治安が良くなったんでなぁ。町の奴等も好きにやらせちまってんだわ。」
疲れた顔で詰め所の中に戻って行った駐在員に釈然としない気持ちを抱えながらも、男はこれ以上の面倒を避ける為に町の探索者組合へ向かう予定を変更して宿へと戻ることにする。
遠目で彼を監視している者の気配を感じ取りながら。
―――――――――――
宿に戻ったあと男は早めの夕飯を摂る為に近くにあった酒場に入って適当に席に着く。
男が品書きを眺めていると直ぐに給仕がやって来て注文を聞いてくる。
「いらっしゃい。何にします?」
「麦酒…いや、やっぱり蜂蜜酒とタト鳥の香草焼きを頼もうかな。」
「はーい。店長ー!蜂蜜酒と鳥香草入りましたー!」
まだ早い時間で店内の客も疎ら、給仕が良く通る声で厨房に直接注文を投げかける。
小さく頭を下げた給仕が厨房に向かって行って木の杯に並々注がれた蜂蜜酒を持ってくる。
「はーい、お先に蜂蜜酒お持ちしましたー。」
「ありがとう。追加でココの実の塩炒りを貰えるかな。お酒だけ呑むのは物足りないからね。」
「はーい。香草焼きは時間が掛かるので直ぐに胡桃だけ持って来ますねー。」
再び厨房に消えて行った給仕の姿を見た男は店の入り口に一瞬視線を送る。酒場の扉は開け放たれたままであり、その影に小さな子供が隠れたのを確認する。
男がため息を吐き入り口からしせんを外すと厨房から給仕が戻って来て小皿に盛られた木の実を卓に置いて行く。塩の振られた木の実を肴に舐めるように蜂蜜酒を呑んでいると外が騒がしくなる。
「あにき!ここ!ここ!」
「うるせェぞプーシェ!バレるだろが!」
「アニキが一番うるさいっすよ。」
三人の子供の声が入り口の影から聞こえて来ており、男はその中に気絶させた少年の声が聞こえたのに頭を抱える。
面倒事があちらからやって来た。
「君達。お店に入るなら入る。そうじゃ無いなら邪魔だからさっさと帰りなさい。」
店内から男が呼び掛けると騒がしかった入り口が静かになる。そして咳払いが聞こえると額を腫らして眉間に皺を寄せた少年が男を睨みつけて堂々と店内に入ってくる。
小年の拳が卓に叩きつけるられるが、男は直前に杯と木の実の入った小皿を手に持って避難させている。
「さっきはよくもやってくれたナァ!」
「酒場は喧嘩する場所じゃ無いよ。それに今食事中なの見て分からない?」
「知るか!さっさと表出やがれ!!」
物凄い形相で威嚇してくる少年に男は見せつけるようにため息を吐くと、給仕の方を向いて注文した品の確認をする。
「香草焼きはどれくらいで出来上がる?」
「えっ?あっとあと十分位だと思います!」
給仕が少年と男のやり取りを見て驚いた表情をして料理が出来上がるまでの大体の予想を答える。
男は杯の中の蜂蜜酒を呷って一気に呑み干すと、少年に向けて指を振る。
「ぐっ!う、動けねェ!?何しやがった!?」
少年は卓に手を叩きつけた姿勢のまま体が固まって一切の身動きが取れなくなっていた。
顔を真っ赤にして体を動かそうとしてる少年に呆れた視線を送った後、男は店員に追加の注文をする。
「魔術だよ、魔術。店員さん、蜂蜜酒もう一杯追加ね。さっさと片付けてくるから。」
「んだとテメェ!!舐めてんじゃねェぞ!!」
固まった姿勢の少年は吠えるが、男は気にした様子すら見せずに彼の襟首を掴んで入り口に向かって放り投げる。
店外へ態とゆっくりと姿を現した男は地面に固定された姿勢のままで転がっている少年に冷たい視線を突き刺さしてもう一度腕を振る。
すると拘束していた力が解かれて少年が立ち上がって体を確認する。
「テメェ…。どう言うつもりだ!」
「力の差も分からない子供にお仕置きするだけだよ。」
男の挑発を聞くや否や、少年が地面を蹴って殴りかかる。
先程行われたのと同じ光景に男が呆れながら迎撃しようとするが、少年は男と接触する直前に拳の軌道を変えて鳩尾を狙ってくる。
その腕を払いのけて男は足に練り上げた力を纏って少年の胴体に蹴りを放つ。
少年は払いのけられた腕を急いで体の前で重ねて、男の蹴りを受けながら後ろに飛んで勢いを殺す。
まさか受けられると思っていなかった男が目を丸くする。
「今のを受けれるんだ。やるね。」
「チッ!舐めんなって言ってんだろ!」
威勢良く男に言い返す少年だったが彼の両腕は震えている。完全には蹴りの威力を相殺しきれなかったようだ。
衝撃で痺れている腕を無理矢理上げて少年が再び駆け出そうとするが、瞬きよりも速い動きで接近した男が少年の鳩尾を殴る。
驚きに目を見開いた少年は地面に崩れ落ちる。
「はい、おしまい。」
「アニキ!」
「あにきーー!」
彼の子分だろう子供達が男の宣言を聞いて駆け寄ってくる。彼等に道を開けた男は大きな帽子を揺らしながら酒場へと戻ってゆく。
男は店に入る直前に少年に振り返ると笑って彼を煽る。
「これに懲りたらもう探索者を襲うなんてやめなよ。」
「く…そが…。」
店に入る直前に男は自分を睨む目と視線が合うが無視して店内に戻る。
卓にはまだ香草焼きは届いていなかった。
―――――――――――
「おい!師匠!おい!起きろっての!」
横になった体を揺らしされ、大声で自分を呼ぶ声が聞こえる。
夢で聞いたよりも随分と野太くなった声に頭が段々と冴えて来たホルエは、体を起こして欠伸をしながら節々を伸ばす。
「ふぁ…。おはよう、ガラド。」
町にいた期間はずっと追い回され、町を出た後は勝手に着いて来た少年に徐々に絆された男はいつのまにか彼を弟子にしていた。
十年以上も共に行動して、最早師弟を超えた親子の様な感覚すら覚えていた。
だが擦った瞼を開けて弟子を見れば、全身が骨だけとなり虚な眼孔と額の穴に青紫の光を漏らすアンデットなってしまっている。
弟子と出会った懐かしい夢を思い出して心を温かくし、亡者と成り果てた弟子の姿に肝を冷やす。
「今日は前線に向かうって言ってただろ。寝過ぎなんだよ。」
「君達と違って僕は生身なの。睡眠は重要なんですぅ。」
ホルエはガラド達と合流してからは天幕とはいえ殆ど野宿なので完全に体を休めることが出来ていないのである。
アンデットであるガラド達は疲れを知らないが、生きているホルエは旅で慣れているとはいえ適度に休息をしなければいけない。
その事にホルエは歯痒さを感じるが、文句ばかり言ってはいられない。自分は弟子の行く末を見守る義務がある。
他ならぬ自分自身と友に覚悟を示したのだから。
そんなことは表情に出さず、ホルエは帽子の中を弄って一つの皮袋を取り出すと中身を摘んで口の中に放り込む。
「ココの実か?好きだナァ。」
「いつの間にか大好物になってたんだよねぇ。」
「俺等は食えねェってのによ。目の前で飯食うとか嫌がらせかよ。」
塩味の効いた木の実を口に放り込むホルエはガラドが羨ましげな視線を向けているのを無視して食事を続ける。
そんな師の様子を見て我慢出来なくなったのか、ガラドが立ち上がって天幕の外へと向かう。
ホルエは宙に浮き上がって木の実を摘みながら彼の後を追う。
外に出ると薄暗い空の下、漆黒の鎧が兜の隙間と蔦の紋様を青紫に光らせて二人を出迎える。
「おはようございます、ホルエ殿。」
「おはよう、ラムゼイ君。待たせてごめんね?」
ラムゼイに挨拶を返えしていると、宙に浮いているホルエの周りを色とりどりの組紐を巻いた武器が飛び回る。
「オーロン君、ポルテ君、ヤジャン君もおはよう。」
彷徨う武器達それぞれにも挨拶をしていると、全員が揃った事を確認したガラドが行き先を告げる。
「昨日も言ったが今日は力試しに前線へ向かう。」
その言葉を聞いたラムゼイが先頭に立ち歩き出し、ガラドが彷徨う武器達を背に従えて着いて行く。
木の実を食べながらホルエも彼等の上空で周囲を見回している。
「いつまで食ってんだよ。クソっ…。」
「お腹空いてるんだから仕方ないでしょー。」
森人として長い時を生きた。寿命の短い古人種との別れも幾度となく経験している。
旅をしながら矯正しようとした弟子の口癖を聞きホルエは思う。
生涯で初めての愛弟子をまだ思い出にしたく無い、と。




