怨嗟の炎
壁に追い込まれガラドの猛攻を受けて動けずにいるダイノは全身に気を張り巡らせて耐えながら打開策を考えていると、頭の防御を固めて打撃を受けていた肘が懐に当たる。
肘が当たった懐には硬い感覚があり、その感覚が何の物かを思い出しガラドに体当たりをして吹き飛ばそうとする。
防御に徹していたダイノが前に出てきたので、突進を避ける為にガラドは数歩距離を開ける。
距離が離れたのを見てダイノは急いで懐に手を入れて胸元に感じた感触に手を伸ばして掴んだ物をガラドに投げつける。
飛んできた物をガラドは拳で殴り壊し、中に入っていた液体を被る。
ガラドが液体を被ったのを見てダイノは狂った様に笑う。
「グハハ!!どうだアンデット!聖水の味は!!」
ダイノが投げた物は聖水。臆病な彼がアンデットの侵攻してくるこの砦に配属される前に確保した切り札だった。
柵の外で見ていた観客はアンデットに対して絶大な力を持った聖水をガラドが浴びた事に怒声をあげる。
賭けの対象はあくまでダイノ達がどれだけ耐えられるかと言うものだったのでガラドが消滅した場合の事は語られていなかったからだ。
観客から距離を取られて観戦していたホルエとラムゼイが額に手を当てて呆れたのと同時に、ガラドが全身を練魔で強化してダイノに急接近し真正面から顔を殴り付ける。
聖水を当てたことで完全に油断しきっていたダイノは、体を強化する暇さえなく頭から吹き飛んで赤い柵に勢いよく体を叩きつけられる。
「終わりだナァ。」
観客となった砦の兵士達は唖然とする。スケルトン種は低位のアンデットであり、聖水を耐える個体など聞いた事が無いからだ。
ダイノは壁に叩きつけられ、真正面から殴られた鼻は潰れて血を流しながら気絶している。
ダイノ以外の隊員達も手足に傷を負って戦闘の続行は不可能となり決闘魔術の効果が切れる。
決闘場を覆っていた柵から赤く輝く魔力が一人の兵士が持つ木切れに集まり賭けの勝者を証明する。
ホルエは宙に飛び上がってその光を目印に兵士に近づき、彼の手にガラドから預かった皮袋を三つ手渡す。
「おめでとう、賭け金は君の物だよ!」
手に乗った重みに兵士は目を丸くしてホルエを見るが彼は既にガラドの方へと飛び去ってしまっていた。
皮袋を受け取った兵士の近くに居た別の兵士が皮袋に触ろうとすると赤い魔力が迸り手を弾かれる。
決闘魔術に賭けの対象と見做された物は受け取った本人以外が悪意を持って触れようとすれば牙を剥く。
無遠慮にも触れようとした兵士の手は赤く腫れ上がり骨が折れたのか悲鳴を上げる。
悲鳴が聞こえたことで振り返ったホルエは他の兵士に注意を促す。
「その子みたいになりたくなかったら賭け金の横取りは諦めなよー。」
「馬鹿な奴が居たもんだぜ。」
ガラドも悲鳴が聞こえた方に向いて呆れた様に首を振る。決闘魔術を知らぬ者が良くやる行動であり彼も何度か愚か者の末路を見た事がある。今回は手だけで済んで良かった方だ。
「けしからん者がいたものだ。」
ラムゼイも二人の元に近づいてきてため息を吐く。
彷徨う武器達は柵から魔力が消えた事に気付いて逃げようとした小隊員達を柄で殴り気絶させていた。
「師匠、あいつら全員集めてくれ。」
「はいはーい。」
ホルエが手を振るうとダイノ小隊の全員の体が宙に浮き、ガラド達の目の前で磔の形で固定される。
一切の身動きが取れずガラドに舐め付けられ、意識のある物は絶叫を上げて命乞いを始める。
「ガラドさん!!助けてくれ!俺たちはダイノの旦那に命令されただけなんだ!!」
「そっ、そうだ!!悪いのはダイノの奴だろ!!なんで俺たちまでこんな目に!!」
宙に磔にされ叫ぶ彼等にガラドが近付いて赤紫に染まった眼孔で覗き込み、骨の凶相が近づいたことで正面に立たれた小隊員の喉が干上がる。
真っ直ぐに見据えられて赤紫の炎の様な光が何を燃料にしているのかが分かる。
圧倒的な怨嗟と渇き。アンデットが生者に抱くそれを燃やしてこの光は強く輝いているのだと。
「許すと思うか?」
「ポ、ポルテ達だってあんたに従ってんだろ!何であいつらが許されて俺達が許されないんだよ!!」
見据えられている者とは別の小隊員が叫ぶと、臓腑が押し潰される感覚に襲われる。
ガラドの体から威圧が発せられ空間が歪むほどの重圧が彼等を襲う。
「口封じに殺された奴らを引き合いに出すのか下衆野郎が。戦場で散った戦士をなんだと思ってやがる!!」
捕えられて戦闘をしていた時に感じたよりも強く感じる怒り。
決闘場のど真ん中に集められた彼等がどうなるか観察していた兵士達もガラドから発せられる圧力に頭を押さえつけらる感覚に陥り膝を付く。
空間が歪む程の圧力にガラドの中で昂った魔力が滲み出す。
世界の裏側、人の手の届かぬ場所に有る力が歓喜の声を挙げる。
見つけた、と。
「ああ?」
ガラドは怒りに染まった思考の中に混ざる異物の感覚に額に手を当てる。
言葉が頭の中に溢れてくる。
聞いた事のない言語。
しかし彼はそれが意味することを知っている。
「『燃やし尽くせ。嗚呼、怒りは素晴らしき薪となる。』」
ホルエの使った魔術に比べれば短い詠唱。
しかしガラドの中から急速に魔力が消費されていく。彼の生前よりも増えた魔力を喰らい尽くし魔法の欠片は世界に顕現する。
額に空いた穴に触れた手に赤紫の光が灯り、手から漏れ出す魔力を燃料に一気に燃え上がる。
眼孔や額の穴から漏れる輝きと同じ色の暗い炎。
ガラドが右手に巻いていた単眼鬼の拳帯が焼け落ちる。
一瞬で灰になった拳帯は炎がどれ程の熱量を持っているかを物語っている。
右手に纏わり付く魔術の炎は顕現してからもガラドに語りかける。
燃やし尽くせ、と。
ガラドは語りかけてくる魔法の欠片の声に苛立つ。
「使われてんのはテメェだ。俺に指図してんじゃねェぞ。」
手に纏わり纏わり付いた炎を魔力で包み込んで握り潰す。
魔術の使用と抑制に殆どの魔力使ったガラドは師に振り返り確認を取る。
「師匠、今の魔術知ってるか?」
「アンデットと同じ光を宿す自然魔術なんて聞いた事ないね。聞いてる限り随分と我が強いみたいだし。」
「命令してきやがったぞ。クッソ、まだ聞こえんぞ。魔力切れだっつの。」
ガラドが頭の中に響く声に苛立ち頭を振る。
ホルエは帽子の中に手を突っ込んで魔力回復用の水薬を取り出すとガラドに手渡して助言をする。
「偶に物凄く世界に執着している魔法の欠片が在るんだよ。一回使うと大人しく言う事聞くよ。」
「うっせェけど炎なのは都合がいいナァ。」
水薬を受け取ったガラドはカタカタと嗤いながら頭の中に響く声に今度は自分から命令を下す。
「使って欲しいなら俺に従え。」
魔力を練り上げて先程の工程をなぞり、額に右手を当てると再び眼孔や額の穴と同じ光が右手に練り上げた魔力に宿る。
「『燃やし尽くせ。嗚呼、怒りは素晴らしき薪となる。』」
赤紫の炎が纏わり付いた右手の人差し指が一番近くに磔になっている小隊員の額に触れる。
指先で揺らめく炎が一気に小隊員の肌を焼き、頭から全身に向かって広がってゆく。
「アァァァァァァァ!!!!?」
「火力落とせ、一瞬で殺してやるつもりはねェ。」
炎に全身を包まれて叫ぶ小隊員を見ても冷たい嗤い声を交えながら魔術に命じる。
魔術も彼の要望に応える様に小隊員の全身を舐める様にじっくりと焼いてゆく。
「体が焼かれる気分はどうだ?ナァ?」
「だず、だずけでぇぇぇぇ!!ァァァァァァ!!」
「俺もそうやって死んだんだぜ?遠慮すんなよ、ゆっくり味わえ。」
ガラドが心からの言葉を小隊員に掛ける。
この時を待っていたのだ、気が触れそうになりながら冥府の炎に焼かれながら。
怒りと喜びが混じり合い、右手の炎はガラドの感情に呼応して大きくなる。
魔力だけで無く彼の感情すらも喰らっているかの如く暗く輝き、篝火の光を塗り潰す。
「アッハッハ、アッハッハッハッハッハッハ!!アッハッハッハッハッハッハッハッハァ!!!」
決闘場となった砦の広場がガラドの嗤い声と赤紫の暗い炎に支配される。
近くにいるホルエが額に汗を流す程の熱量、そして焼かれている小隊員の絶叫に他の磔になっている者達が恐怖に耐えられずに叫び声を上げる。
「ぁぁぁぁ!?助けてぇ!!助けてくれぇぇぇ!!」
「謝る!ガラドさん!謝るからぁぁぁぁ!!」
だがガラドは止まらない。
先ずは恐怖に負けた者から、次に意識のある者に指先で触れてゆく。
体が焼かれる痛みに絶叫する者の声で意識を取り戻した者にも同じことして回る。
磔になった人間の形の炎が十を超えた辺りで気絶していたダイノが目を覚ます。
潰れた鼻から血を垂れ流した彼が見たのはガラドが触れた瞬間に燃え上がる分隊長だった。
「ひぁぁぁぁぁぁ!!?」
燃え上がった人型に囲まれてダイノは悲鳴を上げる。悲鳴を聞いた焼け爛れた顔が、爛れて瞼の落ちた瞳が彼に怨みの籠った視線を向ける。
この一年、頭にこびり付いて離れ無かったあの視線が。
「あぁぁ!?あぁぁぁぁぁぁ!!!」
「お、目ェ覚めたか?」
恐怖で体を動かそうと磔のまま暴れるが、手足は一切言うことを聞かず。更に目の前で事を成したガラドの視線が自分を貫く。
焦って練気を使って暴れても固定された体は動いてくれず、ダイノの醜態を見たガラドはガタガタと全身の骨を鳴らしながら嗤う。
見せつけられている。
ダイノは目が覚めて最初に炎に包まれたのが分隊長だった事、並ぶ磔の人数が自分の小隊の数と一致している事に気付いて狂乱する。
「あぁぁ!私は!グレイラットだぞ!!!こんな所で死んでいい人間では無いのだぁぁぁぁ!!」
「知るか。安心しろよ、逃げずに焼け死ぬの見守ってやるよ。テメェと違って俺は優しいからナァ。」
「こんな事!許される訳が無いのだ!!離せ!!離せぇぇ!!貴様らぁぁぁ!!私を助けろぉぉぉぉ!!」
ガラドの言葉すら耳に入らず、柵の外で固唾を飲んでダイノ小隊が焼かれる様を見ている砦の兵士達に命令を下す。
だが誰一人として彼の命令に従う者はいない。
彼等とて巻き込まれたくは無い、そして分かっている。関わらなければ自分の命は脅かされないと。
この砦に配属された兵士達は同時に暗い感情を抱いていた。アンデットとの戦闘に一度も顔を出さなかった臆病者の指揮官が無様な姿を晒している事に。
悪辣な笑顔で酒を呑み、嘲る視線しかダイノには届かない。
歪な手の感触がダイノの首に触れる。
ダイノが叫んでいる間に後ろに回っていたガラドが左手で首を掴んでいるのだ。
びっしょりと汗で濡れた分厚い首が片手で締め上げられ、息が出来ずにダイノが呻く。
後ろからダイノの顔を覗き込むガラドの頭蓋骨に目が吸い寄せられていると嗤い声が耳を打つ。
「アッハッハァ…最後だぞ?」
炎を纏ったガラドの右手が恐怖に歪みきったダイノの顔を覆った。
さてさて、投稿再開といった初日から丸一日寝こけて更新止まりましたぁぁ!申し訳ありませんんん!
寒くなってまいりましたので皆様も体調にお気をつけ下さい。




