塞がらぬ傷
ラムゼイが深化を果たして半刻ほどアンデット達の討伐を続けていると、頭蓋から溢れる力が全身に熱を帯びる感覚に、ガラドはとうとう来たと思いながら全員に指示を出す。
「深化が始まった!師匠、障壁出してくれ。目標達成だ!安全地帯まで後退!」
ガラドとラムゼイが近くにいたスケルトンを弾き飛ばして後ろに飛び退くと、ホルエの障壁魔術が展開されてスケルトン達とガラド達の間が隔たれる。
障壁が展開されたのを確認するもガラド達は五十トル程の距離を走って開ける。
走っている間にもガラドの骨身の体は力が溢れていき少しづつ変化していた。
一度目の深化より戦う事に特化していくかの様に体の節々が鋭利になり骨が太く重くなってゆく。
怒りに支配されていた時のように眼孔は明るさを増し、額に開いた穴から青紫の炎が吹き出して揺らぐ。
ガラドは拳帯の巻かれた手を額に当てて、穴が開いたままなのかを確認する。
穿たれた穴は二度の深化を経ても塞がることは無くそこに確かにあり、今は青紫の光を炎の様に揺らしている。
「治らねェか。」
生前最後に見た光景。
自分の額に向けられた杖から吹き出す白い炎。
最後に付けられた傷が癒えていないことに苛立ちを感じながらも灰色の拳帯が巻かれた手を強く握り、魔力の量を確認する。
「魔力は生きてた頃より少し増えたな。」
「おお!?魔術使えるようになるかもね!!」
「練魔一回分くらいだ、誤差だっつーの。」
魔力が増えたと言うガラドにホルエが喜ぶ。
ホルエは練気や練魔を使用した近接戦闘も得意なのだが本職は魔術師だ。
ガラドの魔力がそれほど多くなかったので教える事は無かったが、愛弟子が魔術を使用出来るようになるのであれば教える気満々である。
「スケルトン・ウォリアーの特徴は出てんナァ。骨は太くなってっし、ちょっと重くなった。」
スケルトン・ウォリアーはスケルトンの上位種の中でも近接戦闘に特化した個体であり様々な武器を使用し、迷宮では上層から中層までの幅広い階層に姿を見せる。
ソルジャー、アーチャー等と比べても太く硬い骨をしていて斬撃や刺突では攻撃が通り辛い。
打撃や魔術での攻撃が最も有効であり、魔術師がいない団は聖水を使用して対処する。
「僕は頭から炎みたいなの吹き出してる個体は見た事ないかなー。」
「この穴、二回深化しても治らねェならこのままだろナァ…。」
ガラドが穴の縁をなぞると青紫の炎は形を変えてゆらりと揺れるだけだった。
ラムゼイのように大きな変化は見られないが、確かに深化は果たした。
彼の視線は帝国側に向けられる。
「さて、行くか。」
「残念だけど時間切れだよ。砦に着く頃には朝になってる。」
自身やオーロン達の仇がいる砦へと進もうとすると、ホルエから待ったが入る。
ガラドやラムゼイには時間が完全にはわかっていないが、ホルエが言うなら間違い無いのだろ。
「天幕に戻って魔力を回復したり、今の力を確かめなよ。僕も寝たいし。」
「やっぱ、朝は無理か?」
「死の王でも無いアンデットが陽行者に成ったなんて聞いた事ないよ。」
ホルエの言うようにアンデットに陽光は大敵であり、太陽の光にあたれば灰になる。
朝の行動が無理なのはガラドにも分かっていたのか無い舌を打って砦のあるであろう方向を一瞬睨んで天幕への道を歩く。
「取り敢えず夜待つしかねェな。」
「であるな。私も体は疲れんがあれ程連戦したのは久しぶりだ。精神的には休みたい。」
天幕に帰る道の途中で二人の会話を聞いていたホルエは純粋に疑問に思った事を口にする。
「喋ったり、ため息や舌打ちは出来るじゃん、アンデットって寝れるの?」
ホルエの疑問にガラドとラムゼイは頭を傾げる。
確かに墓場などに出現するアンデットは朝の間は地面の下におり、夜になると這い出てくる。
アマステア平原では太陽と月の光が分厚い雲に隠されて常に薄暗い。
ラムゼイは半年間平原を彷徨い、ガラドは目覚めて二日目だ。二人ともアンデットになってから休んだ覚えがない。
「私は半年ほど休んではいないな…。」
「俺も昨日から動き続けてるナァ。」
「あのさぁ…。折角精神的には人なんだから。アンデットに寄り過ぎ無いようにね。」
ホルエの注意はしっかりとガラド達に刺さった。
アンデットの行動のみをしていたら人としての強靭な魂が宿った意味がない。休息を取る事も必要なのだ。
行きと同じく十数分ほどかけて天幕に戻ると三人が地面に腰掛けて、オーロン達も地面に横たわる。
「休めそう?」
「寝れはしねェが意識は飛ばせそうだな。」
「しかし、体が崩れそうなのだが…。」
二人が体を休めようとすると体を覆っている魔力が緩み、骨や鎧が崩れ落ちそうになる。
「だからアンデットって朝は地面に埋まってるんじゃ無い?」
一度地面に埋まってしまえば体が固定されて魔力が緩んだとしても体の一部が何処かに移動することは無い。
スケルトン・ジャイアントが地面から出て来たのはアンデットとして最も理に叶った休息の方法なのかもしれない。
「師匠、帽子に棺桶とか入ってねェのかよ。」
「吸血鬼じゃ無いんだから常備してないよ。入ってたとしても君達の大きさに合う訳無いでしょ。」
ガラドとラムゼイは生前から他人に比べれば体格に恵まれている。
いくら骨と鎧だけとはいえ、それぞれを収めようと思うと棺の大きさは特注品になるだろう。
文句を言いながらもホルエは帽子から大きな布と自分用の寝袋を取り出す。
「はいはい、地面に直接散らばりたく無いなら敷くのを手伝って。野営用だから土足でもいいよ。」
三人で天幕の中に布を敷き、それぞれが体を休めようと力を抜いていく。
ホルエは帽子を外して枕の代わりにして寝袋に入る。
ガラドとラムゼイは眼孔と兜の隙間から光が消えると魔力で維持していた体が崩れるように地面に転がる。
天幕内が沈黙に包まれる中、アンデットとして目覚めたばかりだった彷徨う武器の三人は示し合わせたようにゆっくりと浮かび上がって天幕の外へと出て行く。
彼等が向かうのは天幕から少し離れた場所だ。
それぞれ、距離を離して自分の体がどう動くか試すように宙を飛び回り。
今日ガラドに振るわれた時の動きを思い出しながら軌道をなぞってゆく。
次第に三本の武器はガラドが居るかのように隊列を組んで、彼に呼ばれた際に隙なく入れ替われるよう飛び回る。
彼等が出で行ったのを気にして影から見に来ていたホルエは欠伸を一つして眠そうに瞼を擦りながら天幕に戻る。
「流石は愛弟子だねぇ。相変わらず人たらしだよ。」
三人を起こさないように武器達は宙を舞う。
その構えは確かにガラドが振るっていた時のものに近づいていた。
―――――――――――
「ああああぁぁぁぁぁぁ!!!?」
寝台に眠っていた男は飛び起きる。
暑くも無いのに寝巻きは汗に濡れており、額に張り付いた髪は整えている普段に比べると貧相に見える。
「私は!!私は悪く無い!!」
目は見開かれ血走り、頭を抱えて握り締めた手には何本もの抜け毛が絡んでいる。
「あいつが!あいつが悪いのだ、私のことを馬鹿にして!!!」
一年もの間苛まれる悪夢を思い出す。最後にこちらを見ていた目に身震いする。
燃えながら、焼け落ちた皮膚を歪めてこちらを睨み付けて絶叫していた大男の姿を。
悪夢はすぐそこまで迫っている。もう彼は逃げられない。




