師は弟子を想う
会議室の様子など知ったことではないと、宵越しの金を持たない迷宮探索者達は都市の歓楽街で自らの欲を満たす。
デエヒ迷宮都市の探索者組合内にある会議室は外の探索者達の様子とは反対に月の無い夜にも似た沈黙が支配していた。
「ん?」
沈黙の中、ラントンが疑問に首を捻る。何か忘れている様な気持ちの悪さを感じたのだ。
一体何を忘れているのかと考えていたラントンの目に会議室に置かれていた花瓶が映る。
ふと目に入ったそれに記憶が刺激され、その感覚を忘れないように口に出す。
「花瓶…瓶………あっ!聖水!!」
「聖水なら効くかも知らないけど、ちょっと違いそうだね。いったいどうしたんだい?」
閃いた様な叫びに他の大人とは違い比較的冷静なホルエがラントンにいったい何を思い出したのか尋ねる。
「俺はラ…彷徨う鎧と戦闘中に気絶して、最初ガラドさんと会った時目が覚めてすぐだったんだ…。」
自分が感じた違和感を記憶を辿るように口に出して行くラントンを全員が静かに見つめる。
ラントンもそれに応える様に口から自らの記憶を吐き出してゆく。
「ピースト達がアンデットに誑かされ出るんだと思ったけど盾も手元に無くて、いざと言う時のために買っておいた聖水を持ってガラドさんに立ち向かったんだ。」
「よく聖水が手に入ったね。」
「いつも行ってる道具屋の婆ちゃんに頼み込んで残ってた在庫の一つを売ってもらったんだ。」
イスタリア聖国との戦争の影響でマーグナジア帝国内では聖水の流通が滞り出していた。
特に迷宮都市の中でアンデットが出現する迷宮を抱える都市ではここ半年の間に消費され、他からも買い付けが行えないので枯渇が顕著だった。
デエヒの迷宮もアンデットが出る階層がある為、聖水の枯渇は探索者達の悩みの種でもあった。
そんな聖水を手にしてガラドに相対したラントンは当時のことを思い出して話す。
「んで、ガラドさんに聖水投げつけて倒して逃げようとしたんだけど…。その前にバレたんだ。その時変なこと言ってたんだよ。」
「ガラドさん何か言ってたっけ?」
ビッキィらその後に起こった事の印象が強すぎて覚えていない様でラントンの言った内容に疑問をぶつける。
そしてラントンが違和感の確信に迫る。
「確か、『その手に待った聖水は後に取っとけ。無駄になんぞ。』って。」
「うっわ、流石ガラドだね。自分の状態分かって言ってるよそれ。」
話を黙って聞いていた組合長と盾の誓達は頭痛を抑えるように頭を抱えながら低く唸る。
ホルエは事態の重大さが分かっていないだろうピースト達に向けて説明をする。
「聖水ってね、聖国の霊峰ザザヌの銀鉱脈を通って湧き出る水に、信徒達が祈りを捧げて作られるんだよ。」
世間一般に周知されている聖水の製作方法。神から聖水を作る様に命じられた聖国以外が銀粉を混ぜた水などに祈りを捧げても劣化品しか作れない状態だった。
「しかも、ここ最近は聖女の祈りも加わって聖水の効果が上がってたらしいんだよね。」
「事実じゃのう…。報告では中層に出るアンデットですら聖水を持っているだけで近寄りすらせんくなったようじゃ。」
ホルエが近年の聖水が効果が増大したと話すと、組合長が組合に上がってきた報告を基に情報の確度を高める。
それ程までのアンデットに効力を発揮する聖水を前に何の反応もしなかったガラドとラムゼイにピーストが内心青ざめる。
彼らは本当に上層に出る程度のアンデットだったのかと。
「要は半端なアンデットなら近付きたくもないし、浄化されて何なら消滅する代物なんだよ聖水は。」
「それを無駄と断じおるか。」
「予想になるけどガラドが死ぬ前に戦った相手が問題じゃないかな。確か聖国の聖堂魔術師長でしょ?」
「軍から伝え聞いた話ではの。」
ガラドには聖水が効力を発揮しない。有り得ざることに組合長が表情に苦味を全面に押し出して眉を顰める。
そして次に話題に登るのはガラドを斃したとされる聖国の聖堂教会所属の聖堂魔術師長。
名をアンドリュー・ラナスティラ。若くして聖堂魔術師の頂に立った男だ。
「最速最短で聖国魔術師の天辺に上り詰めた天才。確か聖なる力を聖女から授かって白炎とか言う魔術を使うって聞いたっけ。」
「まさかガラドの死が白炎によるものであり、それ故に聖なる力に耐性が着いたと言っとるのかの?」
「情報を聞いた上での推察だよ。状況と聖水の例を考えてもほぼ確実だろうけどね。」
頭を抱える組合長を見てニヤリとホルエが嗤う。
その顔を見てマーロウはガラドと似た雰囲気を感じ、彼が確かにガラドの師なのだと思う。
「コール、分かってると思うけどガラドの目的は下だよ?良かったね、また書類漬けだよ?」
「今さっき終わらせて来たところなんじゃがのぅ…。儂も偶には迷宮に潜りたいんじゃが仕事ばかり増えるの。ホルエ、お主の弟子じゃろう。何とかならんのか?」
「無理だね。君と一緒でガラドは迷宮に出会ってから根っからの迷宮狂いだよ?
止めようたって止まらないさ。死なない限りね?」
指を下に向け組合のある場所よりさらに下。迷宮を指差して嗤うホルエに諦めた様に愚痴とため息を吐き出す組合長。
ホルエに止められないか確認を取るも自身とガラドに共通する性に無理だと断じられる。
死以外に迷宮狂いは休息無し。
迷宮を潜る者達に伝えられる諺である。
それに当て嵌まる自分とガラドの共通点に苦笑を溢す。
「死んでも治らんかったらしいの。羨ましい限りじゃ。権力がついて回ると迂闊に動けんからの。」
「なら、さっさと組合長なんか辞めちゃいなよ。」
「お前の弟子がたった今、仕事を増やしたんじゃが?」
組合長は息を吐いて席を立つと会議室からの扉へと向かう。その後ろ姿にホルエが声を掛ける。
「僕はガラドに付くよ?」
「分かっておるわ。儂は今から帝国が更地にならんよう根回しをするだけじゃよ。」
「僕が付いて更地で済めばいいね!」
その言葉を受けて盾の誓一行は背筋に寒気を覚え、組合長の背中は哀愁を漂わせながら漂会議室を出て横を向いた時には扉の横に立っているスケルトン・ソルジャーと同じ様な姿勢になっていた。
「儂もお主も苦労人じゃな…。」
呟いた組合長の言葉の意味が分からずスケルトン・ソルジャーは首を傾げて骨を鳴らす。
会議室に残ったホルエと盾の誓一行は、更にガラドについての情報交換を行なっていた。
先ずはピースト達がガラドから依頼された伝言である。
「ガラドさんからのもう一つの依頼で、ホルエさんに伝言なんですが『約束守れなくてすまねェ』って…。」
「あの子は本当に簡素に言うねぇ…。」
ガラドの伝言に乾いた笑いを溢すホルエの目尻が僅かに下がる。
ホルエからすれば勝手に押し付けられた約束ではあったが、内心ではその約束だけに縋りガラドの死を受け入れられず酒に呑まれていたのだ。
死して尚、愛弟子が自分との約束を忘れていなかったの事は彼の心を現世に縫い止めた。
約束が無ければ悲しむことも無くホルエの怒りは組合と帝国に向かい、酒場での出来事など笑い話にもならない惨状が帝国全土で広がっていただろう。
「ガラドのことだから遺品に追加で依頼もしてるんじゃない?綺麗な布にでも移してくれとかさ。」
続くホルエの言葉にピースト達が目を丸くする。まるでその場を見ていたのではないかと思ったからだ。
「お金だそうか?遺品なら綺麗な物に包んだほうが良いだろうし。」
「いえ、これは僕たちが受けた依頼なので大丈夫です。」
ホルエの提案をピーストが仲間を代表して断る。
それを聞いたホルエが彼等の探索者としての意気を感じてまた別の提案をする。
「なら、ガラドに使わなかった聖水を買わせて。今僕も予備がないだよね。」
「俺も恩人に向けたもん持って置きたくないから、買ってくれるとありがてぇっす。」
パチリと片方の目で目配せしてくるホルエの提案に乗ったのは聖水の持ち主であるラントンだった。
ラントンの視線に気付いたマーロウは肩掛けの鞄の中から聖国と聖堂教会の紋章の入った瓶を取り出す。
「これガラドさんに投げようとした時めっちゃ怖かったっす。正直小便チビるかと思いました。」
「ガラドに威圧されたんでしょ?よく漏らさなかったねぇ。」
冗談混じりに聖水の取引を行うため、ホルエは帽子に手を突っ込み酒場で投げつけたのと同じ種類の皮袋を取り出す。
その動作が気になったのかマーロウの目が釘付けになる。
「ピースト達がブルってるの見たら、何とかしなきゃと思って一歩だけ前に出れたんです!」
「おお!凄いよ!ガラドも褒めてたんじゃない?」
「最高の盾使いだって言われてた。」
褒められていたラントンを思い出してマーロウが少し羨ましそうにする。
彼等の様子を見てホルエは更に笑みに目を細める。
「幾らで買ったんだい?」
「銀貨十二枚でした。」
「なら銀貨十五枚でどう?今は手に中々買えないからね。」
「分かりました!それで大丈夫っす!」
聖水の値段の交渉に入り、ラントンが買った値段より色を付けて買い取る。
その交渉が終わったのを見てロイが会話に入ってくる。
「俺たちはまだホルエさんと話があるからお前達は先に宿屋に帰っておきなさい。今日は色々あって疲れたろう。」
「先にお夕飯も頂いておきなさいね。私達の分は屋台で買っておいてくれるかしら?」
ロイは弟子達にそう伝え、シーラは財布を取り出して彼等に預けて食事の用意を任せる。
部屋を出て宿屋に戻ろうと準備を始めるピースト達をホルエが呼び止めそれぞれの手にまた飴玉の入った包みを飛ばす。
「君達今日は良く頑張ったね。それは先輩探索者からのご褒美だよ!今度のは回復用の水薬と似た様な物だから怪我したらお食べ。」
「ラントンが怪我をしているので助かります!ありがとうございます!」
渡された包みをマーロウが預かり鞄中から空き瓶を取り出してその中に入れているのを確認した後、四人は残った師達とホルエに頭を下げてから会議室を後にする。
残されたホルエと盾の誓の三人は顔を突き合わせる。
「俺達からもガラドが何をしようとしてるかの話と
、あいつからの伝言があります。」
「おや?組合長には言わなくて良かったのかい?」
「特殊個体の報告と個人の会話は別物ですので。」
ガラドからの聞いた子供達には聞かせられない内容の話と依頼についてロイはホルエに伝えようとする。
対するホルエは揶揄う様に組合への報告の是非をとうが、澄ました顔でそう答えるロイにホルエが腹を抱えて笑う。
「アッハッハッ!良いねぇロイ君!見ないうちに随分と腹芸が板についたじゃないか!」
「守るものが増えましたので。」
「それで?どんな内容?」
「まず、ガラドの死因ですが…。殿を買って出た訳ではなく、魔術の盾にされたのが原因だそうです。」
その言葉を聞いたホルエの顔が笑顔から一転して無表情に変わるが、話を進める為に頷きを一つ返してロイに続きを促す。
「当時を語るガラドは魔物そのものでした。眼孔の幽炎も攻撃色に変わるのを抑えていられなかったようです。」
「僕は今にでも全身から炎が吹き出しそうだよ。僕だってこうなるんだ、当たり前でしょ。」
無表情から眦を吊り上げ、僅かに噛み締めた唇の端から血を滴らせながらホルエが憤る。
そんなホルエに頷きを一つ返してハートルも続く。
「僕らだってそうですよ。まさかガラドが死ぬなんて思ってもいませんでしたし…。」
「ガラドさんなら笑って戦果を自慢してくるとおもってました…。」
ハートルの言葉にシーラも痛ましそうに叶わなかった未来を語る。
二人の言葉を聞きながらホルエは口から垂れた血を懐から出した手巾で拭う。
「ガラドにその話を聞いて俺も憤ってしまって、あいつが所属していた小隊の所在を教えてしまったんです。すいません、失敗でした。」
「確実にガラドなら復讐するだろうね。」
「はい、自分の手で殺すと…。」
鎮痛な面持ちで自らの失敗を語るロイはホルエの言葉に頷きガラドが言ったことを伝える。
そしてガラドから託された依頼を彼の師に伝えねばならぬ事を歯噛みする。
「ガラドは…。アイツは!自分が魔物に呑まれたなら貴方に殺してくれと言っていました……!」
話している内に好敵手の現状に対する悔しさからロイの拳が握りしめられる。
他二人も水をあけられたままの競争相手を想い口惜しそうに俯く。
盾の誓の面々の表情をみてホルエは宣言する。
「大丈夫だよ、僕はこの後ガラドに合流する。あの子を魔物になんかくれてやるものか。」
その目には確かな意志の光が宿り、もう二度と自らの愛弟子を失って成るものかと気炎を上げる。
「酷な事を言わせてごめんね。あの子の伝言、確かに受け取ったよ。」
革張りの椅子から立ち上がってホルエは盾の誓の面々に礼を言ってから会議室を後にする。
「待っててガラド、すぐに行くからね。」
世界でも有数の英雄があり方を人類の敵に変える。
後に大陸を激震させる報はマーグナジア帝国の首都、帝都マグナスには未だ届かない。




