依頼
天幕に戻ったガラドは手を上げて三人に大丈夫だと示す。
不安そうに武器を構えていた三人は大柄な体と額に空いた穴から入って来たスケルトンがガラドだと分かって安堵する。
「ラントンはまだ目ェ覚ましてねェみたいだな。」
構えていた武器を下ろした三人の後ろで気絶しているラントンを見てみると、地面に直接寝かせてあったのが恐らくマーロウの物であろうローブが下に敷かれていた。
ガラドが戻るまでに移動させたのだろう。地面に直接寝かせるよりはいいと判断したのだろう。
彼等を助けた自身の判断をガラドは褒める。
見ていた以上に良い。
「まぁ座れ、お前等に聞きたてェ事がある。」
促され地面に腰を下ろした三人を見て自分も手にしていた剣を横に置き座る。
三人の方を見て先程より落ち着いて今の状況が分かっている三人に嗤いながら話しかける。
「ある程度、今の自分達の状況は分かってるみてぇだナァ。どうだ?アンデットの拠点に居る気分は?」
意地の悪い質問にピーストが顔色を青くする。だがビッキィは胸を張り、マーロウはもあっけらかんと答える。
「だったら私たちもう死んでるでしょ?ガラドさんならいつでも殺せるわ!」
「ビッキィの言う通り。それに殺すならわざわざ助けたり、私たちが逃れる隙は与えない。」
二人の様子に少し顔色を取り戻したピーストも続けて発言する。
「僕たちに何をさせたいんですか?」
その言葉にガラドはもう我慢出来ないと大声で笑う。想定以上、望外の結果に笑いが止まらなかった。
彼等を見習い未満と断じていた自身の想定と三人の言葉がツボに入り無い腹が捩れそうなほど笑った。
一頻り笑ってガラドは彼等に話し始める。
「あぁ笑った笑った。お前等本当に良いナァ。その通り…頼みたい事がある。」
真剣な声で語りかけ、その前に三人に向けて頭を下げる。急に頭を下げられた三人が慌てているが関係無しに言葉を紡ぐ。
「見習い未満と侮って悪かった、お前等はそこいらの奴等よりよっぽど迷宮探索者だ。」
慌てていた三人の顔がその言葉で喜色に染まる。自分達よりも強く、助けてくれた相手に褒められた。それが嬉しくて堪らないのだ。
そのまだ子供らしい様子に苦笑を一つ溢し、次に口に出すのは注意だ。
「だがまだ警戒心と計画性が足りねェ。さっきも言ったがここはアンデットの根城だ。俺なら俺が入ってきた瞬間に切り殺すし、魔術が使えるならぶっ放してた。」
警戒心と計画性、何よりここアマステア平原に彼等の実力では足りないと断ずる。
何故お前たちがここに居る、と暗に言っているのが分かったのか三人がバツの悪そうな顔になる。
まるで百面相だなとガラドが内心思っているとマーロウが顔色を暗くして話出す。
「私のせい…。私が死操魔術を覚えたから…。」
死操魔術、アンデットを操り自身の手駒とする魔術。術者の能力によるが操れる数は増え、極めた者は自身の骸すら操り死霊術師へと至ると言われる。
世間の印象は悪いがそんなもの、使い手次第だ。現に迷宮探索者にはそれなりに使っている者がいる。
だが、その才能にガラドは無い舌を巻く。まさかこの年齢でか、と。
そんなガラドの内心を知らぬピーストとビッキィが自分を責めるマーロウに捲し立てるように様に言葉をかける。
「皆で話し合って決めた事じゃ無いか!戦力の増強にもなるって言ったのは僕だ!」
「そうよ!マーロウのせいなんかじゃないわ!それに言い出したのは私よ!」
このままでは喧嘩になりそうだと考えたガラドは、若干マーロウに対する警戒心を上げたことをおくびにも出さず仲裁に入る。
「デケェ声出すなってさっきも言ったろ。大体の成り行きは分かった。手駒増やしたくて来たんだろ。」
三人が再びバツの悪そうな表情になる、図星を突かれたのだ。ビッキィが少し唇を突き出し事情を話出す。
「私がマーロウが死操魔術使えるようになったって最初に聞いて…じゃあアンデット使役して来て師匠達を驚かせようって言ったの…。」
「僕たちの年齢じゃ迷宮に入れないから、アマステア平原なら入り口辺りで一体使役するくらいならと…。」
「待て、お前等歳いくつだ?後何で入り口じゃなくてこんな中腹にいる?」
二人の言葉を聞いていて疑問に思ったことをガラドが尋ねる。迷宮に入れないのは組合の規約の問題なのは知っているが、彼等の年齢と何故こんな場所の真っ只中に現れたのか気になったのだ。
「ラントンが十四歳で僕とビッキィが十三歳、マーロウが一二歳です。ここに居るのは平原への入り口が帝国軍に封鎖されてて…。」
「平原の横の森を突っ切って行けばバレないと思って…。」
「森で迷って気が付いたらこんな所に…。」
その言葉にガラドは頭を抱える。
「お前等が優秀なのか馬鹿なのか判断に迷うわ。」
三人の表情が悪戯を見つかって気まずそうな子供のそれに変わる。
しかし、一つ有益な情報も手に入れた。平原の入り口の占拠。意図せず近づいていれば軍に追われていたかもしれない。
「お前等、本当に運が良かったな。あとちょっと森から出る位置がズレてたらスケルトンの山に囲まれてたぞ。」
彼等がいた位置と今自分達が居る場所は、もう少し先に進めばガラドが狩場に定めた遺体集積場がある。そこに出ていればスケルトンやその上位種に囲まれていた。そう話すと三人の顔が強張る。
「最初に相手したのがラムゼイだったのも良かったな。あいつあれでかなり手加減してたからな。」
普通の彷徨う鎧ならああはいかない。彼が自身の身体よりも強靭な意志で魔物の本能を抑え込んでいたからこそ彼等は今生きている。
「まぁ、悪運が強ェのは良いこった。悪運も運だし、運も実力の内だ。」
運が良い、迷宮探索者には必須と言っても良い得難い才能だ。
迷宮では魔物と出会いすぎて消耗したり、罠に嵌り命を落とす。迷宮の中にある宝物だって運が無ければ見つけられない。
運が良いのか悪いのか微妙な顔をした三人にガラドは話が逸れている事に気付く。
「助かったんだから素直に喜んどけ、話を戻すがお前等に頼みたいこと…依頼がある。」
ガラドの言葉に三人は疑問を浮かべる、その顔には自分達より強い彼が何故自分達に依頼するのだろうと書いてある。
そんな三人をよそに横に置いていた剣を持ち、肋骨に幾重にも巻きつけてあったの革紐を切る。
遺品の入った皮の包みを三人の前に置き、依頼の内容を話し始める。
「先ずはこの包みを届けて欲しい。前線で見つけた兵士の遺髪と遺品だ。」
「輸送依頼ですか?」
ピーストの疑問に頷いて続きを話す。
「前線で遺体を見つけたは良いがスケルトンの俺じゃ家族に届けられねェ。どうすっか考えてたんだがお前等に頼めば問題ねェだろ。助けた貸しを返せ。」
ガラドの骨身の体を見て三人は納得する、確かに遺品を家族に届けるのは彼には無理そうだ。助けられた恩も返せるならばこの依頼を受けるのは全く問題無い。
問題があるとすれば未だ目覚めていないラントンと、どうやって帰るかだ。
「依頼を受けるのは良いんですけど、帰り方が分かりませんし、ラントンが目を覚さないと動けません。」
「何の為にここまで連れてきたと思ってる。ラントンが目を覚ますまで此処で休めばいい。帰りも俺が送ってやるよ。」
困った様に言うピーストにガラドは笑って答える。
それならばと喜び合う三人の様子を見てガラドは心の内で安堵する。アンデットからの依頼だ、素直に受けられ無ければどうしたものかと思っていたのだ。
そしてガラドは指を立てて彼等の注目を集めるともう一つの依頼しようとする。
視界の中の三人が聞く姿勢に入ったのをみて話始めようとするが三人の後ろに一瞬視線を送り話出す。
「もう一つの依頼は俺の師匠への伝言だ。あとラントン、その手に待った聖水は後に取っとけ。無駄になんぞ。」
その言葉にピースト達が驚いた様に振り返りラントンを見る。額に大粒の汗を流したラントンが勢いよく立ち上がりガラドを睨みつけた。
その手の中には見覚えのある瓶が握られている。
「バレたか…。ピースト、盾を寄越せ。さっさとコイツ倒して逃げるぞ。」
折れた腕が痛むのか肩で息をしながらも視線はガラドから外さない。少しでも彼が動いた瞬間に瓶を投げられる姿勢のまま、折れた腕をピーストに向けて盾を要求する。
睨み合うガラドとラントン、二人の様子にあたふたとしつつも、ピーストが止めに入る。
「待てよラントン!ガラドさんは俺たちを助けてくれたんだぞ!」
「スケルトン・ソルジャーがどうやって彷徨う鎧倒すってんだよ!大体!アンデットの言葉は信用するなって師匠達も言ってただろ!!良いから盾を!!」
痛みに顔を顰めさせながら怒鳴るラントン、その言葉に三人の表情が曇り尚も言い募ろうとした時、最初に動いたのはガラドだった。
動いた彼を見てラントンは手に持った瓶を投げようとするが、ガラドが剣を天幕の外に放り投げたのを見て目を見開いて固まる。
唖然として自分を見るラントンを見てガラドは嗤う。
「ピースト、盾を渡してやれ。痛みがあるなら回復用の水薬を飲んだって良いぜ?話を聞く準備が出来るまで待ってやる。」
丸腰で堂々とガラドは言ってのける。
だが攻撃をしようとすれば無事ではいられない。
とんでもない威圧感にラントンは本気の師達を思い出す。
いや、或いはそれよりも…。
痛みで流していた汗が冷や汗に変わる。口が渇き、脚が震える。他三人もガラドの様子に震えている。三人のその姿を見た時、無意識にラントンの脚が前に出る。
手を広げて三人を庇うように前に出るラントンを見てガラドから発せられる圧が消える。
「いいねェ、最高の盾使いだ。」
褒め言葉と共にカラカラと笑う彼の様子にラントンは一気に体の力が抜けるのを感じ、膝から崩れ落ちた。




