賞賛
ガラドは頭に拳骨を振るったあと、痛みに悶えている三人を放置して気を失った少年の首筋に手を当てて脈を確かめ、腹や胸元、凹んだ盾をつけている腕に触れる。
気を失っている少年が腕に触れた瞬間呻いたのを確認して、折れた戦鎚を拾いに行く。
拾ってきたのは持ち手の部分、折れてささくれ立った部分を剣で切り落とし、少年達の元に戻る。
「いい加減、痛がってないで仲間の手当手伝え。」
三人に声をかけて、何かを要求するように手を差し出す。
「縄かなんかありゃ渡せ。盾とこいつが頑丈で良かったな、腕折れてんのと気絶で済んでるぞ。」
黒い癖毛の少女が慌てて鞄をから麻縄を取り出しガラドに渡す。それを受け取って彼等に見せるように怪我の手当てをしていく。
「よく見とけ、骨が折れてても肉突き破ったりしてなきゃ、添木して回復用の水薬飲ませてたら三日もあれば治る。」
盾を外して、持ち手を添木に使い麻縄で固定しておく。三人はガラドの頭蓋骨と素早く手当てされていく仲間の腕を交互に見る。
そうして指示役の少年が意を決したようにガラドに話かける。
「えっと、スケ…ガラドさんは何で俺達を助けてくれたんですか?」
「見習い未満の迷宮探索者が目の前で死んだら後味悪いだろが、あとこっちの名前分かってんなら名乗れ、喧嘩売ってんのか。」
先程の自分とラムゼイとの会話を覚えていたのか、不安そうにこちらを伺ってくる少年にガラドは不機嫌そうに言い返す。
そして、言われた少年は頭を下げてから名乗る。
「すいません!俺はピーストって名前です。倒れてるのが盾役のラントン、後ろに居る金髪の女の子がビッキィ、黒髪の女の子がマーロウです!」
謝ってからそれぞれを指差して仲間達を紹介するピートン。指差された意識のある二名も頭を下げる。
それぞれの名前を頭に入れ、ガラドも名乗る。
「俺はガラドだ、生きてた頃は頭抜けのガラドって渾名で通ってた。」
生きいた頃、その言葉に三人は唾を呑み込む。そんな三人にガラドが笑う。
ここ十数時間、戦闘で見せていた嗤いではなく、慄く少年少女が可笑しくて笑ったのだ。
「アッハッハ、スケルトンが生きてた時だのなんだの言ってたら怖ェわナァ。」
カラカラと骨を鳴らしガラドが笑い、その雰囲気に三人の強張った表情と緊張が解けていく。
そしてガラドは三人に近づきそれぞれの頭を撫でる。
「ピースト、オメェは倒れた仲間引っ張って良く耐えた。ビッキィはブルってんのによく杖構えて魔力練ってたな。マーロウ、オメェは魔物相手の言う事であろうが自分の直感を信じた、賭け事に向いてるかもな。」
泣きそうになりながらされるがままの三人を褒め最後に気絶しているラントンの頭を撫でる。
「オメェ等こいつを誇れよ、立派な盾役じゃねェか。全員、いい仲間に恵まれたな。オメェ等は強くなれるぞ。」
純粋な賞賛、血肉の通わない骨身の言葉なのに暖かいそれに三人の涙腺が決壊する。
それに困ったのは泣かせた本人だ。ガタガタと骨を鳴らし人差し指を顎の前に持っていき静かにする様に促す。
「ちょっ、静かにしろ何処に他のアンデットが居るかわかんねェ。近くに俺がついさっき作った天幕がある、そこまでラントンを運ぶぞ。汚ねェ場所だが此処よりは安全だ。」
涙を拭き鼻をぐずぐずといわせながら三人はガラドの言葉に従って移動の準備を始める。
その三人の様子を見てからガラドは大鎧が転がって居るであろう所に向かって声を張り上げる。
「ラムゼイ!ガキ共移動させたら後で向かう!それまでそこで待ってろ!」
折れた戦鎚の先端と切り飛ばした鎧の肘から先を二つ拾うとガラドは準備をしていた三人に声をかける。
「誰か練気か練魔使えるか?使えねェなら俺の荷物とラントンの盾持ってくれ、俺がラントンを運ぶ。」
「私が練魔を使えるわ。ラントンは私が運ぶ。」
ビッキィが涙を拭いラントンを運ぶと言うが、どう見ても背丈が足りない。ラントンを背負うとどうしても引き摺ってしまうのが目に見える。ガラドは手に持っていた鎧の腕と剣、戦鎚の先端を地面に下ろしてラントンを抱き抱える。
「お前の身長じゃ無理だ、傷に触っちまう。水薬が飲めない状態で悪化しても面倒だ。やっぱり俺の荷物を頼む。剣は抜き身だから気ぃ付けろよ。」
背中にラントンの盾を背負ったピーストが両刃剣と戦鎚の先端、ラムゼイの鎧は少し頬を膨れさせたビッキィとマーロウが持って歩く。
歩幅の大きいガラドについて行くのに三人は少し小走りで彼の天幕へ向かった。
数分歩いて天幕に着き、ラントンを地面に寝かせるとガラドは両刃剣とラムゼイの腕を受け取り腕の内側に戦鎚の成れの果てを捩じ込む。
天幕の周囲の気配を探り近くにアンデットが居ないことを確認し、三人に声をかける。
「ちょっくらあの彷徨う鎧の所に行ってくる。周囲にアンデットの気配はねェから大丈夫だとは思うが、いざとなったら叫べ。さっきの場所なら聞こえる。」
不安そうな顔の三人のうち、水薬を投げた時以外殆ど喋らなかったマーロウが口を開きガラドに問いかける。
「その、大丈夫なんですか…?またあの…ラムゼイさんに襲われたりとかは?」
つい先程までに自分達を脅かした存在に対する恐怖と、もしかしたらガラドが戻って来ないのでは無いかという不安が顔に出ている。
その様子にガラドはカラカラと笑い応える。
「その辺りのことは後で教えてやる。それにラムゼイとは死ぬ前からの戦友で呑み仲間だ。それに手足も潰してある、問題ねェよ。」
少し乱暴にマーロウの癖毛を撫で天幕から出る。
その足はラムゼイを投げ飛ばした所へと向かって行く。
また天幕から数分の距離を荷物を抱えて走り時間を短縮、投げ飛ばした重装騎士を探す。
走る骨の音を聞きつけたのかラムゼイの声が聞こえ、声のした方に向かいガラドは速度を緩める。
「ようラムゼイ、ぶん投げられた気分はどうだ?」
「ガラド殿、面倒をかけた。出来ればもう飛びたくは無いな、自分より高い所は苦手なんだ。」
方やニヤつきながら笑い掛け、もう片方は横たわったまま謝罪と冗談で応える。
馴染みのあるやり取りに二人が笑い出す。
ガラドは横たわったラムゼイの元あった位置に持って来た肘から先の鎧を置き、中に捩じ込んでいた戦鎚の先端を鎧の胸辺りに置く。
「おらよ、土産だ。彷徨う鎧なら修復出来るだろ。どれくらいの時間がかかる?」
「鉄を取り込めるなら一日前後だ。」
答えたラムゼイに一拍置いてからガラドは彼にもう一つ質問をする。
「特性は把握してるか、その体になってかなり長いな?」
「だいたい半年だろう。流石、迷宮探索者だな。魔物の特性は知識の範囲内か。」
ラムゼイは迷う事なく質問に答え、二人の頭蓋と兜中にある青紫の光が揺らぐ。
数秒の沈黙の後、先に口を開いたのはラムゼイの方だった。
「そして流石の武勇だな、この体でああも簡単に無力化されるとは思わなかった。」
思い出して吹き出す様な彼の言葉にやや不満そうにガラドが答える。
「はん!それを言うならワザと魔物の本能に飲まれやがったな?戻れなくなったらどうするつもりだったんだよ…無茶しやがるぜ。」
「その時は何としてでも君が殺してくれただろう?」
不満そうなガラドの言いようにラムゼイは全幅の信頼を寄せてそう答える。
無い眉を顰め、ガラドはそっぽを向く。事実聖水を使う以外に彷徨う鎧を倒す方法を知っているからだ。
「戦友を自分で殺したくはねェよ。」
短く本音で応えガラドは誤魔化す。
そんな彼にラムゼイは笑みを深めてくぐもった声で更に笑う。
そんなラムゼイに苛立ったガラドは立ち上がり、天幕に向けて歩き出す。
「この後ガキ共から情報を聞き出す。一人が気絶してっから目が覚めたら、全員に取り引きを持ち掛けて二つ依頼を飲ませてから帰らせる。それまで体直ってもそこから動くなよ。」
返事も聞かず進むが、ラムゼイは一つガラドに頼み事をする。
「あの盾使いの少年が目覚めたら、代わりにすまなかったと伝えてくれ。そして素晴らしい才能だとも。」
ガラドは動けず兜だけを自分に向けるラムゼイをちらりと見やり、剣先を彼に向けた後と無言で歩き出す。
ラムゼイは知っていた。あれはガラドが師から教わったという戦士の誓いを面倒臭がりながらも律儀にやったのだと。
荒々しい戦友の絶対の誓いにラムゼイは安堵する。
「駆けつけてくれたのが君で本当に良かったよ、ガラド殿。」
彼には朝日の昇らないアマステア平原が少し眩しく思えた。




