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見習いと彷徨う鎧


急いで戦線を離脱したせいで遺体集積場に入った側から反対に走ったガラドは休める場所を探していた。先程の粘性体(スライム)との戦闘で消費してしまった魔力を回復する為である。


深化を果たしたとしてもまだ一回、身体に巡る魔力は生前より少なく、骨身の維持に使う以外の余力は殆どない。


「そもそも殆ど練気ばっか使ってたせいで練魔の精度も大味で燃費が悪い。練気と併用して全力の時しか使わなかったのも今回ツケが回った原因か。」


練気と練魔、性質は同じ身体能力の向上ではあるが、同時に使うとなると相応の集中力を必要とする。

練気を扱うのが上手いのが前線を張る戦士系、練魔を扱うのが上手いのが魔力に長けた魔術師だ。

両方を扱える人間はどちらか一方、自身の戦闘様式にあったものを選択することが多い。


しかしガラドは自身に技術を教えてくれた師の言葉を思い出す。


「どっちも使えるなら両方極めたら最強か、師匠の言う通りちゃんと訓練しとくんだったな…。」


しみじみと師とのやり取りを思い出し、遺体集積場近くの駐屯地の跡地を見つける。

崩れた跡地には倒れた天幕の残骸が有りいくつかの無事な部分を拾い集め、ガラドは天幕を一つ立て直す。

休める場所が出来たことで天幕の中に座り込む。


「流石にスケルトン共も天幕開けて中には入って来ねェだろ。」


自身の視界内の同族の気配を探れる特性を考え、一応の休憩地点を作ることが出来た。


取り敢えず装備品を外し点検を始める。

スケルトン・アーチャーから奪った弓と矢筒、穴を開けた矢筒と切り詰めた戦鎚、短剣と両刃剣。

そして粘性体(スライム)に風穴を開けられ殆ど無事な所の無い皮鎧だ。


「鎧はこりゃもうダメだな、裂いて紐にしたほうがまだ使える。矢は六本か…一本へし折ったの勿体無かったナァ…。」


皮鎧は脱ぎ捨て、矢筒から矢を取り出して状態を確かめる。特段問題は無かったので次の作業に移る。


皮鎧を細く引き裂き、幾つかの縒った革紐を作り、矢筒同士をきつく縛る。片一方に切り詰めた戦鎚を、片方に矢を入れておく。

弓は弦を引いてどれほどの射速が出そうかを予想する。


「ちょっと張りが弱いが弦締め直せばなんとか使いもんにはなりそうだナァ。」


戦闘中投げ捨てていた剣の状態も見る。短剣は投げ捨てた時か射出された肋骨の矢玉で刃に欠けが見え、両刃剣の方は粘性体(スライム)にトドメを刺した時に付いたであろう粘ついた血糊がべったりこびりついていた。


血糊を余った皮で拭い取り、両刃剣の刃を見てみるが一片の欠けすら無く元の状態を保っていた。

短剣の方はどうだと刀身を叩いてみると欠けだけでは無く罅も入っていたのか中程辺りから折れてしまった。


「クソッタレ、拾って帰った意味ねェ…、両刃剣の方はなんであのハゲ隠しきのこが買えたのかわかんねェくらいの業物だな。」


折れた短剣に愚痴り、自身を盾にした小隊長の酷いあだ名を口にして両刃剣を見る。

ここ迄何十匹ものスケルトン達を切ってきたが刃こぼれ一つない刀身に少し感動すら覚えていた。


惜しむらくはもう少し重く、分厚い刀身で長さもあと二十七セルほどあれば自身にとっても最高の武器だっただろう。


「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」


そんなふうに作業を進めながら体を休めていと、絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。

一瞬で剣を手に取り警戒態勢に当たるが特に攻撃をされた様子は無い。


「死者が多すぎて嘆きの精霊(バンシー)でも居やがんのか……?」


嘆きの精霊(バンシー)とは長い黒髪に緑の服、灰色のローブを着た女の姿をした精霊だ。

その叫びを聞いたものは死ぬとされ恐れられている闇の精霊。

出来れば死んでいても出会いたく無い相手だ。ましてやガラドは魂をそのまま骨身に宿している。

叫びを聞いた瞬間冥府に戻されるてはたまったものではない。


天幕の中で気配を探るが近くには何の反応もない。

このままやり過ごすがと考えるガラドに次の悲鳴が届く。


「ビッキィ、マーロウ!障壁魔術を張れ!!ラントン!眼を覚せ!このままじゃ全員死んじまう!」


今度は少年の声、その声を聞いて驚いたようにガラドは両刃剣と矢筒の中から戦鎚をを手に取り天幕を飛び出す。


「何でこんなイカれた場所にガキが居やがる!?」


声のした方に走って向かえば、スケルトンや先ほどの粘性体(スライム)に比べても大きな気配とまだ感じたことの無い気配。

視界に入るのは見覚えのある重装騎士用の板金鎧と、成人にも満たない武器を持った四人の少年少女だ。


重装騎士の方は武器も持たずに彼等にゆっくりとにじり寄るが、時折足をとめ唸っている。

その様子に腰が抜けてしまったのか座り込んでいる癖の強い黒髪の少女と倒れた少年を引きずって運ぼうとしている少年、重装騎士に向け杖を構えて居るが膝が笑っている少女を見てガラドは一気に速度を上げる。


「ウォオラァァァァ!!!」


左手に構えた戦鎚を思いっきり振りかぶって重装騎士に叩き付ける。金属がぶつかる大きな音が鳴るが、騎士は僅か数歩後ずさっただけでその一撃を耐える。


「硬ってェな糞が!おいガキ共大丈夫か?!」


後ずさった騎士と少年達の間に割って入り、僅かに後ろを振り返り少年達に大声で安否を確認する。


「す…スケルトンが、しゃ喋ってる…?ぇ?助け?え?」


「今そんな事構ってる場合かクソガキがぁ!三人で倒れてるガキ連れてもっと下がれ!!」


状況を理解できていない指示を出していたであろう少年を怒鳴りつけ、この場から離れるように促す。

この重装騎士相手に彼等を守りながら戦うには骨身では荷が重い。

そんなやり取りをしてると騎士がまた唸るように声を上げ、兜の中の怪しい光を青紫と赤紫に揺らがせる。



「…グゥぅぅ!…ニゲ…てくれ…頼む!」


「ああもう!今日はなんだってんだ!何でオメェが死んでんだよラムゼイ!!」



見覚えのあった重装騎士でも特注の板金鎧、自身の体格に通常規格では着れないと言っていた戦友の声がくぐもって聞こえてくる。


マーグナジア帝国重装騎士団所属の騎士ラムゼイ。

戦争期間中、自身に迫る背丈に分厚い筋肉、騎士としての矜持を持ち合わせてガラドも帝国騎士の中では一目置いていた人物だ。

任務の休みが被れば二人で駐屯地で酒を酌み交わすほど気があった友だ。


「……ガラド…殿か…?!…頼む…私を…殺してくれぇ!!…未来…ある……グゥゥゥ……若…者の…命を奪いたくなど……ない!!」


激しく兜の中の光が青紫と赤紫交互に移り変わり、ラムゼイの苦悶に満ちた声が届く。


ガラドは高速で思考を回転させ、この状況を打破する方法を考える。

そして後ろにいた少年達の装備を思い出し咄嗟に振り返り声を張り上げる。


「魔力回復用の水薬(ポーション)持ってるだろ!!死んで俺等みてェになりたく無かったらさっさと寄越せ!!!あとさっさと下がれクソガキが!!邪魔になる!!」


未だ戸惑っていた指示を出していた少年と杖を構えた少女、その二人に視線をやったあと覚悟を決めたように癖毛の少女が懐から下げた鞄を漁り深い青色の液体が入った瓶をガラドに向けて投げる。



「お願いします!助けて!!」


「任せろ!!」



その声に応え、自身に飛んできた瓶を地面に落ちる前に器用に脚で引っ掛け頭上に飛ばす。

どうせこの骨の体では飲めはしない。回復用の水薬(ポーション)が身体にかけても傷を癒していたのを思い出し賭けに出る。

真上にきた水薬(ポーション)の瓶を剣で叩き割り、中身を頭から被る。


賭けには勝ったようだ。


その様子を唸りながら見ていたラムゼイの兜の中の光が完全に赤紫に変わる。

ガラドはその色を見たことがあった、生者を見つけた肉の削げ落ちたアンデットが見せる攻撃色。

理性を失ったラムゼイが吠える。


「オオオオオオォォォォォォ!!!」


「しっかりぶっ倒してやるから覚悟しろラムゼイ!」


腕に練魔を使用し一気に距離を詰めて先ずは戦鎚を振るう。狙うのは右の膝関節、先ずは脚を潰しにかかる。

狙い違わず振り抜かれた戦鎚が金属同士がぶつかる大きな音を響かせ火花を散らし膝関節の鎧を歪めその機能を失わせる。


体勢の崩れた大鎧の右手がガラドを掴もうとするが、振り抜いた姿勢のまま一回転し、剣を右腕の肘関節の隙間に向かって振り抜く。

右腕を切り飛ばし、そこから空の中身が見える。


「やっぱり彷徨う鎧(リビング・アーマー)か!」


ラムゼイの種族を見破り叫ぶ、だが体は動かし次の行動に移って居る。崩れた体勢の後ろに回り左の膝裏から戦鎚を叩き込み関節を破壊。衝撃で今まで無茶な使い方に耐えていた戦鎚の持ち手がへし折れる。


それを気にせずに折れた戦鎚の持ち手を投げ捨てて、余った左手は練魔で強化した脚で踏み付け、両手で握った剣で切り離す。


一瞬で脚を潰し、腕を切り離して見せたガラドの視界に青紫の光が灯った兜が見える。


「……流石ガラド殿だ…恩に着る…このまま…殺し…」

「スケルトンが聖水持ってる訳ねェだろ、聖水が無きゃ彷徨う鎧(リビング・アーマー)は浄化出来ねェよ。」


そう言う否や、全身を練魔で強化し、砕けた脚を掴み回転する。


「ガ…ガラド殿ぉぉ?!…一体…何を…!?」


「あとで話あっから投げた先で待っとけェェェ!!」


徐々に回る速度を上げてその速さが最大になった時、ガラドは手を離した。

戦闘を少し離れた場所で目を丸くして見ていた少年達は、十数トルは飛んでいく大鎧に今度は空いた口が塞がら無かった。


視界から消えた大鎧が地面に当たる音を聞き、少年達の意識がガラドに向く。


先程の動きと鎧を投げ飛ばすほどの力に息を飲み今度こそ死ぬかもしれないと思った少年達は気を失った少年を守るように固まって抱き合う。


「さて、次はテメェ等だクソガキ共。」


その言葉にビクリと体を震わせ、抱き合う力は強くなり目からは恐怖で涙が出る。

腕を振り上げたガラドに恐怖が限界に達して目瞑る三人。



その頭に皮紐で包まれた拳骨がぶつかり、三人は思ったよりも弱い痛みに叫ぶのだった。






長さの単位はミル・セル・トルの順で長くなっていきます。

本日はもう1話投稿予定です。

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