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第7話 浴室にて

【カルア視点】

 カルアが蒼馬に兄以上の感情を抱いたのは、とある夢がきっかけだった。

 それは真っ暗闇で魔獣に襲われるという夢。あまりにも生々しい夢に飛び起きた彼女はあまりにも怖さに泣き出してしまったほどだった。

 そんな彼女に気づいて慰めてくれたのは、隣の部屋にいた義兄。

 当時、まだカルアが有坂家に養女として引き取られて間もない頃で、互いに少し距離感があった。でも、蒼馬は怖がる義妹の傍にやってきて慰めてくれたのだ。

 それから怖い夢を見たときは、いつも蒼馬が傍にいてくれて。

 次第にその夢も変わっていった。襲われる夢から、蒼馬と共に魔獣を倒す夢に。

 それを翌朝に話したりすると、蒼馬は嬉しそうに笑ってくれるのだ。

 そんな笑顔と優しさに惹かれ――気づけば、兄に恋心を抱いていた。


 成長するたびにその恋心は大きくなるが、カルアは自制し続けていた。

 それは蒼馬がひとえに妹として可愛がってくれるから。

 家族として親しく、だけどそれだけに距離感がある接し方――カルアはそれが仕方ないと納得しながらも、内心ではもどかしさを感じ続けていた。

 ふとした瞬間に、カルアは蒼馬に目を惹かれてしまうのだ。


 楽しそうに笑った彼の笑顔に。

 風呂上がりに汗を拭う彼の仕草に。

 真剣な表情で問題集を解く彼の眼差しに。

 庭先で木刀を振る彼の姿に。


 何気ない姿を見ては身体の芯が火照り、喉が渇くような渇望に襲われる。あの手に触れられたら、あの目で見つめられたら、あの身体に抱かれたら――。

 そんな欲望を抱いては自己嫌悪に浸る。

 絶対にこの恋心は叶わない。心のどこかでそう決めつけて。

 それなのに期待してしまう自分の浅ましさを呪い続けていた。

 だというのに――。


(まさか、こんな日が来る、なんて――)

 気づかれないように、ごくり、と生唾を呑む。


 そこは風呂場。その中で蒼馬は服を脱ぎ、カルアに背を向けて椅子に腰を下ろしている。その姿は全裸――汗を拭くためとはいえ、無防備な背を晒している。

 目の前を見れば、見えるのは蒼馬の大きな背中だ。しっかりと鍛え上げられた筋肉――いつか触れたい、触れられたいと願っていた。

 それが今、堂々と触れることができる。

 いや、もう想いが通じた以上、気にする必要はない。それどころか思う存分――。


「カルア?」


 目の前から声が響き渡り、カルアは思わずぴくりと肩を跳ねさせた。


(いけません、今は兄さんの背中を流すことに集中しないと――)


 カルアは傍らに置いたペットボトルの水を持ち上げると、少量をタオルに含ませて濡れタオルを作る。それから背中にそっとそれを押し当てた。

 タオル越しに伝わってくる筋肉の弾力と、微かな彼の汗の匂い――。

 それだけでなんだか胸が高鳴ってしまいそうになる。


(平常心、平常心です――)


 自分で言い聞かせながら背中を擦ると、蒼馬が吐息をこぼす。風呂場であるせいで、その声がやたらと大きく響き、どきっとしてしまう。

 それをごまかすようにカルアは努めて平静な声で言う。


「――力加減は、大丈夫ですか? 兄さん」

「ああ、大丈夫。いい感じだ」

「分かりました。続けますね」

「ん、頼む」


 その声に頷き、カルアは背中を擦り続けながら軽口を叩く。無言のままだと、邪な考えに呑まれてしまいそうだったから。


「兄さん、この後の予定はどうしますか?」

「ん、そうだな。ひとまず一緒にご飯を食べてのんびりするか?」

「そうですね――兄さん、何を食べます? 保存食になると思いますけど」

「アルファ米だよな。んーっと……」


 蒼馬が考えるのを微笑ましく思いながら、カルアは予想してみる。


(兄さんの好みだから、えっと……)


 思い浮かべた瞬間、ふと脳裏に妙な光景が過ぎる。

 殺風景なアパートの一室。そこでコンビニのおにぎりとカップの汁物を食べる蒼馬の姿。スーツ姿の彼はどこか哀愁が漂い、一人ぼっちで――。


「――五目御飯と、豚汁」

 思わず小さくカルアが呟くと、ああ、と蒼馬は一つ頷いて笑った。

「それもいいな。嫌いじゃない」

「……じゃあ、そうしますね」


 カルアはぎこちなく作り笑いをこぼしながら、ひっそりと吐息をついた。今過ぎった光景があまりにもリアルで、少しだけまだ心が戸惑っている。

 一瞬だけ思い出した光景は、自分の物ではないはずなのに、自分の記憶のようで。

 その記憶の中の蒼馬はどこか寂しそうにしていた。

 同じ部屋にカルアもいるはずなのに、寒々しくて触れ合えなくて。

 思い出すだけで胸が辛くなってくる。


「――兄さん」

「ん?」


 何となく声を掛けながら手を伸ばし、首に手を回すようにして兄の身体を抱きしめる。全身で実感するのは兄の身体の逞しさと温かさ――。

 それを確かめるようにしながら、カルアは小さく言葉を続けた。


「私も一緒に食べますね。五目御飯と豚汁」

「ああ、もちろん――ところで、カルア」

「はい、なんですか?」


「……その体勢、誘っていると考えても?」

「……あ」


 その言葉に今の自分の体勢に気づく。兄の身体を抱きついている今の体勢は、背中に胸を強く押しつけているということで。

 気づけば、蒼馬の目が食い入るようにカルアの瞳を見つめている。

 その目つきは身体を重ね合った今だから分かる――情欲が満ちた視線を受け、ぞくぞくとカルアの身体にぞくぞくと甘い刺激が駆け抜ける。

 自然と二人の顔が近寄っていき、唇が触れ合う。

 二度、三度と軽い触れ合いが続くうちに物足りなくなり、どちらからともなく舌が絡み合う。その深いキスは何度も身体を重ね合ううちに身体が覚えてしまった。

 息を吸い込めば、彼の匂いが胸いっぱいに広がり、頭が痺れそうになる。


(ああ、兄さん、兄さん、兄さん――)


 思い出すのはこの五日間、何度も愛してもらった記憶だ。

 身体に染みついた感触が一気に蘇り、それを身体が期待するように火照り始める。刺激が物足りなくなり、カルアは背に胸を擦りつけながら兄に囁きかける。


「兄さん――いい、ですよね?」

「ああ、もちろん」


 そう言いながら彼はおいで、とばかりに振り返り、軽く腕を広げる。そこに広がるのは汗に濡れた逞しい胸板。それに飛び込み、カルアは夢中で唇を合わせる。

 浴室で水音が生々しく反響する。だけど、もう彼女にはそれには気にならない。

 強くなるため、絆を強めるためという大義名分の元で。

 兄が与えてくれる快楽に夢中で溺れ始めていた。


『〈カルア〉と〈有坂蒼馬〉の絆値が上昇しました』

『〈カルア〉と〈有坂蒼馬〉の絆値が上昇しました』

『〈カルア〉と〈有坂蒼馬〉の絆値が上昇しました』


『スキル〈魔力探知〉を獲得しました』

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