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第6話 ダンジョンで戦う

 蒼馬とカルアの家がダンジョンに呑まれてから五日が経った。

 ダンジョン内では魔獣を徘徊しているが、結界が機能している家は平穏そのもの。蒼馬とカルアはできるだけ二人で過ごす毎日を過ごしていた。

 だが、一方で救援が来る気配は一切ない――。

 そんな中、蒼馬は家を出てダンジョンの中へ足を踏み出していた。


「オオオオオオオオ!」

「――っ!」


 閃いた爪を前に、蒼馬は後ろに飛び退く。敵意が迸る爪撃は目の前を通過する。振り抜いた漆黒の狼は血走った眼で蒼馬を睨んでくる。

 それを蒼馬は冷静に見据えながら手にした短刀を構える。

 直後、再び魔獣が地を蹴って迫る。飛び掛かるたびに放たれる爪や牙。

 だが、蒼馬は落ち着いてそれを回避していた。


(大分、レベルが上がっているんだな。動きがかなり見切れる)

 蒼馬は息を吸い込み、魔力を身体の中に巡らせる。それを受けて筋肉は熱く滾り、感覚も鋭く研ぎ澄まされる。


 手にしたスキル〈魔力経路〉と〈身体活性〉による恩恵だ。

 〈魔力経路〉は身体中に魔力を巡らせることができ、〈身体活性〉はその魔力を糧に身体能力を向上させられる。それによって蒼馬は魔獣と互角に戦えるだけの実力を身につけている。今も魔獣の動きを見切り、攻撃を全て躱すことができる。


「グルルルル――!」


 敵対する魔獣――シャドウウルフは捉えられない苛立ちに唸り声をこぼしていた。

 とはいえ、それは蒼馬も同じ。攻撃は躱せても、動きが素早いので反撃が躱されてしまうのだ。蒼馬は息を整えながら汗を拭う。


(さて、隙をどうにか見いだせればいいが)


 じり、と蒼馬は一歩退いて距離を取り――瞬間、肌に刺す殺気。

 瞬時に蒼馬は地を蹴って横に跳ぶ。瞬間、真上から一匹の魔獣が降り注いだ。体勢を立て直しながら、彼は舌打ちをこぼす。


(奇襲か――)


 目の前に立つのは四つ足で這いつくばる、真っ赤なトカゲ型の魔獣だった。

 横に裂けた口からは不気味に細長い舌を突き出し、ぐねぐねと動かしている。レッドリザード――中型の魔獣だ。それを見据えていると、後ろで動く気配と唸り声。

 どうやら今まで相手をしていた狼の魔獣――シャドウウルフが後ろに回り込んだらしい。前門のトカゲ、後門の狼。挟み込まれてしまった。

 だが、蒼馬に動揺はない。冷静に感覚を研ぎ澄ませる。


(落ち着けば対応できる。むしろ、これは好機――)


 動きを見切れ。自分に言い聞かせながら呼吸を整える。

 殺気が前後から刺すように漂う。その中で蒼馬は低く腰を落とし――。

 瞬間、トカゲが口を大きく開いた。その口腔から放たれたのは先端が尖った舌。まるで弾丸のように舌先が蒼馬に迫り――。


(――その攻撃を、待っていた)


 蒼馬が不敵に笑みをこぼし、半身を逸らす。直後、空を切って真横に舌を駆けた。それを横目で見ながら、彼は腕を一閃させて短刀を跳ね上げた。

 白刃が舌を捉え、途中ですっぱりと舌が寸断される。


「ンゲェ――ッ!」

「グル――ッ!」


 レッドリザードが舌を斬られて悲鳴を上げる。

 同時に寸断された舌の先端は、今にも飛び掛かろうとしていたシャドウウルフに直撃。それに魔獣たちは動揺して隙が生まれる。


(――今だ)


 蒼馬は地を蹴って加速。正面のレッドリザードに肉迫すると、両腕に魔力を込め、両手で刃を振り下ろした。その一撃で地面を這いつくばるトカゲの背を刺し貫く。

 びくんと跳ねた身体はそれだけで動かなくなり、見開いた目から光が失われる。

 絶命を確認。蒼馬はすぐさま刃を引き抜きながら振り返る――そこにはすでに体勢を立て直したシャドウウルフが怒りを滾らせ、殺気と共に突進してきた。

 左右にジグザグに駆け、的を絞らせずに高速で向かってくる。

 普通の人間ならば、その動きに翻弄されてしまうだろうが――。


(――見切れる)


 魔力を供給された蒼馬の目は驚くべき動体視力で魔獣を捉えていた。その目が細められた瞬間、間近な距離でシャドウウルフの爪が振り上げられる。

 それを正確に見た瞬間、蒼馬は腕が一閃しながら身体を横に倒した。

 両者の影が交錯し、蒼馬の頬を何かが掠める。同時に手応えがあった。

 蒼馬は地面を一回転すると、膝をついて刃を構え直す。その視線の先で狼は崩れ落ちるように地面に落ちる。そのまま、動かなくなった狼の身体から血がこぼれだす。

 蒼馬が長く吐息をついて立ち上がり、辺りを窺う。


(――もう、大丈夫そうだな)


 視線を魔獣の死骸に向ける。それらは砂のように崩れ、ダンジョンの冷たい風に乗ってどこかへ消えていく。後に残されたのは小さな魔石だ。

 蒼馬はそれを拾い上げながら、自分の掌を見る。


(一応、戦えるみたいだが――まだまだ、だな)


 拳を握りしめた瞬間、ずん、と地鳴りが響き渡った。咄嗟に身を低くしながら物陰に移り、感覚を研ぎ澄ませる。何か大きな気配が近づきつつある。

 物陰から様子を窺うと、その方向から地鳴りと共に巨大な身体が姿を現した。

 ぎょろりと一つ目を光らせる不気味な二足歩行体――サイコロプスだ。

 サイコロプスは足を止め、ぐるりと見渡し始める。蒼馬は首を引っ込めると、身を固くしてその場で息を詰める――気配を殺していると、足音が遠ざかっていく。

 行ったようだ。それを確認してから、息を吐き出して蒼馬は立ち上がる。


(中型の魔獣は行ける――だが、あのレベルはまだ多分、無理だ)


 冷静に判断し、蒼馬は家に戻るべく慎重に動き出す。

 早くカルアの顔を見て安心したかった。


「おかえりなさいっ、兄さん!」

 玄関の扉を閉めると、居間から駆けてきたカルアの声が響き渡る。


 きっちりと鍵を閉めてから振り返ると、制服にエプロン姿の彼女が顔を見せてくれた。

 その表情は安堵が滲み出ていて、心配させていたことが伝わってくる。蒼馬は笑いかけながら一つ頷き、懐から二つの魔石を取り出した。


「ただいま――少し魔獣とやり合ってきたよ」

「……大丈夫でしたか、兄さん」

「ああ、中型の魔獣なら行けそうだ。ただ、大型を相手するのはまだ難しい――今はそれくらいの実力だと思うよ」


 蒼馬は自分の掌を見て手応えを確かめる。

 シナリオによれば、この家はダンジョンの深層に呑まれており、徘徊しているのはいずれも強敵ばかりだ。だが、その中でも比較的弱い魔獣はいる。

 シャドウウルフやレッドリザードはそのうちの一つにあたる。

 魔物の強さは攻略難易度という指標で表されるが、彼らはD級。

 彼らの動きは見切ることはできた。だが、その動きを上回ることはまだできていない。つまり、それだけの敏捷性や膂力を手にできていないということだろう。

 こんな状態ではサイコロプス――B級の敵を討ち倒すことなどできない。


「まだまだだな。俺も」

「でもすごいですよ、兄さん。D級の魔獣をいきなり倒せるだけの力があるなんて。普通なら一端の探索者として働けるレベルだと思います」


 カルアは小さく笑いかけ、励ますように蒼馬の掌を両手で包み込んでくれる。冷えた手先にカルアの温もりが染みるのを感じ、思わず表情が緩む。


「ああ、ありがとう。カルア」

「どういたしまして――あと実力が足りないのなら……もちろん、私も協力、しますから……その役得、ですし」


 もじもじしながら告げるカルアは視線を伏せながら、顔を真っ赤にしていて――。


(可愛すぎだろ、俺の義妹――)


 触れたい。抱きしめたい。その爆ぜそうになる感情を押さえる。何せ、体中が汗でべたべたなのだ。魔物の体液や血は絶命と共に消え去ったが、それでも何となく不快感がある。

 その身体を意識して、ああ、と一つ思いついて頷く。


「じゃあカルア、お願いがあるんだけど――」

 それに視線を上げたカルアに、蒼馬は微かに期待を寄せながら告げる。


「身体を拭く手伝いをしてくれないかな」

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