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第4話 ダンジョン化

「――ん……」


 その震動に蒼馬が気づいたのは、ベッドの上で微睡んでいるときだった。

 腕の中にはうとうととしているカルア。その身を覆うのはシーツだけで、白い肌の上を長い金髪が流れる。その背に手を回し、柔らかい身体を抱きしめ直す。

 この数時間で何度も愛したその身体を労わるように背を撫でる。


「……ん、ぁ、にい、さん……?」

「ん。身体は大丈夫か? カルア」

「は、ぃ……まだじんじん、しますけど」


 そう言う彼女はどこか満足げにへにゃりと微笑んでみせる。それからもぞもぞと蒼馬の腕の中で身動きし、胸に頬ずりし――ふと眉を寄せる。


「あれ。もしかして……地震、ですか?」

「いや、違う」


 ちら、と視線を時計に向ける。その時計が示しているのは夕方――。

 つまりは、時が来たのだろう。


「予感が外れてくれれば良かったが――そうもいかなかったみたいだ」


 蒼馬が呟くと、腕の中でカルアが表情を強張らせる。まさか、と小さく口を動かした瞬間、徐々にその震動が大きく鳴り、どこからか地鳴りが響き渡り始める。

 この世の終わりのような轟きにカルアが息を呑み、しがみついてくる。

 その身体を抱き締め、頭を庇うようにしながら蒼馬は耳元で囁いた。


「大丈夫だ。カルア――俺が、ここにいる」

「……兄さん……っ」


 カルアが縋りつくように抱きついてくる。蒼馬も腕に力を込めた瞬間。


 一際大きな衝撃が地面の底から突き上げた。


 揺さぶられるような地揺れが、遠のいていく。その感覚に顔を顰めながら、蒼馬は顔を上げた。あまりにも激しい揺れだったために、まだ揺れているように感じる。


(――どれくらい揺れていたかな……)


 少なくとも五分以上は揺られていた。今までに体験したことのない揺れ方だった。

 身震いしていたカルアも顔を上げ、おずおずと辺りを見渡す。


「……収まり、ましたか……?」

「そうみたいだな。とりあえずは」


 そう言いながら蒼馬はそっと身体を離して辺りを見る。部屋の中は闇に包まれて真っ暗だ。ベッドの下から懐中電灯を取り出し、明かりをつける。

 激しい揺れで棚にあった本や置物は地面に落ちて散乱し、椅子も倒れている。

 それから蒼馬は懐中電灯を窓に向け、カーテンをそっと開く。

 外の光景は、一変していた。濃い闇に包まれ、外を見通すことはできない。だが、何かが動き回っているような不気味な音が響き渡っている。

 その光景にカルアも気づき、息を呑んでいる。


「まさか、本当に――」

「ああ」


 カーテンをきっちりと閉じてから蒼馬は嘆息する。

(ゲームのシナリオ通りに、進み始めたな)


「――この家はダンジョンに呑まれたみたいだ」


 家の中を見て回ると、物が散乱していた。

 激しい地震であり、棚からは物が飛び出して床に落ち、一部の家具は倒れている。だが、構造上は問題なさそうだった、少なくとも窓ガラスは割れていない。

 電気、ガス、水道は止まっているが、あれだけの地震にも関わらず、家自体は無傷――。

 その恩恵をもたらしてくれたのは、家を守る結界だった。


(両親には感謝しないとな)


 家の地下室。床がぼんやりと光を放っているのを見つめながら、蒼馬は膝をついた。その光が描いているのは魔法陣――両親が遺してくれた結界術だ。

 蒼馬とカルアの両親は有力な探索者として名を馳せていた。

 様々な資源を持ち帰り、時にはダンジョンを踏破し続けていた。だが、その一方で狙われることも多く、その子である蒼馬も危うく被害に巻き込まれそうになることもあった。


 中でも一番脅威だったのは、某国からの工作員と思われる襲撃。

 両親を引き抜こうと考えた某国が唯一の子である蒼馬を人質にしようとして、家を襲撃したことがあった。そのときは偶然、両親の友人に蒼馬が預けられていたため、被害はなかったものの、似たような襲撃はたびたびあった。

 だからこそ、拠点である我が家は厳重な警備体制が敷かれている。この魔法陣だけでなく、警備会社に契約しているほどだ。


(無論、警備会社は来られないだろうけど)


 ただ、結界術は効力を発揮している。今、周囲には結界が張り巡らせており、ダンジョン内を徘徊している魔獣は足を踏み入れることはできないだろう。

 一つ頷いてから振り返り、地下室の扉に蒼馬は足を向ける。

 外に出て階段を上がると、そこでは不安そうに眉を寄せたカルアが待っていた。


「あ――兄さん。結界の様子はどうでしたか?」

「問題ないみたいだ。父さんたちが生きていた頃と変わりはない――けど」


 ちら、と蒼馬は階段を振り返りながら続ける。


「やっぱり魔力が持つのは三十日が限界っぽいな。俺たちの魔力を継ぎ足せば少しは長引かせられるが、それでも四十日か」


 その言葉にカルアは表情を曇らせ、視線を外の方に向ける。


「外を見てみたけど、辺りは魔獣が行き交っているみたい。それもオーガやシャドウナイトとか、かなり手強そうなのがいっぱいです。結界で守り切れるでしょうか」

「それに関しては心配いらないよ。確かめてみたが、なかなかなものだった」


 シナリオの知識だけでは不安だったので、入念に魔法陣を調べたが、さすが両親が構築した術式だと感心させられたものだ。防壁だけでなく、認識を歪める術式なども絡めてあり、効率よく防げるように結界を発生させているのだ。


「これなら下手に外に出るよりも、家にいる方が安全だよ」

「そっか、良かったです。さすが兄さん、魔法陣も読み解けるんですね」

「当たり前だよ。学院で学んでいたから――」


 そこまで言いかけて、ふと気づく――自分が自然に魔法陣を読み解けることに。


(――待てよ、考えてみると……)


 このゲームで遊んだ記憶がメインだが、魔法陣や魔獣の知識も頭の中にもある。まるで、学院で学んだことをしっかり記憶しているように――。


(二つの記憶が、混在している……?)


 そのことにわずかに混乱しかけるが、不安そうに見つめるカルアに気づいて表情を取り繕った。笑いながらカルアの頭に手を置き、言葉を掛ける。


「いずれにせよ、ここにいれば問題ない。俺も傍にいるし」

「……はい、そうですよね。兄さんがいてくれる――」


 カルアは少しだけ安堵の吐息をこぼし、そっと蒼馬の身体に寄り添って甘えるように胸板に手を置く。彼はその身体をそっと抱きしめながら思考を切り替える。


(俺が何者なのか、それはもはやどうでもいい――大事なのは、カルアを守ることだ)


 それはどちらにあっても変わりがない。決意を新たにしながら蒼馬はカルアの背を軽く叩いて身を離し、彼女の目を見つめる。


「カルア、今後のことを話し合おう」

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