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第3話 絆結び

 二人の気持ちの高ぶりが落ち着いたのはしばらくしてからだった。

 蒼馬とカルアはリビングに戻り、ソファーに並んで腰を下ろして一息つく。それからカルアは自分の額に掌を当て、横目でちらりと蒼馬を見る。


「――兄さん……信じられないかもしれませんが」

 一息つき、彼女は自分の掌に視線を向ける。


「兄さんとキスしたら、スキルが手に入ったんですけど」


 窺うような視線を見つめ返し、蒼馬はゆっくりと頷いた。


「奇遇だな。カルア。俺も同じく、だ」


 二人でキスを重ね合わせている瞬間、突然、頭の中で声が響き渡ったのである。

 恐らくその声がしたのは同時だったのだろう。カルアはそのとき、目を丸くして辺りを見渡していたから、彼女もそうではないかと思ったが。

 カルアは安堵と嬉しさが入り交じった笑みを滲ませ、声を弾ませる。


「兄さんもですか……!」

「ああ、驚いたが――」


(けど、考えてみれば納得する部分もあるな)

 蒼馬は嬉しそうに肩に頭を擦り寄せてくるカルアを見つめながら思う。


 ゲーム上のシステムでスキルを得るには、二つの手段がある。

 一つは順調にダンジョンで敵を倒し、経験値を得ること。だが、ダンジョンの敵は基本的に強い上に、潜れば潜るほど手強くなる。弱点や装備の相性を考えなければ攻略は難しい。初見プレイのときはかなり試行錯誤したものだった。

 だからこそ、もう一つの手段が重要になる――それはヒロインとの絆を紡ぐこと。

 これは初期に手にできるスキル〈絆を力に〉の恩恵である。攻略ヒロインと絆値を高めることで互いの身体能力を強化し、さらには新たなスキルを手にできる。

 そして――カルアもまた、攻略ヒロインの一人なのである。

 付け加えると、最終盤で仲間になるはずだったヒロインでもある――。


(だとすると、もしかしたら――と思い至る部分はあるけど)

 ひとまず、カルアに解説する方が先だろう。そう判断して蒼馬はカルアを見つめる。


「多分、俺が手に入れたスキルの恩恵だと思う」


 彼は〈絆を力に〉のスキルについて軽く説明を加える。カルアは真面目な顔で聞き、なるほど、と一つ頷いて頬を微かに染める。


「その、私たちが気持ちを通わせたから……潜在的に取得していたスキルが効果を発揮して、私たちに恩恵をもたらした、ということでしょうか」

「その解釈で間違いないよ。カルア」

「……それってつまり……」


 彼女の視線が泳いでいる。恐らく、彼女の思考がある結論に辿り着いたのだろう。

 促すように目を細めると、彼女はますます顔を朱に染めながら小さな声で続ける。


「――私たちがさらに仲良くなれば、さらに強くなる……という、ことですよね?」

「ああ、そういうことになるかな」


 首肯しながら蒼馬は手を伸ばして彼女の頬に手を添えると、彼女は目をぱちくりさせてあわあわと狼狽える。その様子に思わず笑みがこぼしながら手を下げる。


「まぁ、お楽しみは後に取っておこう。それよりカルア、聞きたいんだが」

「は、はい、何でしょうか、兄さん」

「カルアの手に入れたスキルって、何だ?」


 正直、推測はついている。何せ、何度も攻略したキャラなのだから。


(だけど、もしこの推測が当たっていたら、もしかすると――)


 込み上げる興奮を押し殺しながら、カルアの答えを待つ。答えるのが恥ずかしいのか、カルアは視線を泳がせていたが、やがておずおずと口に出してくれる。


「あの――〈共鳴する愛〉っていうスキルで、効果が……」

「愛し合うたびに、その二人の愛が共鳴して深まっていく、とか?」


 蒼馬が答えを引き継ぐと、カルアの顔がこの上なく真っ赤に染まり、やがてほんの小さくこくんと頷いた。その答えに、やっぱり、と内心で快哉をこぼす。


(ゲーム通り、最強になり得るスキルだ――!)


 スキル〈共鳴する愛〉は、二人の関係性を急激に深められる。

 つまり、絆値を急速に上げることができるのだ。これが蒼馬のスキル〈絆を力に〉と組み合わせるとどうなるか。

 蒼馬とカルアがイチャラブするだけで、レベルアップできるようになってしまうのだ。

 序盤でこんなスキルが手に入ったら、ゲームバランスが著しく狂ってしまう。だからこそ、ダンジョンに囚われ、終盤になるまでは仲間にならないカルアの固有スキルなのだが。


(それを今、解放してしまった――できて、しまった)


 ゲームとしては、とんだシナリオ崩壊だろう。

 だけど、そのおかげで光明が見えた――。

 カルアを一人にせず、二人で生き延びる手段が。


「――カルア、もう一度聞いて欲しい」


 蒼馬は軽く咳払いをして仕切り直す。彼女はまだ顔を赤くしていたが、背筋を伸ばし、しっかりとした眼差しで頷いた。


「はい、兄さん。聞かせて下さい」

「ああ――さっきも言ったけど、今日中にここら一帯はダンジョンに呑まれる。根拠は言えないけど、それを知ってしまったんだ。だから――」


 そこで一息つき、蒼馬はカルアにはっきりと告げた。


「俺は今日、研修に行かない。ここでカルアと共にいる」


「……でも、兄さん……いいんですか? 研修を蹴っても……」


 カルアは気遣うような眼差しで言い、ちら、と視線を時計に向ける。

 視線を追いかければ、いつも家を出る時刻から十分が過ぎていた――今から急いでいけば、研修に行くバスには間に合うだろう。

 そして、この研修はダンジョンの探索者免許を得るには必ず受講しなければならない。

 つまり、この機会を逃せば、免許を取るのが大幅に遅れることになるのだ。


「蒼馬兄さんのスキル――〈絆を力に〉は恐らく強力なスキルです。いろんな人と絆を深めることができれば、それでいろいろな力を手にできるでしょう。それなら研修に行って、いろんな人と親交を深めた方が、将来的に有利になりますよ」


 カルアは聡明だ。スキルの説明を軽く聞いただけで、有用な使い道を見出している。その指摘に蒼馬は、確かに、と認めつつもすぐに言葉を返す。


「でも、その道を取ればきっとカルアとは離れ離れになる――大好きな人と」


 その言葉にカルアは瞳を揺らす。その目を真っ直ぐに見つめ、蒼馬は続ける。


「それなら今日は一緒にいる。もしこの予感が外れるのなら、それはそれで構わない。半年後にまた再挑戦すればいい。そのときはきっと、もっと強くなっているから」

「兄、さん……」


 カルアは上擦った声をこぼし、迷うように手を持ち上げる。蒼馬はその手を取り、掌を合わせる――彼女は少しの逡巡の後に、その手を握る。

 指を絡み合わせるように正面から、ぎゅっと。

 それから小さな吐息と共に彼女は瞳を潤ませながら囁いた。


「好きです、兄さん――それに、嬉しいです。私の傍にいてくれることが」

「当たり前だ。何があっても離さない。俺も、好きだから」


 その言葉と共に二人の距離は再び縮まっていく。

 カルアは蒼馬の膝に手を載せてそっと身体を預け。

 蒼馬はその小さく華奢な身体に腕を回して抱きしめ。

 唇が重なり合い、やがて深く繋がりを求め始める――。


『〈有坂蒼馬〉と〈カルア〉の絆値が上昇しました』

『〈有坂蒼馬〉と〈カルア〉の絆値が上昇しました』

『〈有坂蒼馬〉と〈カルア〉の絆値が上昇しました』

『〈有坂蒼馬〉と〈カルア〉の絆値が上昇しました』

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