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AVOCADO  作者: 路輪一人
Current time 5:32
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Kislorod 3 Current time 5:32

挿絵(By みてみん)


「近い、わね」


 衝撃に喉を震わせた彼女が呟いた。逆袈裟から異形の腕を切り裂いた多治比が、集中を解かず彼女に問う。


「何」


「焦ってんのね。食べたくても食べられない。殺したくても殺せない。証拠にツォロムの見た目が変わってないでしょ?」


 気がついた。確かに襲ってくる異形は今までのように大神や家族の姿をとっていない。口の端を僅かに引いて、多治比は腹で唸った。全く現金な事ではあるが、自分達と異なる形をした何かを斬るに心理的抵抗はない。泣く幼子の姿をとった鬼は切れねども、泣く鬼であらば容赦はしない。はは、と笑ったついでに飛び込んできた一体を袈裟懸けに切り捨てる。人の性という醜いものが自分にもある、それを笑う。笑わねば切り捨てられぬし、生きてもいけぬ。


 闇の奥の一体をリロードしたスリーピングビューティーで射殺したローズがスカートを翻しながら多治比に笑いかけた。


「幸い餌はそこにあるし、賭けに出てみてもいいかもね」


 餌、という文言に何かが引っかかった多治比だったが一先ずは無視をした。藤色のスカートから薔薇の薫りを漂わせたローズが、指を鳴らす。ピノッキオが彼女の側にドロシーを生成し始めた。多治比に襲いかかった一体をまた切り伏せ蹴倒しながら、横目でちらとその様子を伺う。伺いながら彼女の質問をする。


「ドロシーってさあ、さっき教室に残してただろ。あれ、どうなんの?」


 今度は左の二体を射殺し、右に流れてきた一体をヘッドショットで倒したローズがジャムを気にしながら事もなげに答えた。


「二時間で砂になるわ。再構成は無理ね、情報の繋がりを切っちゃってるから」


 情報?繋がり?聞きたい事だらけだ。ものの数分でトランジスタラジオはそこに形成され、お馴染みの音声が周囲に響く。『ナノテクノロジー3Dプリンター、ドロシー。起動します』ドロシーの機械的な自己紹介は、銃声と剣戟に阻害された。銃撃の合間にローズの軽やかな体がドロシーの前に立つ。腹の奥から声を出して、多治比に大声で呼びかける。


「時間を稼いで!今からリトルマッチガールを生成するから!」


 腰を低く、女を背にした多治比が刀を右下に流したまま周囲を探った。気は背にある。女の動きを気配で追いつつ、眼前に迫る敵を捌く。ジっとドロシーの起動音が走り、女の銃口が左に流れた。気配を察して、多治比の視線は右に寄る。再度、バケモノの首を切り落としながらも、多治比は次を考えた。恐らく今度はドロシーから機器を取り出す隙が必要になる。肩口に浮かぶピノッキオに大体の攻撃は防がれているけれども、如何せん多勢に無勢である。女から距離を置かぬ様、努めて多治比の足は地に着いた。予想の通り、女は掃射にて何匹かを薙ぎ払った後、再度ドロシーに近づいて箱から何かを取り出している。多治比にはそれが何をする機器なのかはわからない。が、心底女を信用してしまっている彼は、それがおそらくはこの状況を打破する物であろうと錯覚した。その錯覚した足元に円盤の様な機械が投げ捨てられる。見るからに。


「地雷じゃねえか!」


 思わずそこを飛び退きかけた多治比を押さえつけたのがローズの牽制、大声での「動くな!」である。たた、たたた、と快くセミオートライフルを震動させながら彼女の解説が続く。


「対人モードじゃないの!今はプロジェクターモード!あんたを喰らいにそろそろ本体が動き出す頃合いよ、プロジェクターに映ればそれが証拠になる!」


 果たして彼女の言葉の通り、地雷に酷似した足元の円盤は投げ捨てられた衝撃で暫く円周に回転をしていたが、突然シュッと空気を吐き出して校舎の板間に吸い付いた。そこからお決まりの機械的自己紹介が発声される。


『マイン式霊的感知センサー、リトル・マッチ・ガール、プロジェクターモードにて起動します』


 内部にあるだろうモーターが回転し始めた音がして、円盤の上部に取り付けられている小さな突起が発光した。緑色に輝き始めた円盤を跨いでいた多治比の、足元から股座、腋の下や顎の下を緑色の光が照らし出す。小さなドット模様の浮かぶそれが、多治比の白い胴着に反射して彼の上着をサイケデリックな柄物に変える。


「お、俺どうすりゃいいの?!大丈夫?!この光、俺、溶けたりしない?!」


「反応があればすぐにピノッキオで回収するわ!その光の中にいなさい!」


 光源を跨いだまま突っ立った多治比の前を、ローズの藤色のスカートが右に左に舞っている。ある程度のツォロムは片付けた。だが奴らは無限、暗闇の中から次々に生まれ襲ってくる。多治比は矢張り気が気でない。女性に守られている、という経験がないではないが実に少ない。何かをやらねば、と浮き足立ってしまう足を見やれば、股下を緑に照らす地雷型の円盤がある。もし、この円盤が爆発したなら正に男の一大事であるなあ、と尻の穴に気合いを入れた時、自身の白い胴着の裾に見慣れない物が引っ付いていることに気がついた。なんだ?と腕を見る。よくよく見る。緑の光に照らされた胴着の中に、大きな目が映り込んでいる。

 多治比はそれを最初、円盤が照らした映像だろうと思い込んだ。そうして円盤の光源を覗き込んだ。光の届いているだろう、床も確認した。だがそこには目の模様がない。もう一度腕を確認した。緑色のドットで彩られていた多治比の胴着に無数の目が浮かんでいる。それが突然一斉に瞬きをした。


 すんでの所で悲鳴は抑えた。そして藤色のスカートを着た勇ましい女性戦士に呼びかける。


「ッ……!目!目が!」


 同時に足元の円盤から音声が発された。


『プロジェクター反応あり。自動的に受容体(レセプター)へ転送します』


 振り向いた彼女が輝く笑顔を多治比に向ける。


「やった!これで三つ!紫外線反応、自動書記、プロジェクター反応、これで」


 発しかけた彼女の言葉を遮ったのは、暗闇からの足音。それは今までのツォロムとは違い、確かな人間の足音と息遣い、質量を持っていた。暗闇の奥から板間を鳴らしながら多治比に駆け寄ったのは。


「多治比ィ!」


 ピノッキオの光源が、その美少年を映し出した。彼の肩口にも同じ銀色の球体が浮かんでいる。闇の中から息せき切って飛び出したのは大神恵一、彼の姿を見つけた多治比は目を見開いて破顔した。


「大神!お前無事だったか!」


 多治比もまた、駆け寄る大神の歩幅に負けず彼の肩を手で掴む。息を整える大神を案じ、多治比もまた、良かった、と嘆息しようとした時だ。


 何者かから、多治比は強く背を押された。背後にいる女だとわかったから、首を捻りながら彼女の動きを確認する。強く押されてしまったから、多治比の肉体は大神ごと板間に倒れてしまったが、その倒れる合間に多治比は見た。


 自分がつい先ほどまで突っ立っていた円盤の上には映像があった。その時の自分を映し込んだものだろう、自分の腕を見ながら息を呑んだ滑稽な自分の姿が中空に投影されている。それがブレ、二重三重になり、腕に映った目が何度も瞬いて、映像の自分の姿が右に左に揺れ始め、線をもった色になり、その全てに無数の目がこびりつきはじめ、映像が融解し、やがてーーー。


「逃げて!」


 と鋭い女の声が耳を刺した。だから、全身の筋肉を使って彼女に手を伸ばした。だが既に彼女の肉体は線を持った色、融解した映像に浸された様緊縛されている。立った片膝の腿の筋が引き攣った。このまま抜刀すれば、彼女ごと斬ってしまう。銃器を掴んだままの彼女の首が上に伸び上がった。うっと言う小さな彼女の呻きが聞こえた。自分の所為だ、と多治比は奥歯を噛み締める。自分が気を抜かなければ!

 女の首は伸び上がり、喉の左右が見えない爪の様なものでゆっくりと押されている。じわりと彼女の皮膚が割れ、血の筋が白い首に流れ始める。やめろ、と震える声で多治比は言った。


「やめろ!狙いは俺だろうが!」


 苦し紛れに叫んだ多治比の背中で音が鳴る。シバルバーの闇の中から現れたのは、真っ黒いスーツを着た長身の男だ。闇の中でも輝きを失わない銀髪と、口元を彩るタバコの煙を漂わせながら彼はゆっくりと歩いてくる。


 手の中には奇妙な形の銃が、握られていた。

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