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AVOCADO  作者: 路輪一人
goodbye~ローズ・パーカー過去編~
36/42

Good bye 7

挿絵(By みてみん)


 それで私の生活のルーティンが決定した。


 朝起きる。前の家に居た時は朝5時にはもう起きてた。じゃないと殴られるし怒鳴られる。でもこの家の起床時間は7時。ゆっくり寝て、起きて髪を解かす。夜の間、室内にあるボウルに貯めた水で顔を洗って歯磨きをする。それから仕事用の服を着て、水汲みの為の桶を二つ抱える。玄関を出て、切り株がなだらかに並ぶ坂を降りる。坂の途中にステップがあるからそこで一旦休憩、坂を下り終えた先が水を汲む場所。水を汲みながら滝の音の方向を見るけど、真っ黒で折り重なった木々の葉が滝壺を隠すから、ここからじゃ音しか聞こえない。家を正面に見て右奥の藪の中から、流れてくる水の音を音楽にして水を掬う。右手にずしんと重量がかかる。桶を持って家を背に正面を見たら、川の上流によくある光景、何処からか転がり落ちた岩が奇跡的に折り重なって石橋を作っている。きっとトニーはあの隙間に潜んでいる魚を釣っているんだわ。そう考えながら両腕にかかる重量を感じる。行きより重くなった足を前に出して、切り株が並ぶなだらかな坂をゆっくりと登る。ステップで一旦休憩しつつ、家の外に設置された給水タンクがとりあえずいっぱいになるまで往復する。

 これだけで大体一時間を使ってしまう。でも焦らない。三人の男性達はみんなそれぞれに忙しく働いている。お金持ちは不思議ね、食事がなけりゃ自分で用意するの。家に居た時は食事が用意されてないっていつまでも小言を言われたのに。一度バロンに作ってもらったパスタがとんでもなく美味しくて、私は誰に教えてもらったの、って聞きながら彼の女性遍歴を探ってやろうと考えた。でも彼は、まかないだ、と答えて笑ったし、トニーとアレックスが私の知らないお店と人の話をし始めたから黙ってそれを聞いてた。少しだけつまらなかった。


 そんな風だから私は朝食は用意したりしなかったりする。しなくても怒られないし、彼らは夕食の残り物でも文句を言わなかったし、既に家に居なかったりもする。特にアレックスは私が寝ている間に外出している事が多かった。朝早くから外出して、夕方近くになって帰ってくる。だから昼食は必然的に3人分になった。あったりなかったりする朝食を出したら次は掃除。これが一番の労働だった。アレックスの本は雪崩れているし、バロンの足元には削られた鉄が散らばってる。トニーの部屋は奥さんと子供の写真、それからトレーニングの機器でいっぱいだ。彼らの部屋を掃除して、衣類を洗濯する。トイレと食堂とキッチンを掃除し終えたら、昼食の準備。大体この頃にバロンが起きて定位置に座る。モーター音が鳴り始めるから、起きた事がすぐわかる。金属を削ったり叩いたり、それから食堂にある黒板に何かの文字を書き始める。彼の行動はずっとそれの繰り返し。時々玄関を開けて、外に向けて銃を撃ってる。不発なのか音がしない。そしてまた定位置に座って、金属や計算式やらと睨めっこしながら正午を迎える。外で農業をしてるトニーが帰ってきて、薪を積み上げる。トニーの趣味はトレーニング、盛り上がった胸板がとてもセクシー、奥様はきっと貴方の胸板にヤられちゃったのね、そういうと彼は照れてはにかみながら笑う。バロンは昼食時も片手で食事をとりながら、金属片を傾けたり、ガラス編を削ったりしている。だから必然的にトニーと話す事が多くなった。


 午後からは二時間かけて町まで買い出し。ついでにゴミ出しをする。先ずこの山を降りるのに時間がかかる。最寄りの商店は小さいけれど調味料と作物の品揃えはいい。舗装されている道まで出ればあとは乗り合いの馬車が定期的に運行しているからそれに乗り込んだ。その隣を滑って追い越していく自動車を眺める。山一つ隔てた向こうで、私はこの街みたいな秩序だった暮らしをしていなかった。ベントンが言ってた、『たった一日で世界は変わる』を私は信じてなかったけど、今ならそれを信じられる。私が証人だ。


 街に出るのは、大体三日に一回ぐらい。買い出しと、街の銀行に彼ら宛のいろいろな物が届いているからそれを受け取りにいく。特に重いのがバロンが注文するであろう、鉄の資材。ガラスの瓶と、多分今彼が作成しているであろう何かの部品。トニー宛には奥様とお子さんからの手紙。アレックスには資料。それらをカートに積み込んで、また二時間かけて家へ戻る。家に着いたら、アレックスが帰っている時もあるし、帰ってない時もある。ただ、バロンとトニーが二人で運動をしている時間だ。バロン曰く、頭を動かす一番手っ取り早い方法は体を動かす事なんだそうだ。玄関とは名ばかりの多目的スペースで、彼らは汗をかいている。そこに疲れ果てた私が帰ってくる。トニーは奥さんの手紙を読んで悲しそうに微笑んで(彼の部屋には何通も奥様からの手紙がまとめてしまってある)バロンは部品を見て嬉しそうに笑う。彼らの協力のもと、氷納庫に食物を納めて、夕飯の支度をしながら給湯器に水を供給する。遅い頃には、日が沈んで辺りが暗くなり始めて、やっとアレックスが帰ってくる。そこから夕食。トニーが肉を食べられないから、必然的にディナーは魚中心。今日はお魚とアボカドのサラダ、そこにコーンスープとラディシ。ピッチャーで作ったのはハーブを混ぜ込んだレモン水。ホテルで飲んだこれが美味しかったから、マダム達からレシピを聞いた。彼らにも好評だった。


「美味いな、これ」


 バロンは美味しそうに食事をする天才だ。彼の食べるものはなんでも美味しそうに見える。


「ソースか?魚と絡んでいい味になってる。レモン水とも合うな」


 アレックスは批評家だわ。


「美味しいよ、いつもありがとう、ローズ」


 そしてトニーは完璧な家庭人。奥様もきっと寂しいでしょう。こんな素敵な夫、出会える事が奇跡だろうから。


 食事の席でいろいろな話をする。食後は、各人の情報共有が行われる。黒板に次々と資料が添付されるけど、字が読めない私はそれを眺めるだけだ。アレックスがグリムリーパーの話をする。特に数が少ないモンスターである事、目撃例が少ないが存在は確認されている事。明らかにリッチ、レイスとは生態が違う事、マナの性質も違う事。そこまで言ってアレックスは私の方をチラリと見た。それでも彼はそれを口にしなかった。あの資料を読んだ彼なら何かを掴んでいるだろうと思う。それを口にしないのは、優しさなんだろうか。それとも作戦の一つなんだろうか。


 やっと夜が更けて、トニーは早々に部屋に戻る。アレックスも早朝から動いていたから自室に入った。私の手の中には童話集がある。アレックスから渡された。食堂はバロンの領域、彼はレンズを覗き込みながら何かを作成する為に試行錯誤を繰り返している。食堂のいつもの席に私は腰掛けて彼に言った。


「じゃ、私は何をすればいいの?先生」


 ドリームキャッチャーから降り注ぐオレンジの柔らかい光が、きょとんとこちらを見るバロンの白い髪に色をつけてた。鼻メガネがチャーミングね、表情を見て私は吹き出したあと、彼に笑いながら抗議した。


「アレックスから言われたでしょ?文字を教えて。私も黒板の文字が読みたい」


 真顔で頭をかいた彼は、天井を見て肩を竦めて手を広げた。彼の胸の下にあるノートに、難しそうな計算式が沢山書いてあって、私はそれを綺麗な絵のようだと思った。あんな絵を私も絵を描けるようになりたい。


「……まぁ、丁度いい。煮詰まってる。先ずはこれだ、アルファベット。これが全部の基礎、世界の成分だ」


 私の目の前に、文字が並べられた表が出された。席を立ったバロンが、私の背中から指を指しながら一つ一つ、読み方を教えてくれる。A。これがB。それを一周したら、今度はバロンの寝床の大きなソファに並んで座る。彼の低い声が響いてくる。


「読み方は教える。文字を追えよ?」


 彼の大きな手の中の小さな絵本から意識を逸らさないようにしたわ。そうしたら彼、こんな風に読み始めた。


「ヘンゼルとグレーテル。昔、とんでもなく性悪のイかれた兄弟が居た。兄がヘンゼル。妹がグレーテル。この悪ガキ共は、村でも名うての性悪で……」


 なんとなくだけど、嘘だと分かった。それを見抜くのも多分、学習だわ。それに、彼の話はなんだかとっても面白い。


「親は困り果てて兄弟を山に捨てたけど、山で暮らしてた可哀想な婆さんを殴り殺して大金をせしめて大金持ちになりました。おしまい」



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