【短編版】今世の魔王(The World 第2章:旧題 リケダン・リケジョの平和な日常:平穏無事な生活を送りたいのに微妙なチートを手にした俺は、このまま世間の荒波を渡っていけるのか?)
この作品は連載版「The World (旧題=リケダン・リケジョの平和な日常:平穏無事な生活を送りたいのに微妙なチートを手にした俺は、このまま世間の荒波を渡っていけるのか?)」の第2章の短編版となります。よろしくお願いします。
その日は少し蒸し暑いなと思った以外は、特に昨日と違いのない、いや昨日だけじゃなくて普段の日常と変わりのない、なんていうことのない一日だった。
ただ、夜になってやけに蒸し暑さが気になって、これは寝苦しそうだなと少しだけ憂鬱になりながら布団に潜り込んだ。うーん、正確にいえば、寝冷えしないように布団をお腹にだけかけて、できるだけ手足を出して、少しでも涼しく寝付けるようにと、少ない工夫を凝らして眠りについたんだ。
どれくらい眠ったのか。。。俺は辺りが明るくなったのを感じて、すごく自然に、だけどまだまだ眠りが足りないことを本能的に感じながら目を覚ました。
「・・・んぁー・・・眠みい・・・」
目をこすりながら、大きなあくびをして、あー確か目をこすりすぎると年取ってから瞼が垂れ下がってきて糸目になるんだっけか?なんていうどうでもいいことをぼんやりと考えながら、ようやく目をあけて。。。
しばらくぼんやりと見える景色をただただ眺めて。。。
「いやこれ、何?」
寝ぼけ気分だったところから一気に覚醒して、おまけに飛び起きたものだからちょっと気持ち悪い。
いや、そういうことじゃない、なんだこれ?
「俺、昨日どこで寝た?・・・いや、家に帰って自分の布団で寝たよな?って、俺の布団やん・・・いやしかし、ここどこ?」
俺は生まれも育ちも生粋の関西人、だから関西弁はネイティブだ。
だけど、大学から関西を離れていたこともあって、職場ではもちろん、日常生活でも基本的に標準語ネイティブだ。
時々、ケースバイケースで関西弁で話すことはあるけど、普段を知っている人には驚かれたりもするくらい、両方ネイティブ、つまり日本語バイリンガルというやつだ。
うん、そんなことはどうでもいいなんて、俺も最初からわかっていたんだ。
ただ、今はそういう使い分けができるような精神状態じゃないということが言いたかったわけで。。。
「真っ白な部屋って、なんなん、これ・・・死んだ?俺、死んだ?」
混乱の極致にいて、それでもだんだんと落ち着きを取り戻していく中で、周りを見渡すとあることに気が付いた。
「真っ白・・・ではあるけど、これ、なんか枠線あるよな・・・っていうか、俺自身と布団はいつも通りに見えるけど、それ以外が・・・色がない、んか?」
こうなってくると、自分の状態がおかしいような気がしてくる。
最初は自分以外の周りがおかしいと思っていたのに、勝手な話だ。
「俺の目、か脳、イカレたか・・・」
これはもしかしたら俺は長くないのかもしれない。
よし、こうなったら。。。デジタル遺産を消去しておかねば。
携帯とPCに入っているあんなのやこんなの、世に出したら末代までの恥。。。
といって俺は独り身なんだから、末代なんて俺じゃんって話で、そうなったらもうどうでもいいかななんて思ったりも。。。
いやいや、こんなどうでもいいことを考えている場合じゃなくて。。。
俺のどうでもいい数秒が過ぎたころ、一瞬で視界がいつもの自分の家の寝室になった。
しかもまだ真っ暗だ。時間は午前2時を少し過ぎたころか。
「はぁ?丑三つ時のお化けにしてはちょっとハイカラが過ぎるやろ・・・」
まったく自体が呑み込めないまま、とりあえず自分の脳がおかしいのかもしれないという問題が残っているので、朝になったら脳外科でも受診してみようと決めて俺は眠りについた。
朝になって、俺は快適に目を覚ま。。。せなかった。
なぜって、左手が触手になっていたのだから。。。
「はぁーもう、目が覚めたらすっかり元通りで、あれはいったいなんやったんやろ、って考えるところから物語は始まるもんちゃうんかぃ!」
悪態をついてみたものの、左手は完全に触手、正確には左腕全体が触手になってる。
これはもう何が何だかわからないながらも、確定していることは。。。
「これでは脳外科受診できんよなあ・・・」
人間というのは、ほんとに追いつめられると、そこじゃない、というところに思考の大半を持っていかれてしまったりするようだ。
しばらくどうでもいいことを考えては呆然とし、また考えては呆然とする時間を繰り返して、だんだんと落ち着いてきた。
いやもちろん、状況を吞み込めたわけでもないし、何かがわかったわけでもない。
ただ、少しだけあきらめの気持ちが芽生えてきただけだ。
「よし、なんかわからんけど、とりあえず順番に考えていこ」
冷静になって最初から順に何が起こったのか考えてみた。
まあ、わけのわからないことの羅列にしかならなかったんだけど。
次にそれらの事象を合理的に説明できないかチャレンジしてみた。
もちろん俺自身の目、というよりもはや脳に限定していいけど、その障害というのが一番合理的に思えたけど、これは確認のしようがないし、少なくとも今の俺には目に見えている触手は右手で触っても触手だし。
「脳がおかしくなったら、触った感触もそれっぽく違った感じになったりするのかな」
少し冷静になったことで、関西弁スイッチがオフになった。で、結局合理的な説明などできようはずもなく、ただただ悩ましい状況が続くだけだった。
もう自棄になって、
「よくあるラノベ展開で、実はこの世界がゲームだったーとかだったら、バグったね、こいつってことで片付くのに」
なんて言ってみて、自分の発した言葉にハッとなった。
確かにバグったんだと考えたら納得、ってのは違うとしても、なんとなく合理的な気もする。
少なくともいろいろと説明をつけることができる。
大前提に、とんでもない仮定をしないといけないにしても、だ。
「まさかのゲーム?この世界が?ってことは俺って。。。どう考えてもモブAですらない、主人公と関わることどころか、すれ違うこともない、道端の石ころと同じレベル感の存在?なにそれ。。。」
言ってて悲しくなってくる。
でももし本当にそうだとしたら、もしこの世がゲームというかシミュレーションの中なんだとしたら、なんか自分の存在そのものがまるで意味のないものに感じてしまって。。。
「生きていくのがツラいな・・・」
今、俺は特別充実感がある毎日というわけでもないけど、それでも毎日ツラくて必死で何とか生きているというほどのことでもない。
平凡な毎日を淡々と過ごしているにすぎないんだけど、平凡な毎日こそ幸せ、なんて、これは誰が言った言葉だっけ?
そんな平凡な毎日ですら、いや平凡な毎日だからこそ、それが作られた仮想現実だった、なんて言われたら、虚しさ以外に何も残らないんじゃないか。。。
「いや、俺の脳がおかしくなかったとしたら、この触手が本物だとしたら、これはもうゲームの中のバグとしか言えないよな・・・くそっ、どうせなら今から好きなことして暴れまわってやるか?って、実はゲームじゃないですよなんて後で言われたら目も当てられねえ」
左手が、いや、左腕が触手になってしまった状況で平凡な人生はあり得ないし、何にしがみついているのか自分でもよくわからないんだけど、こういうところが俺って小さいよなあ。
「もうこうなったらここがゲーム世界かどうか調べるしかないか。で、ゲームだったら俺はAdministlator権限奪ってやる。この世界の管理者になってやるぞ」
うん、もう、そう思って、そういうことをモチベーションにしないと生きていけない気がしたんだ。
とは言ったものの、いったい何をすればバグを見つけられるのか、見当もついていない。
そもそもこの世界がゲームの中だという確信も持てない(というより、とてもじゃないが真実とも思えないけども)。
となったら、とりあえず俺の左腕の触手をどうにかするのが先か。
「これ、腕の代わりにちゃんと動くのか?」
俺は触手を動かそうとしてみた。
何も特別なことはしていない。
腕を動かすのと同じ程度に意識てみたくらいのことだ。
シュッ!!
自分の触手のはずなのに、自分で見えないくらいの速さで触手は伸びた。
だいたい俺の身長くらいか?
危うく部屋の壁にぶつかるところだった。
「・・・ま、まあよしとしようか・・・強度的なやつは?」
触手を動かして右手とぶつけてみたが、明らかに触手は硬い。
動きが滑らかで見た目が、なんというか流線形?というか滑らかというか、そういう感じだから、てっきり柔らかいのかと思い込んでいたけど、これはもう、武器と呼べる硬さだ。
しかも速いと来たら、なかなかの攻撃力なんじゃないだろうか。
「迂闊に表に出てうろつくのもリスク高いし、とりあえずここはネットだな」
一応普通に社会人しているんだけど、週末なんかは結構引きこもってアニメのイッキ見とかしてるからか、ちょっとニート思考気味かもしれない。
いやまあ、触手ぶら下げて外をふらふら歩くよりよほどいいんじゃないか?
あ、そういえばまだだった。
俺は渡邊俊、とし、じゃなくしゅん、だ。齢30、花の独身貴族だ。
彼女いない歴はまだ半年少々だけど、特に寂しいわけではない、つもりではいる。
それはそれとして、俺は調べに調べて、少し状況が見えてきた。
少なくとも俺の触手はこの世界では普通のこと。。。なんていうラノベ設定はないっぽい。
動画投稿系のサイトだと、さすがにまだ新作動画として“私の手が触手になっちゃったーーー”みたいなやつが上がってくるには早すぎるとは思うけど、少なくともニュースにもそれらしきものは見当たらないし、つぶやき系なんかでもみあたらない。
俺ならこんな状況は絶対に誰にも言えないから、ネットにあげるなんてとんでもないことだけど、ほら世の中結構な数のバカがいるから。。。
「触手だけじゃなくて、色が消えたアレも特に見当たらないか・・・」
深夜の短時間だったし、すぐに元通りだったから、気のせいだの見間違いだの疲れてただの、何らか理由をつけて納得してしまえば騒ぐほどのことじゃないっていうことなんだろう。
今日が休みじゃなかったら、仕事どうするかっていう深刻な問題があったわけなんだけど、その辺は俺の日頃の行いか、今日が土曜日で週末の間は猶予期間があるというのは、まあ、救いなんじゃないか?
「この触手を隠して仕事・・・は無理だよなあ・・・」
週明けまでにどうするか考えておかねば、などと考えていたらインターホンが鳴って、荷物が届いたようだ。
うん、かなりまずい。ただテンパった俺は玄関前置き配とか、宅配ボックスとか、そういうグッドアイデアを思いつくことができずに慌てたまま玄関を開けた。
「お荷物す。ここにフルネームでサインおねしゃす」
「・・・はい、これでいいすね」
「どもっす」
愛想のないにーちゃんだったが、いやしっかり俺の触手見たよね?見えたよね?
さすがに普通に愛想のないにーちゃんのままいられる?
「まさかの、この触手って俺だけに見えてる的な?いよいよ俺がおかしくなったか、ゲームのバグか、って感じになってきたぞ・・・」
俺は確信を得たくて、そのまま外に出て敢えて触手をさらけ出したまま買い物に出かけてみた。
もちろん届いた荷物は冷蔵品だったんで、ちゃんと冷蔵庫にしまってからだけど。
いつものスーパーに入り、レジかごを触手に引っかけて普通に普段の買い出しをしてみたんだけど、怖いくらい何事もなかった。
レジで素敵なおねえさん(俺よりは年上のはず)にレジ袋が要るか聞かれたりしたけど、その時も触手を凝視されることすらなくて、いつもの買い物だった。
家に帰った俺はいろいろと頭を整理してみたんだけど、まあ状況が状況なだけにあまり整理できたとは言いにくい程度でしかなかった。
でも少なくとも。。。
「ゲーム、っていうよりシミュレーション的なやつか?まあどっちも似たようなものかもだけど・・・」
とりあえずそういうのがこの世界の真実って考えないといけないっぽいわけか。
俺がおかしくなった可能性は残っているけど、ここまで冷静に思考できている状況で、俺がおかしいと言われてしまったら、もうどうすることもできないから、今はこのルートは考えないことにする。
で、何かの理由があってシステムにバグが発生したんだな。
たまたま俺、だけじゃないかもしれないけど、ネットで見る限りは今のところ他にお仲間は見当たらないし、まあ俺だけってことで。。。
「そこにバグの影響が出て、これか・・・」
触手を触りながら、俺は現状を噛みしめていた。この触手に誰も驚かないどころか、気にもしないところをみると、どうやら周囲には普通の手に見えてるのか、触手が違和感ないっていう設定なのか。。。
どっちにしても、この世界がシミュレーションの中、つまりはコンピュータプログラムの世界なんだっていうことを裏付けることになってしまっているのは、やっぱり切ないものだ。
「ま、そんなことばかり考えててもしょうがねーか」
もうここまで来たら確信したことにしておこう。
自分に言い聞かせてる感が半端ないけど、もうこれはしょうがないことだ。
「少なくとも日常生活をするだけなら、触手でも騒がれたりすることはないってことだ」
まあ、これはグッドニュースってことにしておこう。
週明けからの仕事も心配ない、はずだ。
「あと・・・左手でよかった・・・」
ほら、右手だといろいろとアレじゃんね、不便じゃん、ね、ね。
触手があっても普通に居られることで気持ちが落ち着いた俺は、いよいよ本格的にこの世界のバグを探してみることにした。
少なくともバグは一つ目の前にある。
この触手を手掛かりに?触手がかりに?何か管理者権限に繋がりをつけるルートはないものか。
ゲーム的な知識はそれほど多くないし、もちろんSEなんかの、その筋のプロでもない俺にとって、バグってどういう風に存在するのかなんていう目安すら立てられない。
とりあえず触手を観察したり叩いたり引っ張ったり、動かしてみたり、なんだかんだとやってみたわけだ。
もうほぼ闇雲に。
そしてその時はいきなり訪れた。
「ちょーいちょいちょい・・・何きっかけ?まったくわからん」
なんだかんだやってるうちに、触手が消えてしまった。。。
何がトリガーになったのかわからないままで、見えなくなってしまった。
ただ、触手は間違いなくそこにあるのは自覚できる。
「いよいよバグらしくなってきたってことか?って、うわっ!!」
もしかしてAdministlator権限に繋がるかとか思って、無意識のうちに触手の先を伸ばしたのか、見えない触手は部屋の中のものにぶつかることもなく、感覚的にはそれまで伸びてた俺の身長くらいの長さを優に超えて伸びていき、そして何かと繋がった。
繋がりは細い細い糸のようなイメージだけど、確かに何かと繋がった。
一瞬の後、俺の頭は急に高熱を出した時みたいにぼーっとして、明らかにオーバーヒートしていることを感じさせた。
俺の脳、いや、人間の脳ではとても完全に処理しきれない量の情報が瞬時に流れ込んできたんだ。
ただ不思議なことに、処理しきれていないながらも、垂れ流しという感じではなく、一応は俺の脳が情報を受け取っているうえに、それだけの情報量をすべて記憶しているらしいことが感じられた。
「こ、これって・・・あー、キツイ・・・これって、脳の98%の方を使ってるってことか?」
なんとかここまで耐えてきたけど、いよいよ限界を感じ始めたとたんに、気持ちの糸が切れてしまったのか、俺は意識を失った。
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少しずつ覚醒していく微睡状態の中で、俺は意外にもかなりはっきりとした思考を展開できていた。
状況次第では金縛りなんていう言葉が出てきそうな、そんな感じでもあった、かもしれないけど、俺としてはこの“起きてるわけじゃないけど頭はすっきりしている”状態を歓迎しているわけだ。
動けない分、思考に集中できるし、頭さえ回ってくれていれば今のところ十分だし、とりあえずトイレに行きたいなんてこともない。
流れ込んできた情報の多さに驚いたけど、それを受けきった俺の脳、スゲーって話だ。
というか、明らかにおかしな状況が続いているから、もう俺としても何でもありの気分になりかけている。
で、どう考えてもオーバーフローしても仕方ないくらいの情報量を受けきったという時点で、俺の脳はいわゆる2%しか使ってないってことはあり得ないわけで、よくわからないけど100%に近いレベルで脳を活性化させてるんじゃないかと思う。
これってさ、天才ってことなんじゃないの?
いやもう、ほんと俺スゲーだよ。
しかも、うん、肝心のその情報の中身なんだけども。。。
プログラミングとか詳しくないからなんとも断言できないんだけど、おそらく多分、システムの根幹に関わるもの、なんじゃないだろうか。
俺のいるこの世界から見れば、すべての設定条件、みたいなイメージが近い気がする。
この世界の考え方と同じレベル感で“Administlator権限”っていうものが定義されているとは思えないから、あくまで俺のイメージでの理解なんだけども。
まあそれでも当たらずとも遠からずくらいなんじゃないか。
なんだよ、思ったより早く管理者に肩を並べられたじゃんか。
こうなったらもう、こっちのもんだ。
俺はここからこの世の全ての法則を書き換えて。。。って、書き換えるっていうのはどうやるんだ?
「うーん、ダメだな、まるで分らん・・・」
試行錯誤してみたものの、覚醒した。。。に違いない俺の脳でも、システムに干渉する部分はまるで思いつかない。
これは多分、システムを保護するセキュリティに阻まれているってことなんだと思う。
「そういやあ、触手は・・・!?」
触手が半透明?みたいな、絶妙に存在感が薄れているような、それでいて異彩を放っているような、そんな見た目になっている。。。
左腕が突然触手になったことで違和感しかなかったはずなのに、その見た目がまたちょっと変化したら、気分的には微妙に喪失感みたいなのが湧いてくるのはなんでだ?
なんにしても、この見た目の変化はただ事ではないはずだし、放置しておけない。
「とりあえず感覚は、まあ、変わらずに左手として認識できる、か」
怖いくらい左手感覚なんだ。
見た目が触手なだけに違和感あるけど、あくまで左手の感覚のままだ。
普通に何か掴むこともできてしまう。
どういう理屈になってるのか全くわからないけど。
あと、超高速で伸びるアレは、左手の感覚としてはなんというか、斬撃を飛ばす?みたいな感じが近いと思う。
見た目的には触手が伸びて遠くまで届くわけなんだけど、もしかしたら俺以外の人にはこの触手も普通の左手に見えてて、俺が左手で離れたところのものを破壊とかしたら、
「け、拳圧で破壊した、だとぉ?!」
なんてビビってくれたりするんだろうか?
俺の中に眠っていた14歳の心が呼び起されてしまうじゃないか。
それはそれとして、このなんとも影が薄くなった触手は、見た目以外は問題らしきものはなさそうだ。
もちろん、触手になったその日なんだから、以前との比較とか、触手の標準仕様みたいなものなんて、まるでわからないんだけども。
「さっきの一連の流れから考えたら、やっぱりアレか、Administlator権限に繋いでるからこういう見た目になる、ってところか」
まったく、ログイン状態の表示はこういうやつだよってことなら、取説に書いとけって話だ。
いや、取説なんてあるわけないし、あってもきっと読まないタイプだという自覚もあるんだけど。
この触手って、ログインキーも兼ねてるみたいなイメージが、まあまあハマるのかもだなあ、などとぼんやり考えていたら。。。
「っ!!またかっ!!」
意識を失った時みたいに、なんというか情報が流れ込んでくるような感覚があって、ものすごく深刻な顔で身構えた。。。んだけども、今回のはそれほど強烈な情報量ではなかったのか、特にぼーっとしたり気を失ったりすることもなく、割と普通に受け止め切った。
「なんだかよくわかんないし、おまけにまだ記憶の中の情報をまるで整理しきれていないけど、どうもさっきの追加分の情報がまさにシステムへのパス情報みたいな感じ、か・・・」
そう、俺はAdministlator権限へのアクセス方法を手に入れたんだ。
「結局、特別な方法があるわけじゃなくて、情報としてのアクセスキーを持っていれば、いつでも自由にシステムに入り込めるってわけね」
気絶するんじゃなくて、一度しっかり睡眠をとって、その間に脳内の記憶領域を整理した方がいいような気がしてきた。
テレビだったかネットだったか忘れたけど、睡眠は脳の記憶を整理する時間だって言ってた気がする。
ただでさえ信じられないくらいの情報量なわけだし、少なくとも今のところわからないことが多すぎる現状だし。
きっときちんと情報を整理すれば、結構なことが理解できるんじゃないかな。
「よしとりあえず家事雑用をさっさとこなしておいて、しっかり栄養も補給して、早寝するってもんだ」
なんだかんだと日常生活のあれこれをこなして、晩ごはんは消化のいい和風パスタにして、いつもよりかなり早めに布団を整えた俺は、また一歩、Administlatorへと近づくために眠りについた。
意図してできるものではなかったんだけど、この夜の眠りはとてつもなく深く、ただただ深く、まさに記憶の整理をするための睡眠だったんだ。
翌日はきっかり昼まで目が覚めなかった。16時間くらいぶっ通しで寝たことになる。それだけ連続で寝たら、寝すぎで身体がだるかったり頭が重かったりしそうなものだけど、というかこれまでの人生では寝すぎたあとは大抵そういう不調があったんだけど、今日はものすごくスッキリした目覚めで、頭の中は爽快そのものだ。
「頭もスッキリだけど、いや、なんだよまったく・・・」
頭がすっきりしたのは、情報が整理できたっていうことなんだってのは、感覚的に理解した。
うん、完全に俺はAdministlatorの権限を持ったみたいだ。
おまけに、この世界の成り立ちも、構造も、すべて感覚的に把握して理解できていた。
「これは、アレだな、管理者なんていう状況じゃないな・・・神の領域だ」
この世界が何かのコンピュータシステムで作られているものだという想定でいたし、その管理者となったら、この世界から見れば上位存在なわけだから、いわゆる神様ってことになるというのはわかっていたんだけど。
いざその条件を満たしてみると。。。
「こいつはほんと、神だ。絶対的な力と知識。もうここまでの絶対的な存在になっちゃったら、俺はどうすればいいんだ?」
良く世間でいうところの、持てる者は持たざる者に与えよ、的なことからすれば、俺は絶対者としてあまねくすべての存在に等しく力の施しをするのが基本なのかもしれない。
「だが、断る!!*」
だーれが神になどなるか。
なるとしたら死神にでもなってやる。
俺は好き放題生きるんだ。
あ、でも表紙が黒くて、名前書いたらその人が死んじゃうノートとか持ってなきゃいけないのか?
リンゴは好きだからいいけどさ。
「どうせなるなら、魔王だ・・・!!」
この世を支配なんてする必要はない。
絶対的存在なんだから。
なので、心から俺は俺の好きなように、自由に生きていくんだ。
邪魔するやつは、どうなっても知らんぞ。
「よし、とりあえず飯にしよう」
魔王になった俺は、これから勝手気ままに魔王城を作ったり配下を侍らしたり、なんなら俺の箱庭の世界を作ったり、好き放題勝手放題していくことになる。
好き放題といっても日常の平和からさほど離れないのが、今世の魔王らしさ、かもしれないな。それでいいじゃないか。
*:岸部露伴といえば、これ
連載版「The World (旧題=リケダン・リケジョの平和な日常:平穏無事な生活を送りたいのに微妙なチートを手にした俺は、このまま世間の荒波を渡っていけるのか?)」の第2章は、後々第1章にもつながるお話です。よろしければ連載版もご覧くださいませ。