捜索
貧欲な人間だとよく言われる。
何のひねりもないそのままの純粋な意味だ。
日々の生活に必要最低限のこと以上は求めない。それが皆から見た僕だった。僕が思っている僕自身もまたそういう人間だった。
欲を欲しない。
そういう人間だった。
今までも。そしてこれからもそのままのはずだった。
………いや、やっぱり撤回。
今までに欲を欲したことは二回だけあった。………二回もだ。
思い出すだけで身の毛が弥立つ思いだが、これも僕の失敗であり、恥であり、弱みであり、後悔であり、雑念であり、心残りであり、悪であり、怒りであり、恐怖であり、力であり、 馬鹿であり、負であり、欠点である。
語ろうとも語らずともその“異業”は誰の耳にも届くだろう。
僕にとってはそれほどの事なのだ。
語るなれば、まず一つめ。
あれは9歳の時だった。
母親が死に大泣きした時の事だ。もちろん願ったのは母親の蘇生だった。
しかしながら、それは叶わない事だった。
いくら欲しても母親が蘇る事はなかった。
それが当たり前だと悟ったのが翌年……僕が10歳になった秋のことだった。
だから、父親が死んだ際……僕は蘇ってほしいなどという無駄な欲望は微塵も抱かなかった。
抱いたところで叶うはすがなかったからだ。それがわかっていたからだ。
悲しくなかったわけではない。
むしろ、母親の時よりも悲しかった記憶がある。
だけど、欲望を抱きそれが叶わない時の方が哀しいということを知っていたからだ。
それ以降も欲という欲は全て捨ててきた。
感じようとも思わなかったし、感じたいとも思わなかった。
それ以降もそのままであるはずだった。
貧欲であり、低欲であり、食欲も、性欲もなくなった僕が変な夢を見たのはつい昨日。
16歳である今現在の時軸だ。
見覚えのある携帯電話に、見覚えの無い住宅街。
そして、見覚えのない名前の人間から電話を着信していた。
「こちらエルベインでございます」
そう言った。ありのままの名前を言った。
「わかってるよ」
だって名前が表示されてたもん。
「はぁ?」
誰かも知らない彼女は僕に願いを言えと言ってきた。
欲の無い僕に……。
願いなど程遠い僕に…。
「しかしながら、それでは生き残れませんよ」
彼女は他ならぬ僕を心配して言った。
到底僕には自分の置かれた状況を理解することなどできなかった。というか、できるはずがなかった。
唐突かつ突然に謎のサバイバルゲームに駆り出されたなどとは考えもしていなかったからだ。
ただ、無駄なく、希望なく、宛なく、意味なく、考えなく、要望なく歩いていた。それだけだった。
なのにまた願ってしまった。
欲してしまった。
目の前に得体の知れない何かが現れ、それが僕に襲いかかってきたときに。
“死にたくない”
と。
それを話したせいだろう。
語る必要のないことを語ったせいだろう。
そのせいで今僕は追い込まれているのだろう。
「今さぁ、私……例の事件について調べてるんだよね。……でさぁ、あなたがそれについて何か知ってるとか聞いてさぁ。ちょっと話し聞かせてくれない?……えぇと……皆木君?」
突然クラスに押し掛けてきた女子生徒(多分先輩)が僕の前に立ちふさがるなり間を入れずに訊いてきた。
というか、何で僕の名前を知ってるんだ?
「………すいません。興味ありません」
「連れないわねぇ……」
「というか、あんた誰?」
唐突に聞いた。
「ん?私?―――私は仲森香織。一応、君の一つ先輩。君は皆木錬太郎君でしょ?」
「何で知ってんの?」
「聞いたから、そう聞いたから」
「誰から?」
「それは言わない」
「じゃあ僕も何も言わない」
「……ってことは……何か知ってるってことね?」
見抜いたように目を細める香織。
「えぇ…知らないなんて言ってないじゃないですか」
「ほうほう……じゃあ何したら教えてもらえる?」
「僕に質問しないでください。話しかけないでください。近寄らないでください。接触しないでください。見ないでください。聞かないでください。忘れてたください」
「それって“お願い”?」
「いえ、提案です」
表情は動かさなかった。
お互い冷ややかな目で睨み合う。
お互いが異形な何かを遠くから見るような無関心かつ軽蔑的な目。相手を見つめながら相手の後ろ側を見るような――そんな瞳だった。
「じゃあ却下。私の質問に答えてもらう」
仲森香織はそう答えた。
迷うことさえせずに冷静にそういい放った。
「しつこい人は嫌われますよ」
「あんたに嫌われたって構わないわよ、別に」
そこで相手のほうから目を反らす。
「わかりました。話しますよ。あなたが大嫌いですから」
「そりゃ光栄だ」
蒼井一哉は両親と仲が良くなかった。
友達関係も良好とは言い難かった。
外見ばかりの友達関係は飽き飽きしていた。
それに気づいたのはつい最近のことだ。
気づいたことは決して面白いことではなかった。
というか胸くそ悪かった。
吐き気がした。
哀しみよりも、怒りよりも、好奇心が駆け巡った。
人の心の善悪を読み取ることに事もあろうか好奇心を抱いてしまった。
おかげで上辺だけの友達関係を全て取り払ったのが今現在より2分前の事だった。
別れを告げるというより、本心を伝えただけだった。
なのにこんなにも簡単に崩壊してしまった。
まぁ…上辺だけだし、崩壊するのが必然ということか。
“全く面白いものだ”
一哉がそう思ったのもまた必然なのかもしれない。
一哉にとってはいつも通りに生きているなかで起こるいつも通りの現象に他ならなかった。
“友達などいらない”“足枷にさるだけだ”“邪魔だ”そんなことを考えつつも友達を作り馴れ親しみあう。
だけど、それもまたいつも通りの現象だ。
飽きたとは言わない。やりたいとも言わない。
ただ単に必要とされているから作られ、邪魔になったから捨てられる。
ただそれだけのことだ。
両親ともそれは同じだ。
立場は逆であるけど…
必要とするから作り、邪魔になったら捨てる。
それだけのことだ。
自分の事が信じられないとかほざくやつは数いるが、僕は自分ほど信じられる人間はいないと思う。
だからといって他人を信じられないわけではないのだ。
「頑張ってるな。調子はどうよ?」
肩越しに結さんがモニターを覗きにきた。
「ぼちぼちですよ……というか、いく手が見えませんよ…」
そう、この人も“僕ほど”ではないが同類の人間だ。
というか、この人が僕に付けたあだ名が、“超一級自分信者”だ。
ナルシストとかそういう意味じゃなくて単なる他人をあまり信用できない人間というだけである。
だが、この人もまたそうだった。この人もまた自分信者だった。
だから信用することができた。
“あなたの信じるあなたなら信じられる”
そう思っただけだ。
「そもそも…ネットで探すなんて僕には不利な条件ですよ。この分野に関して詳しいわけじゃないんですから…」
「つべこべ言ってても仕方ないぞ。お前にはそれくらいしかできないだろうが」
「まぁ…それはそうなんですけど…」
いい加減1日中パソコンと向き合っているというのも疲労が半端なく溜まる。
普段触ることのないパソコンをなれない手つきで弄くっていた。
結局の所、ピックアップされていく情報はどこでも得られる情報ばかり。
僕達の役に立ちそうな情報は皆無だった。
ただ一つを除いて。
それはとある掲示板にあった小さな書き込みだった。
“僕は実際に体験しました!夜の町でバトルロワイヤルをやらされたんです!この前死んだのはそこで死んだ人達です!”
もちろん信じていた人は誰もいなかった。
それどころか興味を示していた人間すらいなかった。
まぁ…僕を除いてだけど。
露骨に信用するのはどうかと思うけど言っていることはあながち間違っているわけではないし何らかの情報は持っていることは間違いないだろう。
「ほぅ……で?お前はこれからどうするつもりなんだ?」
「決まってるじゃないですか―――――
会うんですよ」
「そうですね。そうなります」
仲森香織は一つ目の質問から圧されていた。
「…く、くぅ……」
顔をしかめる香織。
これで何回目になるかわからない。
「そして見たことの無い怪物に襲われたんです。まぁ…結果的に助かりましたけど」
「何か他に無いの!?他に!!」
「他?と言いますと?」
「私たちの知らないような情報よ!」
「僕はあなたがどのくらいの情報を持っているのか知りません」
「うっ……まぁ…そりゃそうなんだけどさ……」
苦戦していた。
錬太郎から思うように情報を引き出せないのだ。
「終わりですか?いった通り必要最低限のことしか話しませんよ。他に用がないなら僕は失恋します。僕自身よくわかっていないんですから」
そう言ってその場を離れようとする錬太郎。
「ま、待った!!!」
と、引き留める香織。
「何です?まだ何かあるんですか?」
「…………あんた…結果的に助かったって言ってたけど、どうして助かったか……覚えて無いの?」
「えぇ……覚えてますとも。はっきりと」
「じゃあ言いなさいよ!」
「聞かれたことを聞かれた通りに無駄なく、正確に、確実に、的確に答えるとしか言っていませんよ。聞かないあなたが悪いんです」
「うっ………ま、まぁいいからどうして助かったのか言いなさいよ」
錬太郎は珍しく考えるように足元を見つめ、間をおいてから、
「助けてもらったんです」
と答えた。
「助けてもらった?…誰に?」
「あまり覚えていませんが……確か……スーツを着た知らない女性に」
「女ぁ?スーツを着た?」
「えぇ。何か問題でも?」
「いやぁ……無いけど……他に特徴は?」
「………………」
「大丈夫か?」
女は怪物を殺した矢先僕に言った。
返り血を一滴も浴びていないスーツ姿で。
女は手を差し伸べる。
返り血を浴びて動けなくなっている僕に……
「は……はい……」
何が起きているのか理解が追い付かなかった。
その女性の手には一本の日本刀。
いかにもただ者ではない雰囲気だった。
「………アタシさ、人探してるんだけど……あんた知らないかな?」
不意に女性の方から質問が飛んできた。
「へ?……だ、誰をですか?」
女性は僕とは違い、平静そのものだった。
「燕崎シグマ」