警告とできること
「懐かしいわね……成すべきこともわからなかったあの時が…」
白いマフラーをした長髪の女性は横にたつ男に向けて言った。
男が羽織っているマントのように揺らめくコートの背中の部分にはΣの文字が描かれていた。
「…かと言って、今の俺達だって何を目指しているのかわからないけどな…」
男は深くため息をつく。
「俺はまたあの人を殺すことになるのか……少し気が引けるな…」
女は――でもそれがあの人の意志でもあるのよ、と付け足す。
「生きるために人を殺す……結局誰も変わりはしないか……」
「…でも、これは宿命よ。運命でありながら使命でもある……託されたのはあなたなんだからまっとうしなさい」
「あぁ…当たり前だ。あの人達の想いは無駄にはするつもりはない」
そう言って男は数歩前に歩み出た。
男が止まったすぐそばから段のようになっていて広い場所になっていた。
その下には数百人にのぼる人間が男を見上げるようにしていた。
「みんな!……聞いてくれ!」
男は口元の装着式のマイクに向かって叫んだ。
その声に反応して下にいる人間が一斉に男を見る。
「俺達はこれから運命をかけた戦いに行く!……敵はみんなもよく知る人物だ!……だが、俺達は負けるわけにはいかない!……それがその人の意志でもある!………だが、この戦いは勝ってからが大変だ。俺達は“幻の英雄”すら見れなかった景色を見に行くんだ。……これが…最後の戦いの始まりだ!」
男がそう言うと、合わせるように下の人間はオォー!と叫んだ。
男もそれを確認してから再び後ろを振り向いた。
「ついに……始まるのね……」
「あぁ……絶対に負けるわけにはいかない。何がなんでも勝つ!」
女の横を通り過ぎると歩く早さを早めた。
「――――一哉!!」
呼ばれた男は女を振り向く。
「何だ?」
「……私たちの意志も…あの人の意志も…無駄にしちゃだめよ」
「わかってるよ」
男はにっこりと微笑んだ。
それを見て女も胸をほっと撫で下ろす。
男は歩き出した。見えない明日を見るために……存在しない明日を掴むため……。
尊敬する人を殺すため…。
大事な人を殺すため…。
大事な皆を守るため。
燕崎士紅真を殺すため…。
循環する世界から抜けるため…。
香織と僕の携帯が同時に着信した。
「……まさか……」
あまりにも突然すぎたため、二人とも訳がわからない状態だった。
だが、なんとなく嫌な感じがする。
香織と一瞬目を見合わせ、お互いが携帯を開いた。
そこには非通知の文字。
どうやらあの表情からすると香織も同じのようだ。
通話ボタンを押し、耳に当てる。
「……もしも―――」
「こちらエルベインでございます。今回は次の本選のご説明のため連絡いたした所存です」
聞こえてきたのは多少聞き覚えのある声だった。
「やっぱり……夢じゃなかったんだな…」
「予選…お疲れ様でした」
「あぁ…挨拶だな…」
「本選第一次開始日時は明後日の19:00からと決定いたしました。参加者の皆さんは準備と自覚をお忘れなく。なお、本選も予選同様に強制参加となっております」
そう言うと電話は一方的に切られた。
「くそ……明後日か……」
「一体何だったんだ?」
結さんは一人だけわけがわからない様子だった。
「……例のゲーム関係です。明後日…またゲームが行われると……それだけです」
「……明後日?」
結さんは何かが引っ掛かるのか首をかしげて考えこんだ。
「どうかしましたか?」
「いやぁ……強制的に参加させるような連中にしてはずいぶんと余裕をやるんだなって思ったんだ」
「…どういう意味ですか?」
「…そんな期間なんて与えないでさっさとそのゲームを始めないのかってことだ。もし主催したやつがただ単にゲームを見ていたいだけなら人情なんか使わずさっさと始めるはずだ。……だが、期間を与えた。……少なからず生存率は上がったはずだ。……主催したやつにとってはお前たちに生き残ってもらった方が都合がいいってことか……」
「まぁ……確かに……そう言われればそうですけど……じゃあなんでそもそもこんな理不尽なゲームに参加させたんですか?生き延びてほしいならまずそこの説明がつきませんよ」
確かにと呟き結さんはまた考えこんだ。
「待って!……それ以前になんでこの状態で電話がかかってきたの?」
香織が合間を縫うように言った。
「あ……そうだ。ここは夢の中じゃないのになんで電話がかかってきたんだ?おかしいだろ…」
僕は急いで着信歴を確認する。
欄の一番上にあった名前は結さんの名前だった。
時間は今朝。
「着信歴が残ってない…どういうことだ?」
「たしかに……もともと何なのかわからない現象なんだから変な所から足がつく様なことはしないわよ…」
香織も落胆するように言う。
「まぁ…要は明後日までに何ができるかって事じゃないのか?……理由はわからないけど僕達は選ばれた。だったら生き残ってやるまでだ。死んでたまるか」
「えぇ…その通り…絶対に生き残る」
「ふふふ……元気が戻ったようだなお二人さん。―――――さっそく提案なんだが…どうかな?」
と、結さんが言う。
「提案?どんな?」
「あぁ……他の参加者を探すのさ」
「たしかにそれはそうなんだけど………でも何か変わるのかしら?」
「連携できる。ただそれだけだ」
「連携?」
「知らないより知ってる人間同士の方がチームワークの効率が遥かに上がるんじゃないかと考えたんだ」
「まぁ…そりゃそうなんですけど……でもどうやって探すんです?僕達だって奇跡的に遭遇したわけだし…」
「マスコミやメディアを使えばいいんだよ。インターネットでもいいしな。とりあえず使える物を使って探せ。お前たちと同じような立場のやつらが必ずいるはずだ」
「まぁ…そうですね…」
簡単に言っているように聞こえるが……。
というかまぁ…それしか手がないのもたしかなのだが。
「じゃあとりあえず各自でできる限りの事をしよう」
「でも…いったい何をどうやれば…」
「そうですよ。いったい何をやればいいって言うんですか?」
「パソコンなりテレビなり噂なり…使えるものを使って調べろ」
「んじゃ、私は色んな噂方面から調べてみる」
香織はそう言ってソファーから立ち上がった。
「どこか行くの?」
「うん。調べるなら準備が必要だからね。だから準備してくる」
「じゃ、お前はネットで調査だな。がんばれよ少年」
結さんは軽快に僕の肩を叩いた。
「あれ?結さんは手伝ってくれないんですか?」
すると結さんはキョトンとした顔をした。
「なんだ、そのびっくりした顔は。私は金にならない仕事はしない。いつも言ってるだろ」
淡白に跳ね返される。
「うわぁ……以外と冷たいんですね、結さんって…」
まぁ、素直に手伝ってもらえるとも思ってないけど……
「まぁ…協力してほしい時に声かけますよ。もちろん依頼として…」
「あぁ、待ってるよ。……自分でできる限りは自分で何とかするんだな」
その言葉には何も籠められていないことに気づくのはすぐあと。
「はいはい………はぁ……」
事務所の窓の外を見つめ独りでにため息をついてみた。
この事件は結構なまでに巷を賑わせていた。
ニュースや各メディアから既出の情報は書き込まれていることは多くても僕たち同様、体験者からの書き込みは今のところ見てとれない。
テロだの国家の陰謀だの、勝手な情報だけが右往左往していた。
実際、あれが何なのかはよくわからないが、少なくとも国家やテロがどうのとかいう問題ではないと思う。
科学技術が進歩しているからといっても夢の中から人を殺すなんてことはできないと思うし、もしできたとしてわざわざ何でその“兵器”を使ってあんなゲームをやらせたのかがわからない。
というか、それ以前に未体験者の意見など今はどうでもいいのだ。
あれが何なのかは確かに気になるところだが、今は他の参加者を探す方が優先なのだ。
目の前の試練を越えるのが先決なのだ。
こっちだって命がけなのだから。
「やっぱり……無いなぁ……」
まぁ……そう簡単に見つかるとは思ってないけど、ここまで何も無いとさすがになえる。
事務所内にあるパソコンからネットを漁ること約2時間。
何も成果を得られないでいた。
結さんはどこかに出かけると言ってそそくさと僕一人を事務所に残し消えてしまった。
はてさて……何を考えてるんだか……
本選開始まで 残り2日