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イレギュラー

「寒い…」

再び全く知らない町中に野放しの如く放置されていることを認識してから呟いた。

ここには昨日も来た。

だが、その時は訳もわからず歩いていたら目が覚めた。

携帯を取り出し、着信歴から電話をかける。

「こちらエルベインでございます。何かご用件でしょうか?」

「寒いんだ……何か防寒具ないかな?」

「防寒具……といいましても……どういった物にしましょうか?」

「なんでもいいよ。―――コートみたいな物でいい。あるかな?」

「色はどうしましょうか?」

「ベージュ」

「了解しました。両手を開いてお待ちください」

そこで電話は切れた。

「両手を?」

とりあえず十字架を模すように手を広げる。

ただでさえ寒いのにこんなんじゃ風も防げない。

すると次の瞬間、肩の上から羽織るような形でベージュのダッフルコートがでてきた。

「………何でもありだな」

腕を通して着てみる。

ぴったりだ…。

「まぁ……いっか」

顔を上げて町を見渡す。

レンガ畳にイルミネーション……結構賑わっている場所のようだ。

だが、人の気配はしない。

前回同様といったところだ。

素肌の上にワイシャツを着ただけの格好ではあまりにも寒すぎるほど風の勢いが強かった。

「さて……どうすればいいのやら…」

他に人がいないか捜してみるか?

この中にいるのが俺だけなら俺だけなので考えられる。

ただ…他にも誰かいるなら話を訊きたい。

携帯の画面を見る。

報告板が設置されていてゲームの進行状況をリアルタイムで確認することができる。

逃げ切った人間も多いみたいだが、掲示板を見るに死亡した人間の数も結構多いようだ。

「一体……何で死んだんだ?」

と、掲示板の中間ほどの位置に他の報告とは違う事が書かれていた。

〈蒼井一哉:アルベルと闘争のち討伐→1〉

「アルベル?」

とりあえずわからない事があったらまず電話だ。

また着信歴からエルベインの名前を探し発信ボタンを押す。

「はい。エルベインでございます。何かご用件でしょうか?」

しばらくのコール音の後に彼女は出た。

「あのさ。単刀直入に聞くけど……アルベルって何?」

「アルベル―――今回予選におきましての敵でございます」

「あの……俺も参加者……なんだよな?……ここにいる以上…」

「えぇ。その通りです」

「でもさ……俺…そのアルベルってやつに遭遇してないんだけど…」

「そうですか。運もまた英雄には必要な要素です。運も実力の内と言いますし」

「そうなのかな……」

関係ないと思うが……。

「戦わないとダメなのかな?」

「いいえ。今回の予選は逃走が主な目的です。まだ戦うのは早いかと…」

「戦えるの?」

「はい。ですが…まだ戦いに慣れない内は少々厳しいかと」

「……どうやって戦うの?」

「私どもに命令していただければお好きな武器をご用意致します」

「さっきのコートと同じか…」

「ですが、制限があります」

「制限?」

「はい。私どもはそもそもあなたがたの“願い”を叶えるのが目的でございます。しかしながら、その願いを行使するにあたって願いの大きさには大小があります。大きければ大きいほど実行するには高いレベルが必要となります。同時に小さな願いには少しレベルで叶えられます」

「いや、意味わかんないし…」

「要は、今の燕崎えんざき様に叶えられる願いはとても限られているということです」

「具体的には……どういう願いがダメなんだ?」

「そうですね……現状では10万円で叶えられるような事しか不可能です」

「いきなり随分具体的になったな…」

「まぁ…例ですから…」

一つため息をついたあと自分のコートを改めて見てみる。

「このコートって……金額的には…その…いくらくらいだ?」

「大体……5万円ぐらいです…」

「高すぎるだろ!」

半分使ってるじゃないか!

「お取り替え致しましょうか?」

「いや…いいよ。これで」

「了解いたしました」

その時、一方的に通話が切られた。

「あれ?」

携帯の画面は待ち受け画面に戻った。

「まぁ…いっか」

その瞬間、今度は電話が かかってきた。

「エルベ――」

〈こちらエルベインでございます。今回、第一次予選通過者に連絡を致します。皆様は昨晩の第一次予選を生き残り、今回もこちらにお越しいただいております。第一次では通達していなかった予選のルールについてご説明致します。今回、第二次予選も昨晩同様アルベル襲撃からの生存となります。制限時間は一時間。時間内に生存し続けた場合予選通過となり、本選へ進出となります。知恵や身体能力を生かして頑張ってください。では…〉

そこで電話は切れた。

何なんだ……一体…。

すると、また電話がかかってきた。

「またか?……何なんだ…」

もちろんかけてきたのはエルベイン。

「もしもし?」

「エルベインでございます」

「何か用?」

「只今燕崎様の近くにアルベルが接近しております」

「………今どこぐらいかわかるかな?」

「前方右折角約10メートルです」

「ずいぶん近いな……」

携帯を耳から離し、前方をじっと見つめる。

灰色のボロボロのレインコートを着て、フードをかぶった人間が“二人”出てきた。

長身と短身……まるで親子だな。

「あれか?」

再び携帯に耳を当て、向こう側に話しかける。

「いかがいたしましょうか?」

「どうすればいいんだ?」

「戦うのもいいですが、逃げるのが妥当です」

「……戦うとして、勝算はあるか?」

「わかりませんが……一人だけアルベルを討伐した参加者はいます」

さっきの……掲示板に書いてあったやつか。

「じゃあゼロじゃないんだな。じゃあ逃げずに戦う」

アルベルに向かい少しづつ前進していく。

「武器はいかがいたしますか?」

「何でもいいよ……残ってる残高全部使って買える武器を出してくれ」

「了解いたしました右手をだしてお待ちください」

僕は電話を切り、ポケットにしまった。

右手を真横に掲げる。

そこに突如現れるように大きな刃のナイフが二本出てきた。

「用意がいいこと…」

二本のナイフを左右手に逆手に持ちかえた。

一気にダッシュをかけ、アルベルまで接近する。

アルベルはまるでこちらに気づいていたように慌てる様子はない。短身の方がこちらに顔を向け動きを見るように軽く守るように構える。

俺は脇下のガードが浅い部分を見つけそこに切りつける。

しかしながら、そううまくいくはずもなくアルベルは軽やかに…というかボクサーのようにして横に避ける。

まぁ…俺も戦い慣れしてるわけじゃないからまともに戦って勝てるわけもないか…。

「じゃあ!」

横を抜きざまにもう片方の手に握っていたナイフをアルベルの背中に向かって投げつける。

さすがにアルベルも背中に目が付いてるわけでもないので避けられるはずはない。

と、思ったらその横に立っていた長身のアルベルが手を伸ばして飛ばしたナイフを弾いた。

「なっ!?」

振り返りざまに後方に下がりアルベルと距離をとった。

弾かれたナイフは寂しく地面に落ちた。

「なんで素手でナイフを……」

アルベルの手をよく見ると長く頑丈そうな爪がついていることに気づいた。

「あぁ…なるほど」

怪物か!っちゅうの…

「くそ……守る役と攻撃役ってか…」

二体で行動している理由はそれか。

「どうすれば…」

すると電話が着信音と共に振動した。

アルベルを目で捕捉しながら電話に応答する。

「はい!」

「エルベインでございます」

「なんだ?」

アルベルはこちらをうかがっているのか動こうとしない。

「燕崎様に交信願いを出している参加者がいるのですが、いかが致しましょうか?」

「今取り込み中だ…」

「了解いたしました」

電話を切った。

とはいえ……ここからどうすれば……逃げるのもありだが…確実に追いつかれる。

なんとかあの二体の動きを止められれば……。

「あ……そうか…」

再び携帯でエルベインに通信する。

「もしもし?…あのさ――」




僕はさっきエルベインに言われた通りに南東を目指してひた走っていた。

「くそ……どこだ?」

周辺を見回しながら走っているが、人の気配はいまだにしない。

「もう一回エルベインに聞いてみたらいいんじゃない?」

「あぁ…そうしてみる」

携帯を開き慣れた手順で電話をかける。

「もしもし?今南東に向かってるんだけど……さっきの他の参加者ってのは現在地からどこぐらいにいるのかな?」

「現在、蒼井様から前方20メートル行った先にある曲がり角を曲がったすぐ先でございます」

「え?…そんなに近いの?」

携帯を折りたたみポケットにしまった。

「どうだった?」

香織は心配そうな顔つきで訊いた。

「すぐそこだ」

僕は走る足を早め、一気に加速する。

角を曲がったさきには一人の男性が突っ立っていた。

この人か……?

足を止め、呼吸を整えてから歩み寄る。

「あ、あの……」

「ん?」

男性はこちらを振り向く。

背丈も僕より少し高い。

年上だろうか……。

「何か用?」

「え?…えぇと……まぁ…そうです」

香織も追い付いてきた。

「見つかった?」

香織の目も男性に向く。

「いや…そんなに見られても何も出ないよ」

「いえ、そうじゃなくて……あなたもこのゲームの参加者……ですよね?」

「え?……もしかして君たちも?」

「えぇ…そうです」

「そうか……会えてよかったよ。―――名前は?」

「蒼井一哉と――」

香織の方を見る。

「な、仲森香織です…」

固くなりながらも挨拶する香織。

「俺は燕崎えんざき 士紅真しぐま。ただの男だ」

なんだこの人……。

「あの……燕崎さんは…アルベルには遭いましたか?」

「アルベル?……って、あれのかと?」

士紅真は背中の方を親指で指差すようにして言った。

そこには道の真ん中で立ち尽くしているニ体のアルベルがいた。

長身と短身……この前僕が殺されかけたアルベルだ!

「あ、危ない!」

香織もそれに気付き構える。

「いやいや…大丈夫だ。もうあいつらは動けない」

「え?…それってどういう…」

でも、確かにこの距離で攻撃してこないのもなんだか不自然だ。

「一体…何をしたんですか?」

「ん〜……何でもないよ」

士紅真は振り返り、アルベルに近づいていく。

迷いのない足取りでアルベルの真横まで歩くとまたこちらを振り返り片手を挙げて安全をアピールした。

「何で……かしら…」

この光景には香織も驚きを隠せないでいた。

もちろん僕も驚いている。

「あ、あの…本当に大丈夫なんですか?」

「うん………多分」

ジャリっと地面の砂利を蹴り、士紅真はこちらに歩んできた。

その瞬間、背の低いアルベルが体を少し曲げ、手を伸ばすように士紅真に向かって攻撃してきた。

「危ない!」

あの距離だと恐らく攻撃がとどく!

士紅真もそれに気づいていない!

「きゃあ!」

香織も顔を抑える。

が、次の瞬間吹き飛んでいたのはアルベルの右腕だった。

血を噴き出しながら士紅真の目の前に落ちる。

士紅真は今動かなかったはずだ…。

なんで……。

腕を失ったアルベルは動かなくなった。

なんだ?……一体何が起こっている…。

「そうか……さよならだ」

士紅真は片手を上に掲げ、それを前に倒した。

その瞬間、後ろで止まっていたニ体のアルベルの体が細かくバラバラになった。

「え……」

士紅真が僕の目の前に来て止まった。

「一体…何をしたんですか?」

香織もその場にへたりこんだ。

「ん?あれ?」

士紅真はなにも知らないような顔で訊いた。

「はい」

「あれは………これだよ」

そう言って士紅真は左の人差し指をクイクイと動かす。

「………で?」

「わからない?」

今度は左手を握りしめ何かを引くように手を大きく動かした。

すると、何かがアルベルの死体の近くから飛んできた。

士紅真はそれを受け止めた。

「それは……ナイフ?」

「うん。ツインナイフだ。これに…」

ナイフの端に何かが付いている…。

キラキラと細い線のようなものがかすかに確認できる。

「何ですか?これ」

「ワイヤーだよ。これであいつらを拘束してたのさ。無理矢理動いたからバラバラになったけど」


なるほど……そういう事か…。

「納得したか?」

「はい」

士紅真は電話を操作してから耳に当てた。

「もしもし……武器をしまいたいんだけど…どうにかならないかな…………へ?……わかった」

電話を切り服の中にしまった。

そして武器を空中に掲げた。

すると、武器の近辺の背景が歪み、吸い込まれるように武器が消えた。

「おぉ!」

士紅真は驚いている様子だ。

「な、何ですか?…何をしたんですか?」

「いやぁ……武器をしまいたいって言ったら…こうすればって」

僕は手にしている刀を見つめた。

そして恐る恐る掲げてみる。

すると、士紅真のナイフと同じようにどこかに溶け込むかの如く消えた。

「すごいな……ってか鞘いらないじゃん」

どことなく呟いた。

「まぁ…とりあえず…君達はこのゲームについてどのくらい知ってるんだい?」

士紅真は遠くを見つめるような眼差しで僕を見ながら言った。

「……恐らく燕崎さんが知ってる以上の事は何も…」

「私達もわからないから情報が欲しくてここまで来たんです」

「……じゃあ俺と目的は一緒か。うん。いいんじゃね?俺も一緒に捜すよ」

「そうですね。そうしてくれると助かります。じゃあ燕崎さんは―――」

「シグマ」

「は?」

「燕崎“さん”なんて堅苦しい呼び方はやめろ。シグマでいい」

「………わかった。よろしくシグマ」

右手を前に出す。

「よろしくな。一哉、香織」

シグマは左右の手を前に出す。

僕と香織はその手を握った。



永遠に続くサイクルを破壊するには今までにない異常要素を含ませなければいけない。

いつまでも循環し続けるこの世界を壊すには取り入れたことのないものを入れるべきだ。

僕がシグマの手を握らない世界がこのサイクルの基本要素なら、イレギュラーなのは僕なのか…それともシグマなのか…それともこの世界なのか…。

今はまだ流れはいつもと変わらない。

だけど、何かが変われば何かが変わる。

いつかは流れが変わる。

止まるか…勢いを増すか……それは僕にはわからない。

イレギュラーな僕にはわからない。


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