第3話 双子
煙だ。あの心地良い煙がまた僕の肺に入ってくるのだ。
あぁ、最高だ。思い浮かべるだけで口がむずむずしてくる。口内を満たす、喉を抜けていく、肺に暫し留まり、また鼻から抜け出していく、心地良い煙。
気が付けば僕は空想のタバコを指で挟み、自然と口に運んでいた。
「ぷはぁー」
あぁ、三日後が楽しみでならない。この世界の煙草はどんな味がするのだろう。
僕は町から少し離れた森の中で一人妄想に耽っていた。現世に未練がある訳ではないのだが、漫画やアニメ、あとはタバコといった娯楽が無いのはこの世界に来てからずっと寂しい気がしていた。しかし、その内の一つがもう少しで手に入るのだ――。
「あんた、なにしてんの」
呆れるような声が背中から聞こえ、僕は慌てて後ろを振り返った。
そこには僕が今一番会いたくない相手、ロッソの姉、ヴァンシエト=ミリアが立っていた。よく見れば、そのミリアの背に隠れてロッソのアホの顔もチラチラと見え隠れしている。
「姉さん、こいつきっといまだに乳離れが出来てないんだよ。だからおっぱいを摘まんでちゅぱちゅぱ吸ってる真似をしてたんだよ。うえぇ、きもちわりぃ奴」
ロッソがミリアの背から顔を出して吐き捨てるように言った。
こう見ると、やっぱり双子なんだなと僕は意外と落ち着いて目の前の二人を観察していた。二人とも綺麗な赤毛に、自信に満ち溢れた力強い眼差しを持っている。身なりも良いからか、そこらの大人より断然威厳があるようにも見える。
「薬草を摘んでたんだよ。それより、ミリアはどうしたの? こんな所で会うなんて偶然だね」
僕は白々しくそう言って籠を背負った。
タバコを吸う真似をしていたとか、薬屋のアルバイトだとか、そういった事情を説明するのは面倒になりそうなのでやめておいた。
「別に、何か用って訳じゃないんだけど。ただ、何発か殴らせてもらいにきたの。殴る理由は、むかついたから。それじゃ、よろしく」
ミリアはそれだけ言うと、ゆっくりと近づいてくるや否や、僕の顔を優雅にグーで一発殴った。その過程には野蛮な所作が一切なく、この打撃に名前を付けるとすれば『貴族パンチ』と言った所だろうか。と、僕は後ろに倒れ込みながらに思った。
「ロッソ、なにか適当な木の棒を持ってきてちょうだい」
殴った手が痛かったのか、ミリアは自分の拳を労わる様にさすりながらロッソに命令を下した。それを聞いたロッソはすぐさまアホ犬のように辺りを駆け回り、幾本かの木の枝を手に取っては具合を確認していた。
「ねぇ、ミリア。きちんと話し合おうよ。何もこんな事をしなくたっていいと思うんだ」
僕はゆっくりと立ち上がり、ミリアを刺激しないように落ち着いた口調で説得を試みた。
「いやよ。だって、こっちの方が早いでしょ」
「いやいや、だからってね、すぐに暴力を振るうのは良くないよ。ミリアももう大人なんだからさ――」
「うるさい」
僕の言葉にうんざりしたのか、ミリアはもたもたしていたロッソのアホから木の棒をひったくり、それを大きく大きく振りかぶった。
「ミリア、満足した?」
僕はミリアの振り下ろしを右腕で受け止めた。彼女の打撃は僕の頭部を狙ったものだった。それはそれは冷酷で激烈な一撃だ。
「その腕、骨、砕けてる?」
無表情にミリアは言う。
「もちろん、この通り。ボキボキだよ」
僕は彼女の一撃を受けた右腕を振ってみせた。肘から下は力が入らず、だらんと垂れさがっているだけの状態だ。痛みは、もちろん酷い。
「ならいいわ。帰るわよ、バカ」
ミリアはすぐ横でバカ面を晒している愚弟に声を掛け、ゆっくりとした動作で僕に背を向けた。
「ざまぁみろ」
アホのロッソは帰り際にそう吐き捨てていた。