おれだけ銃解禁
おれだけ銃の所持及び、自由に使用していいことになった。
正確には毎日一人。二十四時間だけ銃を与えられるのだ。政治家とか頭のいい連中が考えたのだろうこの制度が始まった理由は、おれにはよくわからないが、それでも自分が当事者になってみると少しわかってくることがある。
イジメ、パワハラにセクハラ。考えてもみれば自分がそうやって普段からひどいことをしてきた相手が次、銃を手にするかもしれないのだ。説教さえもためいがちになるだろう。
尤も、今おれの懐にあるこの銃を使って他人を脅したり命令することは禁止されている。判定員が常に傍にいて違反、あるいは時間が来ればすぐに取り上げられてしまうのだ。でないと撃たずして人を殺したり殺させたりできるかもしれない。
あくまで銃の所持、そして渡された一発の弾丸を放つ権利。それだけが与えられている。その弾丸が誰かの頭に命中しても罪には問われない。使いどころを考えろというわけだ。と、そんなような話を昔、職場の同僚たちがしていたのを覚えていた。
禁止されているとはいえ、上手い具合にやれば人を操ることもできそうだが、おれは頭が良くはない。それに王様、独裁者のような振る舞いをすればきっと後が怖い。小心者でもあるのだおれは。
なもんで、考えるのも面倒だし結果、職場でも、いつもと変わらない態度でいることにした。
「なぁなぁ」
「ん?」
「ちょっとさ、その、相談があるんだけどさ」
「なんです?」
「もうちょっとこっちへ……ほら、あの判定員の人がさ、聞いてるからさ……」
おれは手を止め、話しかけてきた同僚を見た。その目線はちらちらとおれとその後ろの判定員に行ったり来たり。どうも聞かれたくない話らしい。でも無駄だ。あの人は撒けない。今朝、おれが住んでいるアパートにやってきた彼らはアタッシュケースから出した銃を渡すと同時におれの足に金属製のリングを取りつけた。発信機らしい。おれが姿をくらまし、銃を隠したりしたら大変だからだ。
おまけに後ろの彼以外にも車で待機していたり、通行人に紛れ込んでいたりもするらしい。常に見張られている状態。もしかしたら機械か何かで会話も常に聞かれているのかもしれない。
「あ、そうなのか……じゃあ、まあ……」
と、おれが一生懸命に説明してやると、同僚はそそくさと離れていった。
同僚がおれに何を相談してこようとしたのかは想像がつく。今日、職場についてから他の同僚や取引先の人などから、すでに筆談などで何人かおれにお願いしに来ていたのだ。
『撃って欲しい人がいるんだけど……』
おれは正直驚いた。自分の人生の中でそんなに殺したい人物がいるのかと。少し怖くも思った。
『金やるからさ頼むよ』
『ちょっとエッチな事させてあげてもいーよ。だから』
『君の給料をアップしよう。だからさ』
『今度さ、女紹介するからさぁ』
お願いお願いお願い。普段は話しかけても来ない、会ったこともない連中が、おれにそうやってひっきりなしにくるのだ。
正直、悪い気はしなかったが怖くなった。この銃が、たった一発の弾丸にそんな力があるのか。それに……。
「あ、お、お帰り! ラーメン食ってかない?」
「お野菜、どう? ほらぁ持って帰ってよ!」
「電球とか大丈夫?」
「ほら、これも持ってって! ……ねえ、ちょっと見せてくれない?」
夕暮れ。駅を降り、スーパーに寄ってから商店街、帰り道を歩く。すると、立ち並ぶ店の店主らがおれにそうやって話しかけてきた。
朝はみんな戸惑っていたのか身を隠すようにしていた。でも今は利用してやろうと考えているのだろう。群がるアリのようにおれの傍に寄ってくる。
みんな、おれが銃の所有者であることは知っている。ニュースやネットなどで今日の銃の所有者が明らかにされているからだ。
明日はまた別の誰かがこの銃を持つ。いや、正確には別の銃か。別にこれ一つしかないわけじゃないんだ。それにこれは朝回収するから他の人に渡すには間に合わない。
この銃も誰かから回ってきたものだ。だって薄汚れているから。
「……あ、お茶。いります?」
アパートの部屋に帰ったおれは冷蔵庫から取り出したペットボトルのお茶を判定員の人に見せた。判定員の人は黙って首を横に振った。
透明人間。いないものと思ってくださいと朝言われた事を思い出し、おれは恥ずかしくなった。
その後もいつも通り過ごした。電気を点けて、カーテンを閉めて、着替えて、テレビを点けてスーパーで買ったお弁当を食べて、風呂に入って、髪を乾かして、布団を敷いて、電気を消して、いつも通り。
「おやすみなさい」
今日はひとりじゃない。けどやっぱり返事はなかった。
壁にかかった時計の音がやけに頭に響く。気にしないようにしても気になる。あの銃のせいだ。でも明日になれば同じだ。同じ。前と同じ。だから平気。まだ時間はあるけど大丈夫。おれに撃ちたい人なんていない。
だから明日、銃を普通に返して、おれも普通を返してもらう。いつもの日常。数十年続けてきたいつもの日々。いつもの、いつもの……。
「今日は、楽しかったなぁ……」
自然と口から出た。零れるように。涙も。
もう、こんな日は来ない。そう思ったらおれは撃ちたい人が見つかった。
もしかしたら、この銃を持った他の人たちもそう思ったのかも。
布団の上で正座して自分のこめかみに銃口を当てる。
政府が言う、弱者救済って言葉の意味がおれにはわかった気がした。