4 突然の隣の席
「どこに行っていたんだい? ほら、準備しないと間に合わないよ」
「あの、ベルノート様? なぜこの席に?」
教室に入ったら私の隣の席にベルノート様が移動していた。
やたらと私の机の周りに人が集まってるな〜と思いながらそれをかき分けて席にたどり着いたら、輝く笑顔で出迎えられてしまった。
「これも、よく知り合うためだと思って……ニナの隣の席の子と場所を変わってもらったんだ」
ダメかな? なんて眉尻を下げて上目遣いに見上げられたらこちらが白旗をあげるしかない。ダメなわけがないです。
しかし、ダメな人が私の他にいるようだわ。
「ニナさんとはご婚約されてるのでしょう? ベルノート様が在学中くらい私たちにお隣の席を譲って欲しいわ」
「えーと、フィーネさん? それは本人に言ってくださらない?」
「ひどいっ! そんな事言ったらフィーネがわがまま言ったみたいに思われるじゃない!」
言ってるんだよなぁ、わがまま。
低い声で私にこっそり持ちかけてきて現在『えーん』と言いながら泣きまねをしているのは、フィーネ・ロブソン令嬢。
私の中の同担拒否の気持ちがむくむくと大きくなっていく。
なんで私が他の令嬢とベルノート様の橋渡しをしなきゃいけないのよ……!
攻撃的な気持ちが大きくなっていく。
困ってベルノート様の方を向いたら、どうしたの? と言わんばかりの微笑みに迎えられた。くっ、顔がいい……!
胸を抑えて一歩後ずさった隙に、私を押し退けてフィーネさんが私の席にすとんと座る。え……?
「えーん、ベルノートさまぁ。ニナさんがフィーネのこといじめるのぉ」
はい?!
いやいやいや、全くそんな事してない!
びっくりして固まっていたら、ベルノート様に見えないようにコチラにむかって舌を出し、犬を追い払うようにしっしっと手を振られた。
「え、そうだった? ところで、フィーネ嬢」
「はいっ、なんですか? ベルノート様」
「僕の隣の席は、僕の婚約者のニナのはずなんだけど」
「ニナさんが私に席を譲ってくださったんですの」
「譲ってないから早く退いてくださらない?」
声が思った以上に冷たくなってしまった。
いけしゃあしゃあと目の前で嘘をつくしベルノート様にベタベタするしベルノート様とおしゃべりしてるしベルノート様に色目を使うし、私のお腹の中にドロドロしたものが溜まっていく。
なるべく感情的にならないように、と抑えたら、すごく平坦な声になってしまった。周りで騒いでいた他の女生徒たちもシン、と静まり返っている。
「ニナ様ってこわーい……」
誰かがそんなことを言った。
すぐにそれは伝播していき、ヒソヒソと囁き合われる。
ただ私は自分の席に座ろうとしただけなのに、なんでこんな惨めな状況になっているんだろう。
悔しくて、動揺した顔を見られたくなくて俯いていたら、誰かの手が私の頬に触れた。
「もちろん、僕の隣の席はニナだよね? 授業も始まるし、はやく皆席に戻って。ニナは何もおかしなことは言ってないよ」
「べ、ベルノート様……!」
ベルノート様は私に微笑みかけてくれている。
もうそれだけで私は報われたので人生に一片の悔いなし、床に座って授業を受けるのでも構わないという気持ちで胸が満たされていく。
周りの令嬢たちもそんな様子を見てそれぞれの席に散って行ったが、フィーネさんだけは不貞腐れたように口を尖らせて退こうとしない。
えーと、普通に困るんだけど……。
「仕方ないね、フィーネ嬢の席にニナは移ろうか」
「え……」
「ベルノート様っっ!」
私が裏切られたという、地獄に一瞬で突き落とされたかと思ったと同時、フィーネさんが手を組んで嬉しそうに顔を輝かせる。
「僕はその隣の人にまた席をかわってもらうよ。さ、授業が始まるから移動しよう」
「……! は、はいっ」
神の提案かしら? ベルノート様が笑顔で促すから、私も当たり前のようにそうしようかなと思っている。座る場所そのものには思い入れも無いし。
そんなやりとりを目の前で見せられ、フィーネさんはがたんと音を立てて立ち上がって自分の席に戻って行った。
少し気の毒なことをしたかな、と思ったけれど、もう授業が始まるのは本当だ。
(それに、ムキになってもっと嫌な気持ちにさせてしまったかもしれないし……)
「ニナ、座って」
「は、はいっ」
ぽんぽん、と示された隣の席に座る。
すぐそこにベルノート様がいる。心臓がドキドキとしてきた。
なんだかじっとこちらを見られている気がするが、むりむり、私はそちらを向けない。ドキドキしすぎてお菓子が出てしまう。
私はなるべく平静を装って、一時間目の教科書を取り出した。
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