2 唐突に詰められる距離
「おはよう、ニナ。迎えにきたよ」
「は? へぇ……? えっ、えぇええ?!」
学園に向かうため、身支度を整えてタウンハウスのエントランスを出ると、目の前には公爵家の家紋が入った馬車と、ベルノート様が立っていた。
え、嘘、夢? 夢かもしれない。最近は思い詰めすぎてよく眠れてなかったもんだから、うふふ。
「夢じゃないよ、ニナ?」
「ひっ、ぁあああ」
現実を現実と認められず朝からキャパオーバーを起こしている間に、ベルノート様がすぐ目の前にいた。
そのうえ、私の片手を取って、手の甲に唇を寄せている。
火を噴く勢いで私の顔が真っ赤になり、変な声が出てしまった。
「ねぇ、ニナ。僕たち婚約者として、もっとお互いに知り合うべきだと思うんだ」
「そ、そそそ、そうです、ね、ベルノート様……?」
「だから、いいよね? 僕が君を毎朝迎えにきても」
朝陽だけじゃなく漏れ出る輝きのオーラのせいでベルノート様が眩しい。
美しいかんばせに微笑みを浮かべて尋ねられているが、私が至近距離でこんなことを聞かれてNOと言えるはずもない。
鼻息がかかりそうで怖くて息をとめていたので、声で返事はできないため、こくこくと頷いた。
笑みを深くしたベルノート様に手を引かれてエスコートされ、公爵家の馬車に乗り込む。
「断られなくてよかった。毎朝こうして君と二人きりで登校できるなんて、夢みたいだ」
「わた、私も、私も夢みたいです、ベルノート様……!」
ま、眩しい! ベルノート様の無垢な笑顔が眩しすぎる!
朝からドキドキしすぎて、今日一日体力がもつかどうか心配になってしまった。
そして、自分の中で普段は感じない『何か』が蓄積されていくのが分かる。
(ど、どうしよう、このままだとダメかも……は、早く学園について、お願いお願いお願い)
嬉しいとかどうしてとか朝から眼福とか馬車なのにいい匂いがするとか、そういった感情がどんどん実感を伴って蓄積していく。
私は胸の前で手を組み、ぎゅっと目をつぶってベルノート様を断腸の思いで視界から消した。ごめんなさい、匂いだけでも危うくて……!
王城の隣にある学園は、正直うちからだと馬車に乗らなくても大した距離ではない。
すぐに学園につき、校門の前に馬車が寄せられ、御者が恭しく扉を開いた。
「送ってくださりありがとうございましたベルノート様またのちほど失礼いたします!」
「え、ニナ?」
降りる時もエスコートしてくれようとしただろう手が差し出されているのが一瞬見えたが、一息に言って私は校舎にダッシュした。
はしたないのは分かっている。分かっているけれど、今は緊急事態なので許して欲しい。
そして、エントランスから最も近い空き教室(私調べ)に駆け込み、内側から鍵をかける。
朝早くの登校だったから、あまり人がいなくて助かった。
「はぁ~~……大好き、ベルノート様……」
安心しきって堪えきれない感情を口に出すと、ぽんっ、と何かが可愛らしく弾ける音がする。
そして、私の周囲に次々と、ぽん、ぽん、と『お菓子』が出現した。
抑えきれないトキメキや喜びが、お菓子となって現れる特異体質。
空中に出てきたそれは、一体どこから、どうやって出てきているのか分からないが、見事なマドレーヌにマフィンにキャンディにクッキー、全部お菓子だ。出来立てで美味しそう。
一つ一つ回収して、いつも鞄に持ち歩いているお菓子回収袋に詰め込む。
――こんな訳の分からない食べ物なんて誰も食べたがらないのも分かっている。
それに、他に似たような特異体質の人がいないことも、今までに現れたことがないことも、分かっている。調べた。
「はぁ、これ、毎朝続くんだよね……」
「そりゃ大変だな、俺がその菓子貰ってやろうか?」
「へっ?!」
空き教室に入ったはずだ。ここは校舎の入り口に近く、行事があるときや道具を使うときに、一時的に備品を移しておくための部屋なのだ。
なのに、声はそこの奥から聞こえた。
「朝飯くいっぱぐれてどうしよっかな~って思ってたんだ。一個くれよ」
「あ、え、えぇえ?!」
のそりと備品の裏から姿を現したのは、学園の騎士科の有名人、アベル・カジミールだった。
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