1 婚約者のおっかけをしています
週末ですので(?)、異世界恋愛の新連載も初めました。
久しぶりですがよろしくお願いいたします。
「あぁ~~! だめ、だめだめだめ、そんな笑顔向けちゃだめ~~!!」
そう小声で叫んでみたものの、届くはずもない。従って、婚約者様が笑顔を有象無象の令嬢に振りまくのをやめる気配もない。
遠く離れた(50メートル離れた場所の柱の影)場所からこうしてハンカチを噛んで見つめるしかできない自分が憎い。
いや、モテすぎる私の婚約者、ベルノート・アインリヒ様がいっそ憎い! ……嘘、大好き!
銀色のさらさらの髪も、思慮深そうなアメジストの瞳も大好き。完璧な配置の美しい顔と、物腰の柔らかい性格で微笑む姿もすっごく好き!
……誰もがそう思うからこそ、ベルノート様の周りにいる令嬢たちも彼を囲んでいるんだろうけれど。
自分がおかしいくらいにベルノート様が大好きな自覚があるので直接何か行動を起こしたことはないけれど、恨みがましい視線をどうしても向けてしまう。柱の影からなので許して欲しい。誰も気づいていないし。
「今日も絶好調でストーカー? あんたも懲りないね~ニナ」
「マ、マ、マ、マーゴ! いつここに!? あとストーカーじゃなくて追っかけだからね」
神出鬼没の伯爵令嬢マーゴ・リエティが、私の背後から急に現れて声をかける。
びっくりしすぎてその場で飛び上がってのけぞると、ごめんごめん、と軽い調子で謝られた。いつものこと。
「……っていうかも~~聞いてよ~~!」
「はいはい、最近できたカフェでパフェ一個分聞いてあげる」
「うわーん、優しい~~!」
親友で悪友のマーゴに抱き着き、今日一日分の鬱憤を聞いてもらうために移動する。
うまくカモられている気がするけれど、これが毎日のことなのだから、マーゴもよく付き合ってくれると思う。
自分でも面倒くさい女だと思うけれど、こればかりはどうしようもない。発散しなければ、いつか思い詰めてベルノート様を監禁……いえ、軟禁するかもしれない。
婚約者であるベルノート様に遠いこの場所からそっと視線を送り、ごきげんよう、と心の中で挨拶をして、学園を後にした。
彼からの視線がこちらを向いていることには、私はこの時全く気付いていなかった。
ゴート大陸の西にあるオセアン王国は、海に面した気候も人柄も穏やかな国。
オセアン王国の王都は海沿いにあり、貿易港を抱えるソリンという都だ。
私はニナ・カーティー。お父様はカーティー侯爵で、領地は代官に任せて王城で宰相を務めている。
昔は父と母と兄と一緒に領地に住んでいたのだけれど、今の王様が即位するのに合わせて家族みんなで王都に越してきた。
当時5歳だから、引っ越しの記憶はあんまりないんだけど。その後すぐに、私はベルノート様と婚約した。
ベルノート様はアインリヒ公爵の嫡男で、下に弟と妹がいる。この二人、すごく可愛いんだよね。
家族みんな美形できらきらしていて、平凡な容姿の私がベルノート様の隣に立つのは緊張する。
ピンクブロンドの髪に、すぐそこの海と同じブルーの瞳。
色合いは可愛らしいと思うけれど、別に顔立ちは美人ではないと思う。あんまり人に褒められたことはないし。
マーゴは少し吊り目がちの美人で、さっぱりした性格と面倒見の良さで、学園でも人気がある。
よく知らない子に話しかけられているし、社交性も高い。私は……もう少し、頑張りましょう、かな。
それに、私は特異体質が発現してるから、それもちょっと恥ずかしい。学園で知っているのは、マーゴと先生たちくらい。知られたくなくて、ベルノート様だけじゃなく、他の人ともあまり深い交流はしていない。
特異体質は10人に1人の割合で発現するもので、そこまで珍しいものじゃない。
能力は色々だけれど、基本は何かを出す能力。
炎が出せたり水が出せたりっていう人は騎士団に入ったりするみたい。
私のは……そういうものじゃないから、何の役にも立たないんだけど。
私もベルノート様も、そして親友の伯爵令嬢であるマーゴも、この国の王侯貴族は王都の学園に通うことになっている。
簡単な試験はあるけれど、15歳から18歳の間は学園で過ごす。同年代の貴族の令息や令嬢との横の繋がりを作るのが主目的……なんて言われているけれど、素直に授業は楽しい。
「だからね、学年も一緒だし同じ学園に通えるのは嬉しいんだけどね!」
「うんうん」
「どうっしてもベルノート様の他のファンを受け入れられないの……」
私の声が一段低くなる。
目の前には最近話題のスイーツであるクレープが、お皿に綺麗に盛り付けられて出されていた。白いお皿を金で装飾していて、周りのお客も若い貴族の男女が多い。
マーゴの前にはクレープの隣に、空になったパフェの器もあった。
「あぁ~本当に無理なの……なんで私の婚約者なのに他の女の子たちが群がってるの? ワンチャンもないけど? ちょっと微笑んで一言声をかけてもらえればそれでいい~って言ってるのはわかる、わかるけど」
「そうだね」
「髪の毛一本から爪の先まで私の婚約者なの……」
「まったくもって」
「……ベルノート様って超かっこいいよね?」
「いやその通り」
「ファンクラブできるのも当たり前だよね?」
「うんうん」
「マーゴ、相槌が一周したわよ」
「そうだね、……あは、ばれた?」
じとっとした目で思わずマーゴを見てしまう。
いつも同じ内容で申し訳ないとは思うのだけれど、それでももうちょっと真剣に聞いて欲しい。
目の前のクレープに取り組む集中力の、半分の半分くらいでいいから。
「つまりさ~、ニナは結局、どういう状態が理想なのよ?」
「それは、……わかんなくなっちゃったの」
クレープを一切れカットしながら、沈んだ声で答える。
巷に溢れる大衆小説に出てくる、同担拒否、という状態なのは自分でも分かっている。
だけど、かといっていずれ公爵になり国内貴族を取りまとめる立場にあるベルノート様に、社交しないで、なんて言えない。そういう分別はちゃんと持っている。
家同士の繋がりを深くするための婚約というのは理解しているし、なのに、家に不利益があるようなことを望むのは違う。
私はベルノート様が大好きだけれど、ベルノート様はいつでも誰にでもにこにこしているから、実際はどう思っているのか分からない。
「……嫌われたくない」
「でも、今の状況は辛いんでしょ?」
「そう……むり……」
クレープを口に含むと、果物を甘く煮たコンポートとクリームの甘さがふわりと広がる。
なのにしょっぱい気がする。じわりと涙が浮かんできた。誤魔化すように、マナーの範囲で勢いよく食べ進める。
「ほらほら泣かないの。じゃあさ、一回ベルノート様に相談してみたらどう?」
「え、無理じゃない……?」
だって、同担拒否なのですけど、なんて相談されても困るだろうし。
昔から、あらゆる場所であらゆる女性にもてるベルノート様に対して、最近では感情を抑えられず避けがちにもなっている。最近というか学園に入学した二年前から。
このままでは結婚も難しいかもしれない。
そう思ったら、人生そのものが無理な気がしてきた。もうベルノート様を知らない頃には戻れないけれど、今のベルノート様の近くでにこやかに過ごすのはもっと無理。
「……婚約解消、かなぁ」
「それは早計でしょ! 冗談でも言っちゃダメだって」
「ごめん、そうだよね」
ちょうど食べ終わったので帰ろうと、お会計を済ませて二人でカフェを出る。
このお店は当たりだ。また来よう。
そんな風に話しながら、大通り近くの車止めにいたお互いの家の馬車に乗って帰宅した。
まさかそれもずっと見られていたなんて、この時の私は本当に一切気付かなかったのだけれど。
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