第七話
その夜、僕はわずかな小遣いを握り締めて普段乗りなれない自転車をまたぎ隣街まで足を広げてみた。
僕の住んでる街では売ってなかったけれど、もしかしたら隣街ならあるかもしれないと考えたからだ。
きぃちゃんはああ言ってたけど、きっとものすごく悔しかったはずだ。
それこそ、隣街まで行きたかったと思う。
でも僕にこれ以上迷惑はかけられないと思ったからあきらめたんだと思う。
だとすれば、一緒に行った僕にも責任がある。
僕は自転車をまたいで片道30分の距離を必死にこいだ。
本屋さんって何時にしまるんだろう。
今、20時30分だから21時閉店だとギリギリだ。
なんとか事故らない程度に急いで向かった。
隣街の本屋さんなら何度か行ったことがある。
両親の車で近くを通った時に立ち寄っただけだから、自転車で行くとかなりキツかった。
それでも、なんとかギリギリ本屋さんにたどり着いた。
「わーーーー!! 待って待って!!」
自動ドアを閉めようとする店員さんに慌てて詰め寄る。
「き、今日発売の……じゅ、じゅじゅちゅおんみょう……」
噛んだ。
そしてタイトルが思い出せなかった。
「えーと、じゅじゅつ、おんみょう、えーと……」
「呪術陰陽道中膝栗毛列伝三四門会五郎絵巻~猿飛佐助十二神将破壊烈級章~ですか?」
「そうそれ! それ、ありますか!? 初回限定版!」
「お客さん、運がいいですね。ちょうど一冊残ってたんですよ」
そう言って店員さんが持ってきたのは、見るからに奇抜なカバーイラストの『じゅじゅつおんみょう、うんたらかんたら』だった。
そこらじゅうに妖怪のイラストが描かれ、死体が転がり、血が飛び散ってるおぞましい表紙だ。
っていうか、きぃちゃん、趣味悪……。
「こちらでよろしいですか?」
「は、はい! それください!」
「五千六百円です」
「高……」
ぼったくりだろと思える金額のそれを買い、僕は店をあとにした。
僕はそのまま自転車を転がし45分かけて家に帰った。
こんな時間まで出歩いたのは生まれて初めてだったけど、なんかすごく充実した気分だった。
たまにはこうして夜の街に繰り出すのもいいかもしれない。
でもまあ、これが不良の道の始まりなんだろうな。
僕は手に持った『うんたらかんたら』を脇に抱えると、きぃちゃんに電話した。
『きぃちゃん、起きてる?』
『……起きてるよ』
いつもは明るい声なのに、今日はちょっと暗い声だ。
よっぽど落ち込んでるんだろうな。
『外、見て』
そう言うと、きぃちゃんは不思議そうな顔をしながら部屋のカーテンを開けた。
僕はそんなきぃちゃんに高々と例のアレを掲げて見せる。
するときぃちゃんはすぐに窓から姿を隠し、玄関のドアを開けて飛び出してきた。
「た、た、た、たくみくん! それ!」
「きぃちゃんが欲しがってたやつ。プレゼントしようと思って手に入れてきたよ」
「ど、どうやって……」
「隣街まで探しに行ってさ。むこうだったらまだあるんじゃないかって……うわっ!」
言い終わるか言い終わらないかのうちに、きぃちゃんは僕の身体に抱き着いてきた。
「うあああああああ! ありがとう! ありがとう!」
お風呂上りだったのか、せっけんの匂いが身体中から漂ってきて、腰が砕けそうになった。
「たくみくん、このご恩は一生忘れない!」
「大げさだな」
気づけば頬にキスまでされて、全身が火照ってしまった。
「ありがとう、本当にありがとう!」
「う、うん……。それよりもきぃちゃん、パジャマ……」
僕の一言にきぃちゃんは慌てて身体から離れ、自分の格好を見て顔を真っ赤に染めた。
今自分がパジャマ姿で表に出ていることに初めて気が付いたらしい。
「やんっ!」
家の中に逃げ帰ろうとするきぃちゃんの手に、初回限定版のアレを渡してあげた。
「きぃちゃん、また明日ね」
バタン、とドアを閉めたきぃちゃんは、またそっと玄関のドアを開けると、顔だけ出して恥ずかしそうに言った。
「たくみくん、また明日ね。大好き♡」
今度こそ本当にパタンとドアを閉めたきぃちゃん。
僕は最後の言葉にしばらく足が動けないでいた。