第六話
「おはよう! たくみくん!」
その日から毎朝きぃちゃんが迎えにくるようになった。
美少女のお迎え。
正直、死んでもいいレベルの嬉しさだけれど、学校に着くころにはそれが逆転していた。
「またあいつと歩いてるよ」
「マジなんなの、あいつ」
「長ナスめ」
「誰かなんとかしてくれよ」
教室につくまで聞こえるかのような罵詈雑言の嵐。
「おはよう、神宮司さん。チッ!」
「神宮司さん、今日も可愛いね。チッ!」
「おはよう、清美さん。チッ!」
そして教室に着けば僕を見るなり舌打ちの嵐。
ああ、つらひ……。
まあ、そんな僕をきぃちゃんは見捨てずにずーっと一緒にいてくれるからいいんだけど。
「ねえねえ、たくみくん。今日の放課後さ、街まで行かない?」
「街?」
「欲しい本が今日発売なんだー」
「へえ、そうなんだ」
……見える。
クラス中の男子たちの耳がめっちゃ大きくなってるのが見える。
こいつら絶対、放課後街に繰り出すだろ。
「うん、いいよ」
「やった! 一人じゃ心細くて……」
そりゃあ、これだけの美少女だ。
街に繰り出したらそこら中から声かけまくられるだろう。
「じゃあ、放課後ね!」
そして放課後。
終業のチャイムが鳴ると同時にクラス中の男子が一斉に走り出していった。
「………」
ありゃ絶対先回りして
「あれ? 神宮司さん。奇遇だね」
って言う作戦だろ。
浅はかすぎる。
でもそんなきぃちゃんは男子たちの思惑など知る由もなく、
「はやく行こ行こ! 売り切れちゃう!」
と僕の袖を引っ張っていた。
※
「すいません、〇〇芸能事務所の者なんですけど!」
「××プロモーションですが、ちょっとお話いいですか!?」
「私、こういう者なんですけど、モデルに興味ありません?」
案の定。
街に繰り出した瞬間、ゾンビの群れのごとくギョーカイっぽい人たちが群がってきた。
「ごめんなさい、ちょっと急いでるので」
きぃちゃんはやんわりと断り続けていたけれど、どこからともなくギョーカイ人がどんどんあふれ出る。
「話だけでも!」
「テレビに出たくありません!?」
「写真撮らせてくださいませんか!」
っていうか、どんだけいんだよ、ギョーカイ人!
これは確かにきぃちゃん一人じゃ街歩けないわ。
すると今度はクラスの男子生徒たちが次々と現れた。
「あ、あれ? 神宮司さん。奇遇だねー」
バレバレのサングラスをかけながら偶然を装うクラスメイトA。
「もしかして神宮司さんもここのアイス食べに来たの?」
ちゃっかり二人分のアイスクリームを用意して待っていたクラスメイトB
「お、清美ちゃんじゃん。もしかしてオレのストリートダンス見に来てくれたのー?」
ステップがずれまくりながら、なんかよくわからないダンスを披露しているクラスメイトC。
今、気づいた。
僕のクラスの男子生徒はバカばっかだ。
いや、それもきぃちゃんがいるからだろう。
きぃちゃんがいるから少しでもお近づきになろうと必死なのだ。
その努力が完全に空回りしてるから切ない。
きぃちゃんは一人一人に丁寧にあいさつを交わしながら、目指す本屋さんへと直行した。
「……売り切れ、ですか?」
「申し訳ございません、先ほど完売してしまいまして」
店員さんが顔を真っ赤にそめながらも申し訳なさそうに謝る。
どうやらきぃちゃんの欲しかった本はタッチの差で売れてしまったようだ。
「そうですか……」
しゅん、と落ち込むきぃちゃん。
あんなに邪魔が入らなければ買えたであろうに、なんかちょっと可哀想に思えた。
「再入荷の予定はないんですか?」
念のため店員さんに尋ねてみる。
「初回限定版ですので、再入荷はないんです」
今度こそ完全に打ちひしがれて、きぃちゃんはトボトボと店を出た。
慌てて追いかけてはみたものの、その落胆ぶりはすさまじかった。
「はあ、買えなかった……」
「なんて本が買いたかったの?」
「呪術陰陽道中膝栗毛列伝三四門会五郎絵巻~猿飛佐助十二神将破壊烈級章~」
「………」
なんて?
「え、えーと、なに?」
「呪術陰陽道中膝栗毛列伝三四門会五郎絵巻~猿飛佐助十二神将破壊烈級章~」
いや、ちょっと聞き取れないタイトルなんですけど……。
「太宰府天神丸与謝野蕪村武村武三渾身丸斎様の小説でね。地獄陰陽道夢幕府権藤獏之新シリーズの第9作目なの」
作者名もすごいな!
誰だよ!
「たくみくん、読んだことある?」
「い、いや、聞いたこともない」
「すっごく面白いんだよ!? 主人公の無我夢中膳後藤膝栗毛無問題近衛兵長丸が、ヒロインの姫野綾加辺美琴沙羅双樹万野巫女姫乃と一緒に……」
長い!
長いよ、キャラクター名が!
それだけでゲンナリするよ!
「1年ぶりの新作で、作者のサイン色紙と完全オリジナルドラマCD付きだったの。作者の希望で予約は完全NGで、早い者勝ちだったから……」
「そっか」
「発売日が決定してから指折り数えてたんだけどなあ」
タイトルはアレだけど、そんなに欲しいものだったんだ。
しかもタッチの差で完売なんて。
それを考えるときぃちゃんの落胆は計り知れない。
「今日はありがとね。付き合ってくれて」
「ううん、むしろお役に立てなくてごめん」
「そんなことないよ、一緒に行ってくれて嬉しかった」
無理に笑ってるきぃちゃんの笑顔が切なかった。