第二話
「あれ? 言ってなかったっけ?」
その日の夕食、僕は母さんから神宮司一家が隣に引っ越してきたことを聞かされた。
「ずいぶん前から決まっててねー、引っ越し前に清美ちゃんのお父さんから『よろしくお願いします』って電話もらってたのよー」
「言ってよ! 今日、学校から帰ったら見たこともない美少……んんっ! 女の子がいて焦ったんだから!」
「あら? あなたたち仲良かったじゃない。むしろサプライズな再会で嬉しかったんじゃない?」
「思わず無視するところだったよ」
ぶつくさ文句を言いつつ、味噌汁を口に運ぶ。
「あ、そうそう。それでね、清美ちゃん明日からたくみと同じ高校に通うことになるから。一緒に登校してあげてくれる?」
「ぶーーーーーーーッッッ!!!!!!」
思わず飲んでいた味噌汁をぶちまけてしまった。
「ちょっとたくみ! 何してんの!」
慌てて自分の料理を避難させる母さん。
でも僕にはそれどころではなかった。
「げほ、げほ。な、なに? もう一回言ってくれる?」
「だから、明日から清美ちゃんと一緒に登校してって」
「………」
い、いやいやいや、ないないない!
いくら幼なじみの女の子だからって、あんな美少女と一緒に登校なんて出来るわけがない!
「ほら、昔住んでたとはいえ、久しぶりで慣れない街だし。清美ちゃんのご両親からもたくみと一緒だったら安心するって言われてるし」
「い、いやー、そんなに危険はないと思うけどなー」
むしろ僕のほうが危険だ。
緊張のあまり走っているトラックにダイブするかもしれない。
「僕は死にましぇーん」どころじゃない。たぶん死ぬ。
「なに? 嫌なの?」
「べ、別に嫌ってわけじゃ……」
嫌だけど。
でも拒否するのに納得させられる理由が思い浮かばなかった。
美少女になってて緊張するから、なんて言えるわけがない。
「じゃ、決まりね。明日7時30分に清美ちゃんが迎えに来るから一緒に行ってあげてね」
「………」
すでに決定事項だったようだ。
※
翌朝。
母さんの言う通り、7時30分ちょうどにきぃちゃんが来た。
まるで時報でも聞いていたかのようにぴったりの時間だった。
こういう几帳面なところは昔のままだ。
「おはよう、たくみくん!」
「お、おはよぅ」
うわあああああぁぁぁ。
制服を着たきぃちゃんもまたとんでもなく可愛い。
いや、可愛いのレベルをはるかに超えてるぞ?
なんだこれ。
天使か。
「ど、どう? 似合うかな?」
顔を赤く染めながら初めて着たであろう制服を見せびらかす。
くっふうぅ!
このまま膝から崩れ落ちたい!
「きゃー! 可愛いー!」
その時、きぃちゃんに気付いた母さんが背後からパシャパシャ写メを撮りまくってきた。
人の後頭部ごしに撮るなこら。
「清美ちゃん、すっごく可愛い! 似合ってる!」
「うふふ。ありがと、おばさん」
嬉しそうに笑うきぃちゃんのこれまた眩しいこと。
ああ、尊すぎて死んじゃいそう……。
「じゃあたくみ。気を付けて行ってきなさいよ」
「う、うん。じゃあ行ってきます」
「おばさん、行ってきまーす」
「はーい、気を付けてね」
こうして僕は元気に手を振る彼女と一緒に歩き出したのだった。
※
「それにしても不思議だねー」
美少女と並んで登校するという過去最大級のイベントを決行している中、きぃちゃんが笑いながら言ってきた。
「昔、一緒に遊んだたくみくんとこうして一緒に歩いてるなんてね」
「そ、そうだね」
まったくもっておっしゃる通り。
ついでに言うなら、きぃちゃんの変貌ぶりも不思議でしょうがない。
「ふふふ、ずっとこうしてたくみくんと並んで学校に行くのが夢だったんだー」
「へ? どうして?」
「だってドラマみたいじゃない。幼なじみと一緒に登校だなんて」
ドラマかぁ。
ドラマなら美男美女が前提だけど、僕じゃなあ……。
「だからたくみくんと同じ高校に通えて本当に嬉しい!」
ああ、後光が射してらっしゃる。
「あ、そうそう! 忘れないうちに渡しておくね!」
言いながらきぃちゃんはゴソゴソとカバンの中をまさぐった。
「はい!」
そう言って差し出してきたのは1枚の紙だった。
「……なにこれ」
「家の電話番号!」
「家の?」
「私、スマホ持ってないから」
「まぢで!?」
え? いまどきいるの? 高校生でケータイ持ってない子。
僕でさえ持ってるのに。友達いないけど……。
「だから何かあった時はここにかけてきて」
「う、うん、わかった」
とはいえ、たぶんかけることはないだろう。
こうして話してても緊張するのに、電話ごしでなんて言ったら何もしゃべれなくなりそう。
「お父さんもお母さんもたくみくんだったらいいよって言ってくれたから、両親が出ても大丈夫だよ」
それはそれで気まずい気がする。
でもまあ親公認なら安心かな。
「たくみくんは持ってるの? スマホ」
「う、うん、まあ」
「わあ、見せて見せて!」
目をらんらんと輝かせるきぃちゃんにおされて、僕はポケットからスマホを取り出した。
「わー、すごーい! 意外とおっきいんだねー! 画面きれーい」
子どものように(実際子どもだけど)はしゃぐきぃちゃんを見て、自分の手柄ではないのになんだか誇らしい気持ちになった。
「ね、ね。写メ撮っていい?」
「え? いいけど……」
「どうやって写すの?」
「これをこうやって……」
きぃちゃんがスマホを持っているから、自然と体が密着してしまう。
近づくとめっちゃいい匂いがしてドキドキしてしまった。
そんな僕のドキドキをよそに、きぃちゃんはスマホのカメラで通学路の風景を一枚スマホにおさめた。
「おおー、なるほどー」
「……簡単でしょ?」
「じゃあさ、2ショット2ショット!」
そう言ってきぃちゃんはグーッと顔を寄せてきた。
ち、近い……!
ドキドキがさらに跳ね上がる。
「……あれ? 空しか映らないよ?」
「内側のカメラにしてないからでしょ」
そう言ってスマホのカメラを内側に設定する。
その瞬間、画面にものすごい美少女とものすごいブサメンが映し出されて悲鳴を上げそうになった。
「映った映った!」
「……あ、あはは」
……地獄だ。
きぃちゃんと並ぶと自分のブサイクさが際立ってかなりへこむ。
2ショットの写メを撮り終えたあと、きぃちゃんは大変満足したらしく「現像したら一枚焼き増ししてね」と言ってきた。
フィルムカメラじゃないんだから……。
でも、そんなきぃちゃんも可愛かった。
こんな美少女と連れ立って歩いていたら何を言われるか。
僕は大きな不安を抱えたまま、きぃちゃんと学校へと向かった。