最終話
「いやー、このお肉最高ですな」
「神宮司さん、この刺身も格別ですよ」
「どれどれ? ん、こりゃ美味い!」
夜。
僕らは旅館の人に運んでもらった食事を食べながら盛り上がっていた。
正確には僕ときぃちゃんを除く全員だけど。
きぃちゃんはあれからやけに静かになってしまい、食事中もあまりしゃべらなかった。
ううう、やっぱり昼間のあれが尾を引いてるのかな。
さすがに「きぃちゃんの旦那さん」発言は無神経すぎた。
キモいから話しかけないでと言われてもおかしくない。
幸い、そこまでは言って来なかったけど、きぃちゃんのテンションの低さはみんなが気になってるようだった。
うちの両親ときぃちゃんの両親が「美味い美味い」言いながらチラチラときぃちゃんを横目で見ている。
「清美、このお吸い物美味しいわよ?」
「清美ちゃん、この天ぷらあげましょうか?」
神宮司ママとうちの母さんも一生懸命話しかけているが、手ごたえがないようだ。
きぃちゃんは「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」と苦笑いを浮かべながら断っていた。
ああ、つらい。
美少女の気を使った笑顔がつらい。
「私、食欲があまりないので温泉入ってきますね」
きぃちゃんはそう言うと、箸を置いて部屋を出て行ってしまった。
「たくみいいぃぃぃ! どういうことだあああぁぁぁ!?」
「僕らが温泉に行ってる間に何があったんですかああぁぁぁ!」
きぃちゃんがいなくなった途端、4人から詰め寄られる僕。
ですよねー!
気になりますよねー!
僕はこの場の空気を悪くした犯人なので、この部屋でどんなやりとりをしたか正直に父さんたちに伝えた。
「た、たくみくんのお嫁さんになる?」
「きぃちゃんの旦那さんになる?」
僕らの発言を聞いて固まるお互いの両親。
そりゃそうだ。
僕自身、今振り返っても気持ち悪かったと思う。
「全部僕がいけないんです。こんな僕がきぃちゃんの旦那さんになりたいだなんて、そりゃ怒るに決まってます。きぃちゃんの気持ちも考えないで無神経すぎました」
すいません。と神宮司パパと神宮司ママに謝ると、二人は顔を見合わせて笑い出した。
「はっはっはっは! なーんだ、そんなことか!」
「うふふふ、まったく清美ったら。そんなことで落ち込んでたのね」
「え? え? え?」
どういうこと? どういうこと?
「たくみ君は、うちの娘が怒った理由が本当にわからないのかい?」
「あ、だからこんな僕が旦那さんになりたいだなんて……気持ち悪いから……」
「その言葉、君は冗談のつもりで言っていたのかな?」
「い、いえ……」
きぃちゃんの両親の手前、言いづらいけれど。
僕はそれが本心から出た言葉だと伝えた。
「だとしたらさ。それが冗談だと言われたらそりゃあショックだろうさ」
「え?」
「清美は君が旦那さんになりたいと言った時、何か言ってなかったかい?」
「あ……」
彼女は僕が「きぃちゃんの旦那さんになることかな」と言った時、こう言ったんだ。
『ほんとに私をお嫁さんにしてくれるの!?』と。
僕はこの瞬間、気が付いた。
きぃちゃんの語った夢は本当の夢だったということに。
僕のお嫁さんになることが彼女の夢なのだということに。
「……僕は、バカだ」
僕は立ち上がるとすぐにきぃちゃんを追いかけた。
※
「きぃちゃん!」
温泉に向かう通路の奥で、僕はきぃちゃんに追いついた。
「たくみくん……?」
振り返ったきぃちゃんの目は赤かった。
まさか泣くほどのことだったのかと強く後悔する。
「よかった、追い付いた」
「どうしたの? まだ食事中じゃ……」
「ごめん」
きぃちゃんの言葉を遮って僕は頭を下げた。
「な、なに? どうしたの?」
「昼間の言ったこと、冗談なんて言ってごめん」
「たくみくん?」
「きぃちゃんの気持ちに気付かずに、無神経なこと言っちゃった」
きぃちゃんはきょとんとした顔で僕を見ていた。
ああ、くそ。
こういう顔もめっちゃ可愛いなあ。
……じゃなくて!
「冗談なんかじゃないよ」
「なにが?」
「きぃちゃんの旦那さんになりたいって言葉」
「え?」
「僕の本心だから」
僕は拳を握り締めながらゴクリと唾を飲みこんだ。
そして意を決して言った。
「僕の夢はきぃちゃんと結婚して素敵な旦那さんになることです!」
きぃちゃんは昼間見た時と同じく目を大きく見開いて、僕を見た。
今度は「冗談」なんて言わない。
だって僕の本心だから。
きぃちゃんはしばらく唖然としていたけれど、やがて大粒の涙を流して「嬉しい」と言ってくれた。
「私の夢も……たくみくんと……結婚して素敵なお嫁さんになることです……」
途切れ途切れに、しゃくりあげるように、でもはっきりとそう言った。
「きぃちゃん、僕と結婚してください」
「はい」
胸の中に飛び込んで來る彼女の身体を、僕はしっかりと抱きしめた。
………。
そんな僕らの脇を、旅館のスタッフ、他の宿泊客、温泉客らが通り過ぎて行く。
彼らの顔は一様に目のやり場に困ると言う表情で、「こんな場所でプロポーズすな!」という雰囲気を醸し出していた。
「き、き、き、きぃちゃん……」
「う、うん……。見られてるね、私たち。ガッツリと……」
ふと後ろを振り向くと、うちの両親と神宮司パパママも柱の陰に隠れてこちらを盗み見ていた。
「ふおおおおおおお!!!!!」
「ちょ、パパ! ママ!」
恥ずい!
めっちゃ恥ずい!
父さんも神宮司パパも親指立てて「グッジョブ」とか言ってるし!
グッジョブじゃないわ!
「でも、ある意味良かったかな」
きぃちゃんが微笑みながら言う。
「へ? なんで?」
「お互いの両親公認だし。ここの旅館の人たちも証人になってくれるし」
「証人って」
「冗談でしたなんて通じないよ?」
「あはは、言うもんか」
きぃちゃんへの想い、それは本物なのだから。
おしまい
最後までお付き合いくださって本当にありがとうございました。
皆様にも素敵な幼なじみが突然会いに来てくれますように♡




