第一話
10話くらいで完結の予定です。
美少女がいた。
玄関の前にものすごい美少女がいた。
見たこともないほどの美少女だ。
キラキラと光り輝く長い黒髪に、雪のように白い肌。
スラっとした眉に、ふっくらした頬、そして柔らかそうな唇。
白いワンピースが一層、美少女っぽさを際立たせている。
美少女は学校から帰宅した僕に気が付くとニッコリとほほ笑んだ。
思わず腰を抜かしそうになった。
「こんにちは」
美少女は言った。
小ぶりな唇から、美少女特有の美少女的な美声が流れ出た。
こんにちは?
僕に言ったのだろうか。
反射的に「こんにちは」と言いそうになって口をつぐむ。
待て。
待て待て待て。
あるわけがない。
高校2年にもなっていまだクラスの女子とまともに会話もしたことのない僕に、女の子のほうから話しかけてくるなんて絶対あるわけがない。
ましてや、相手は美少女だ。
美少女ならば僕みたいなモヤシには「おい、モヤシ」と言うはずだ。
間違っても「こんにちは」ではない。
きっと聞き間違いだ。
僕は聞かなかったフリをして無言で美少女の脇をすり抜けようとした。
すると美少女はビックリした声をあげた。
「ええッ!? 無視ですかッ!?」
ああ、ビックリした表情まで美少女だなんて。
世の中、不公平だ。
「あの! あの! 私をお忘れですかッ!?」
美少女は慌てたかのように目の前に立ちふさがった。
くっ、美少女のくせにモヤシの行く手を遮るとは。
なんて美少女だ。
どんな教育を受けているのだろう。
「私です! 神宮司清美です!」
「神宮司清美?」
名前まで美少女かよ。
もういっそのこと「美少女」と名乗れよ。
そう思いながらも、僕は「はて?」と首をひねった。
神宮司清美。
どこかで聞いた名だ。
「神宮司……」
神の宮司で清くて美しい……。
神宮司。
あ。
突然、僕の脳裏に電流が走った。
「も、もしかして、きぃちゃん? 幼稚園の頃一緒に遊んだあの……?」
「そう、あのきぃちゃん! たくみくん、久しぶり!」
「うわあぁぁ、きぃちゃんか! そっか、きぃちゃんか! うわあああぁ、久ぶ……」
りーって、ちょっっっっと、待て!!!!!
あのきぃちゃんがこんな美少女に変貌を遂げてるなんて聞いてないぞ!?
変わりすぎだろッ!
「きぃちゃん!? 本当にきぃちゃんなの!?」
「やだなぁ。幼なじみの顔、忘れちゃったの?」
忘れるも何も……。
これだけの別人になってたらわかるわけがない。
あの頃もけっこう……いや、かなり……ていうか、ものすごく可愛かったけど、今のきぃちゃんはさらに拍車がかかったかのような美少女になっている。
なんだこの進化スピードは。
ダーウィンも真っ青な進化速度だ。
「たくみくん、元気だった?」
神宮司清美こときぃちゃんは、僕が思い出したのを知って嬉しそうに顔を覗き込んできた。
うおお、やめれ。
その見た目で顔を覗き込むとか、やめれ。
「どうしたの? 顔赤いよ?」
「い、いや……、その、ビックリして……。まさかきぃちゃんに会えると思わなくてさ」
「えへへ、私も。たくみくんと再会できるなんて思ってもみなかったから嬉しい!」
ぎゃあああああ!
心臓止まる!
きぃちゃんとは家が近所だったこともあり、幼稚園の頃よく一緒に遊んだ仲だった。
砂場遊びやままごとやかくれんぼ。
はじめてのおつかい的なことまで経験したこともある。
ところが僕らが小学校にあがると同時に、きぃちゃんは親の都合で引っ越してしまった。
「だぐみぐううぅぅぅんッッッ!!!!! また、また、絶対あぞぼうねえぇぇぇぇッッッ!!!!」
大泣きしながらきぃちゃんは走り去る車の中から手を振っていたのを今でも覚えている。
「にしても、たくみくん大きくなったねー」
きぃちゃんは顔を近づけたまま手で僕の身長と自身の身長とを比べていた。
あの頃の身長は同じくらいだったけど、今では僕のほうが20センチほど高い。
つまり、僕は彼女を見下ろしてる格好になる。
子どもの成長って恐ろしい。
昔はきぃちゃんのほうが背が高かったのに。
「いいなー。私、あんまり大きくならなくてー」
ぶほっとむせた。
いやいや、可愛さは十分跳ね上がってますやん。
スタイルもよくなってますやん。(特にお胸のあたりが)
「もう少し身長欲しかったー」
「き、きぃちゃんはそれくらいの身長のほうが可愛くていいと思うよ」
「え?」
「……じゃなくて! え、えーと、どうしてきぃちゃんがここに?」
そうだ、まずはそこだ。
きぃちゃんは県外のだいぶ遠いところに引っ越したはずだ。
遊び感覚で来れるような距離ではない。
するときぃちゃんは嬉しそうに言ってきた。
「実はねー、親の転勤でまたこっちに引っ越してきたんだ」
「あ、そうなんだ」
つまりは転校ということか。
転勤族は同じところを行ったり来たりするところもあると聞く。
どうやら彼女の家もそうらしい。
一度出て行って、また戻ってきたということか。
「で? どこに引っ越してきたの?」
「となり」
「………」
「………」
「……へ?」
「となり」
彼女が指さした先は、空き家だったはずの一軒家。
「今回の赴任は長くなりそうだからって、お父さんが借家を借りたの」
「へ? は? うん?」
それはつまり?
えーと?
「そうなの! 私、たくみくんのおとなりさんになったの!」
嬉しそうに笑うきぃちゃんの笑顔に、今度こそ本当に腰が抜けたのだった。