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第7話

 浜に来た王子は、現れた人魚姫の顔色にすぐに気づいた。なにがあったのと聞かれた人魚姫は、魔女に言われたことを泣きながら話した。王子は驚いたが、人魚姫と結ばれる方法があることに、喜んで言った。


「真実の愛を試されているなら、私はなんとしても取りにいかなくてはならない」


 王子は人魚姫に優しく笑いかけた。悲しみと不安に駆られいた人魚姫は、やっと心を落ち着かせることができた。


「それより、あなたは人間になってもいいのですか? 人間になれば、今までのように泳げなくなってしまい、海の中で息もできなくなる。海の底の城に帰れなくなってしまうんだよ」


 自分のことを忘れていた人魚姫は、お父様やお姉様達や城の暮らしを思い出したが、迷わず王子様への愛を選んだ。


「私は、戻れなくなっても構いません」


 ふたりは固く抱きあい、王子が明るい声で言った。


「では、泳ぎの訓練をしないと」


 目を丸くする人魚姫に、王子は笑顔で答えた。


「そう。私は海で溺れてから、泳ぐのが怖くなったようだ。手助けしてくれるね?」


「もちろんですわ」


 王子は人魚姫に手を引いてもらい、まず波に近づくところから始めた。


 次の日には、打ち寄せる波に足をつけ、次の日には、人魚姫の手に掴まって浅瀬を泳げるまでになった。

 王子は海への恐怖心よりも、人魚姫の与えてくれる心強さに心が満たされていた。

 喜ぶ王子様を見て人魚姫も喜んだが、しかし、どんなに泳げるようになっても、魔女の家には行けないとわかっていて、悲しい気持ちを抱えたままだった。

 王子も同じ気持ちを抱えてはいたが、自分にできることと思いつくことは全てしたかった。


 王子の目は海の水を浴びて赤くなってしまっていた。人魚姫は王子のまぶたにキスをして涙を流した。


 次の日も、王子が勇んで出かけて行くと、それを見届けた家来が王様の部屋に急いだ。


「王様。王子様は、今日も浜に向かわれました」


 玉座の王様は考えながら、重々しく口を開いた。


「もうずっと、毎日毎日、浜に通っているではないか」


「ひとりの娘と、お会いになっています」


 家来は尾行がバレないように、遠くから見ていたので、相手が人魚だとは気づいていなかった。


「最初は仲睦まじく寄り添っていたのが、最近は、王子様は娘に泳ぎを教わっています」


「泳ぎを?」


 王様にはある不安が胸をよぎった。


 帰って来た王子は、王様に呼びつけられた。

 王子は王様が呼んだ理由を察して、覚悟を決めた。


 玉座に座る王様と王妃様の前に来た王子に、王様はさっそく聞いた。


「レオナルドよ。お前は、最近毎日、浜に通ってはどこかの娘と会っているそうだな。娘は誰なんだね?」


「船の事故に遭った時、私を助けてくれた女性です」


「ほう、浜に打ち上げられていたお前を?」


「いいえ、船から投げ出されて溺れていた私をです。夜の荒れる海を泳ぎ、私を浜まで運んでくれた女性です」


「なに!? まさか!」


 驚いて自分を見つめる王様と王妃様に、王子は一歩踏み出て教えた。


「はい。彼女は人魚です。人魚の姫が、私を助けてくれたのです」


「バカな!?」


 王様は大声で言うと、疑いの目で王子を見つめた。


「王子よ。人魚は人を海に引きずり込む魔物だ。人を助けるわけがない。たぶらかされているに違いない!」


「たぶらかすなど、するわけがありません!」


 王子はまた一歩踏み出した。


「彼女が人を海に引きずり込む魔物なら、私は今ここにはいないはずです」


「そ、それは」


「彼女は、純粋で美しい心の持ち主です」


「そ、そうだ! その娘はまだ純粋かもしれんな。しかし、他の人魚は魔物なのだ! 船が沈没したのも、他の人魚が嵐を呼んだからかもしれんぞ!」


 王様の恐ろしい予想に、王子は一歩後ずさった。


「反論できぬようだな」


 威勢を取り戻した王様に、王子はキッとした決意に満ちた顔をみせた。


「父上、人魚達を見る目を、どうか変えてください。私は、私を助けてくれた人魚姫と結婚するつもりです!」


「バカな!」


 王様はまた大声を出して、泣きそうな顔になった。


「心配はいりませんよ。父上。人魚姫が人間になってくれるのです。それに、海の王の娘なら、私と結婚するのになにも問題ないでしょう」


「それは、しかし」


 王様は素直に認められずに、言葉をにごした。


 心配そうに見つめる王妃様の目を、王子は願いを込めて見つめ返した。王妃様は王様の手に手を重ねて言った。


「王子を助けてくれた人魚姫には、私達も感謝しなければなりませんわ」


「それは、もちろんだがね」


「それに、私は、王子の心を大事にしてあげたいと思います」


「ありがとうございます。母上」


 王子の笑顔に王妃様は優しく微笑み返した。


「私も、そう思うがね」


「人魚姫が元の通りの、元気な王子を私達に返してくれたんですわ。魔物に、人を元気にすることなどできるはずがありません」


 王様は王妃の訴えにうなずいた。王子は力づいて言った。


「父上、聞いてください。彼女が人間になるための薬を、海の底に住む魔女の家まで、私が取りに行かなければならないのです」


「そ、それで、まさか、毎日泳ぎの訓練を?」


「はい」


 バカな、いくら人間が泳いだところで、海の底まで行くことはできぬぞ。王様はそう言おうとしたが、王子の笑顔に言葉を失った。


「父上、母上、どうか、私が人魚姫と結婚できるように、祈っていてください。決して、おふたりを悲しませるような結末にはしません!」


 王様も王子を信じたかったが、それでも、愛する息子を失うようなことは避けたかった。


 悩む王様は、あることを思い出した。


「そうだ、王子よ。隣国の王が、王子にはぜひ、自分の娘と結婚してほしいと言ってきておる。姫に会いに行ってくるのだ! その姫こそ、お前が本当に結ばれるべき相手かもしれぬぞ」


 その姫が王子から人魚姫を忘れさせてくれると、王様は望みを託した。


 次の日、浜に来た人魚姫に、王子は事の次第を伝えた。


「私は、隣国の姫に会いに行ってくるよ。泳ぎの訓練を休みたくないのだけれど、父上を諦めさせて、あなたとの結婚をわかってもらうためにも、行かなければならないんだ」


 不安そうな人魚姫の瞳に、王子は笑いかけてすぐに帰ると約束した。


 王子が隣国に行っている間、人魚姫は城に閉じこもり、白くて大きな貝殻のベッドに丸まって、不安に震える夜を過ごした。


 隣国についた王子は大歓迎を受けて、城の大広間で姫に会った。


「あ、あなたは」


 王子は姫が、浜で自分を見つけてくれた人だと気づいた。


 あの時は、姫が女神のように見え、今は人間のなかで誰より美しく見えたが、助けてくれた感謝の気持ちしかなかった。


 王子は姫に厚く感謝を伝えて、すぐに城に戻り人魚姫に会った。


「また、泣いていたんだね。私が早く海の底まで行けてさえいたら、悲しませずにすんだのに」


 王子は人魚姫を抱きしめて、寂しい想いをさせた心を慰めた。


 王様は王子の心が変わらないと知って、王妃様とうなずきあい、王子と人魚姫の幸せを願うと決めた。王様は王子に言った。


「お前がどうか死なずに、人魚姫と幸せになれるように祈ろう。人魚姫に、私の気持ちを人魚の王に伝えるように頼んでくれ。人魚の王よ、王子が死なずに海の底まで行ける方法があるなら教えてほしいと」

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