第6話
次の日から、王子を助けた人魚姫のために、コック長は次々と美味しいお菓子を作り、執事は美しい髪飾りを用意した。
箱の中に入った髪飾りは、金でできた花で真ん中に大きな真珠が光っていた。
「王子様をお助けくださった方への贈り物です。最高の物を作らせました」
「ありがとう。こんなに綺麗な髪飾りは見たことがない。彼女もそう言ってくれるだろう」
王子は喜びの笑顔で箱を受け取ると、待ち合わせの浜へ向かい、人魚姫に髪飾りを見せた。
「まぁ! こんなに輝くお花はみたことがありません。この真ん中にあるのは、真珠かしら? 海に、こんな花が咲いているのかしら?」
「ええ、真ん中のは真珠ですが、これは本物の花ではなく、金で作られた髪飾りですよ」
「金? 時々、海の底に落ちてくる宝箱に入っている金ですね。私の宝物のなかにも、金でできた物がありますわ。けれど、こんなに美しい物は見たことがありません!」
期待通りの反応に王子は嬉しくなり、髪飾りをまだ濡れて艶めく彼女の綺麗な金髪に当てた。
人魚姫ナはお礼を言うと、髪飾りをしっかりと髪につけた。
髪飾りをつけて微笑む愛らしい人魚姫に、王子は優しくキスをした。
「好きです。私のこの想いを、受け取ってくれますね?」
胸がいっぱいになった人魚姫は、なんとかうなずき、ふたりは固く抱き合った。人魚姫にとって、体温の上がった王子様の体は、やけどするように熱かったが、離れたくはなかった。
「私と結婚してください」
王子は人魚姫をしっかりと抱いたまま、きらめく瞳を見つめた。
「王子様、でも」
悲しげにヒレを動かした人魚姫に、王子は力強く言った。
「あなた以外と結婚したいとは思いません。たとえ、人間同士のように暮らせなくても、夫婦として、私達だけの暮らし方をしましょう」
優しく笑いかける王子に、人魚姫も嬉しくなって聞いた。
「私と、結婚式を挙げてくださいますか? 永遠の愛を誓ってくださる?」
「ええ、喜んで!」
王子様の明るい返事に、人魚姫は喜びに震える声で言った。
「ああ、王子様、あなたとの結婚式をどんなに夢見たことでしょう。人魚は人間のように、魂を持っていないのです。そのため、人魚は死ぬと泡にならなければならないのです。私は泡になるのが嫌でした! 人間のように永遠に消えない魂がほしかったのです! でも、人魚が魂を持つには、人間に心から愛されるしかないのです」
人魚姫は王子様の、熱い胸に頬を寄せた。ずっと人魚姫を苦しめていた、泡になる恐怖が心から消えていった。
「私は、王子様をひと目見た時から、王子様に愛されて魂を持つことができたらと、そう願っていたのです」
「あなたを泡になどさせられない。私が魂をあげられるなら、いくらでもあげましょう」
王子は人魚姫を、いつまでも優しく見つめた。
「私達なら、どんな試練も乗り越えられる。私があなたを守ると約束します」
「私も、王子様をお守りします。お父様になんと言われても、諦めませんわ」
「ご挨拶に行きたいが、海の底にある城へ行く方法がわからない」
悲しい顔をする王子の頬を、人魚姫は撫でて慰めた。
「私が何度でもお願いします。それに、お姉様達が、きっと一緒に願ってくれますわ」
ふたりはお互いを励まし合って別れた。
海の底に帰った人魚姫は、人間になると決意して海の魔女の元へ向かった。
人魚の国のはずれ、激しい海流の向こう、気味の悪い深海魚達が幽霊火のように泳ぐ、海の墓場にある沈没船が魔女の家だった。
「人魚姫、お前が来た理由は知っているよ」
家の出入口で縮み上がっている人魚姫に、魔女はニヤリと笑いかけた。
海藻のように揺れる長い白髪、しわがれて痩せた体、黒くのたくるヒレ。薄暗い部屋のなかにいる魔女に、人魚姫は必死の思いで近づいた。
「王子様と結婚するために、人魚のヒレを捨てて、人間の足になりたいんだろう?」
「はい」
「それを叶える薬があるよ」
顔を輝かせる人魚姫に、魔女は残酷に笑って言った。
「薬が欲しいなら、王子様にここまで取りに来てもらないとねぇ」
「そんな、そんなことをしたら」
人魚姫は息がつまって、それ以上言えなかった。
「王子様は死ぬかもしれないね。だけど、お前への愛が本物なら、たとえ死ぬとしても取りに来るだろう。王子様の本物の愛がなければ、お前は人間にはなれないんだよ」
人魚姫は胸が張り裂ける思いで城に帰り、ひっそりと部屋に入ると泣き続けた。
王子様はきっと薬を取りに行ってくれると、人魚姫は信じることができた。しかし、自分が王子様の手を引いてどんなに急いで泳いでも、海の底へ行って帰って波の上に顔を出すまで、王子様の息が続くとは思えなかった。