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第5話

 夢見心地で城に帰った王子は、さっそく明日のことを考え始めて、執事を呼んだ。


「女性が喜ぶ物を、用意してほしいんだ」


「女性が喜ぶ物、でごさいますか?」


 執事は目を丸くして、探るように聞き返した。


「そう」


 王子は天井を見上げて、人魚姫の姿を思い浮かべた。


「あの美しい金髪に似合う髪飾り、だろうか」


「美しい金髪……、どなたに贈り物をなさるおつもりですか?」


「それは、また、今度話そう」


 王子は大いに言いたかったが、もっと人魚姫との仲が固くなってから話そうと決めて、執事の前を通り過ぎた。


「とにかく、美しい髪飾りを用意してくれ。そうだな、歳は16、7くらいの、可愛らしい人に似合う髪飾りを頼むよ」


 王子の言ったことを口の中で繰り返しながら、一体相手は誰だろうと、執事は頭を巡らせた。


「このことは、秘密に頼むよ」


 口止めされた執事は、ますます驚いた。


 そんな執事を置き去りにして、王子は台所に向かった。


「髪飾りは時間がかかりそうだ。明日、彼女を喜ばせてやれるものを持っていきたい」


 王子は気心の知れたコック長を訪ねた。


「なにか、女性が喜ぶ料理を作ってほしいんだ」


「女性が喜ぶですか?」


 コック長は執事と同じように、見開いた探りの目を王子の顔に向けた。


「これは、秘密で頼む」


 人がいないか辺りを伺う王子を見て、コック長はゴクリと喉を鳴らした。


「秘密で、かしこまりました」


「ありがとう、それで、どんな料理があるかな?」


「女性が好きなのは、海藻サラダですな」


「味気ない海藻サラダ?」


 納得できないという顔をする王子に、コック長は自信を持って言った。


「女性は太らない、ヘルシーな食べ物が好きなんですな。それに、ここは海のそばですから、海藻が新鮮で美味しいですからな。この桃色に輝く宝石のような岩塩を削ってかければ、喜ぶこと請け合いですな」


 コック長は岩塩の塊を手にとって、王子にみせた。


「おお、確かに、これは綺麗だ。しかし、海藻サラダは食べ飽きている気がするんだ。他にないか?」


「そうですな、お菓子はどうでしょうか? 喜ばぬ女性も、食べ飽きる女性もいないでしょう」


「自慢のお菓子を、明日の朝までに頼むよ」


「王子様、どなたへ贈りなさるのです? まさか」


 王子の花嫁になる人かと、コック長は思った。コック長の思っていることに気づいた王子は、少し悲しげな笑顔をみせた。


 次の日、コック長は台所を訪れた王子に、腕によりをかけて作ったお菓子を見せた。


「真珠のようだな」


 王子は皿の上の、白く輝く丸いお菓子を見つめた。


「砂糖菓子でございます。中に野いちごが入っておりまして、甘酸っぱい恋のようなお菓子ですぞ」


 王子は全てを見透かされていることに笑った。


「きっと、喜んでくれるだろう。ありがとう」


 王子は皿ごと布に包むと、さっそく、浜に向かった。


 コック長は後をつけたかったが、王子が嬉しい報告をしてくれることを信じて待つことにした。

 台所に立ち尽くして気をもみ、両手をもみ合わせるコック長のところへ、執事がやって来た。


「王子様が来ましたな? どんな御用でしたか?」


 執事はコック長を、食い入るように見つめた。


「王子様には、はぐらかされてしまいましたが、台所からなにか持って出てきたのは確かです。なんですな? あれは?」


「執事様には、話してもいいでしょう。秘密に願いますよ」


 ふたりは前のめりに、互いに顔を近づけた。


「王子様は、私に秘密にしてくれと言って、女性の喜ぶお菓子を作らせました。それを持って出ていかれたのですよ」


 ふたりは台所の出入り口を見た。


「どなたの元へ行ったのかは、わかりません」


 執事はコック長に視線を戻した。


「王子様は私にも、女性に贈る髪飾りを用意するように申しつけられました。そう、16、7の可愛らしい方と言っておられましたが」


「心当たりはないのですか?」


 執事は首を横に振って、コック長に言った。


「こうなったら、確かめに行くしかありませんな。今から探せば、相手が見れるかもしれません。行きましょう」


 ふたりが台所を出た時、浜辺では、王子が人魚姫に砂糖菓子を見せていた。


「まぁ、綺麗な石!」


「石ではないのですよ。これは、お菓子です。甘い砂糖菓子ですよ。食べてみてください」


 甘い砂糖菓子とはなんだろうと、人魚姫は言われるままにお菓子を一口かじった。


「なんだか、舌がとけるようだですわ!」


 人魚姫は初めて感じる舌の刺激に目を閉じたが、もう一口かじったてみた。


「この赤いのはなにかしら? 口の中で、弾けるようですわ!」


「これは、野いちごというものです。酸っぱいですか?」


 人魚姫の顔を見た王子は笑った。


 甘くて酸っぱいお菓子を、人魚姫は夢中で食べた。


「気に入っていただけましたか? 甘酸っぱい、その、恋のようなお菓子を」


 恋と聞いて、人魚姫はドキリと胸を踊らせた。


「はい、王子様。恋のような食べ物でしたわ。こんなに美味しいものは、食べたことがありません!」


 ふたりは笑顔で見つめ合った。


 そんなふたりを、執事とコック長が遠くから見ていた。


「あの娘さんは、どなたでしょうな? 知っていますか?」


 コック長に聞かれた執事は、できるだけ首を伸ばした。


「うーむ、ここからでははっきりお顔が見えませんが、誰にせよ、王子様があのように親しくなさっている方など、存じ上げません」


 執事は小さい頃から使えてきた王子の秘密に、悲しげに目を閉じた。


「執事様にも秘密になさるとは、一体どういうお方で? 怪しいですな」


 執事は途端に、不安が募ってきた。


「これは、王子様に尋ねるしかありません」


 歩きだした執事に、コック長がついていった。


「王子様!」


 ふたりの世界に入っていた王子と人魚姫は、近くでした声にギクリと振り返った。

 執事の姿を見た王子は、人魚姫を隠すように腕に抱いた。

 しかし、人魚姫の魚の下半身は、執事とコック長の目にしっかりと映った。


「おお! 王子様、その娘は人魚……」


 執事は血の気を失って震え、コック長はコック帽を両手で握りしめた。ふたりは人魚のことを、男を海に引きずり込む魔物としてしか知らなかったからだ。


「この人魚姫が、溺れていた私を助けて、浜まで運んでくれたのだ」


 王子は人魚姫を抱きしめたまま、ふたりに教えた。


「この、人魚姫が?」


 執事とコック長は信じられない思いで、人魚姫をよくよく見直した。そして、彼女が可憐な乙女なことに気づき、顔を見合わせた。


「私は、このセレーナ姫のことを、これから、誰より大事にしたい。荒れ狂う海を恐れず私を助けてくれた、勇敢で心優しい人魚姫を」


 王子の告白に、人魚姫は幸福な気持ちで胸がいっぱいになった。


「私達のことは、どうか、見守っていてほしい。私達は、こうして心を通わせているんだ」


 王子の訴えかける瞳に見つめられて、執事とコック長は胸を打たれた。


「私共も、王子様を助けていただいた人魚姫様には、深く感謝いたします」


 執事が優しく人魚姫を見つめて言った。そして、王子に目を移した。


「王子様のお望みどおり、おふたりを見守りたいと思います。このままお会いするだけなら、なにを邪魔することがありましょう」


 執事とコック長は王子の返す言葉を、一抹の不安を抱いて待った。

 ふたりの不安通り、王子は人魚姫と、このまま会い続けるだけでは気がすまないと思っていた。

 しかし、今はこれ以上望むべきではないと、王子は自分に言い聞かせた。


「ありがとう、二人共」

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