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第4話

 翌日、日が高く登るのを待ちかねて、王子は城から続く浜にやって来ていた。


 王子が今か今かと海を見て待っていると、岩場の方から可愛らしい姿が現れた。


「来てくれたんですね」


 王子は人魚姫に手を差し伸べた。


「誰にもバレないように来ました。さぁ、こっちへ」


 王子は自分からもっと近づきたかったが、波に近づくと足がすくんでしまっていた。人魚姫の方がそんな王子様に近づて、ふたりは砂の上に並んで座った。


 王子は太陽の下で見る人魚姫には、月明かりの下で見るのとは違う美しさがあると思った。

 夜に見る姿は神秘的だったが、今は可愛らしさが増していた。


 それに、人魚姫が上半身につけているのが、貝殻の胸当てだけなのでドキリとした。それから、魚の下半身も胸をざわめかせた。


「やはり、夢ではなかった。あなたは、本当にいたんですね」


 王子は人魚姫に笑いかけ、人魚姫も王子様に微笑み返した。

 そして、王子はやっぱり、人魚姫の魚の下半身に目を走らせた。

 明るいところだと、ヒレはますますはっきり見えた。太陽の光に鱗がキラキラと眩しいほど輝いて、王子の目を射抜いた。王子は初めて見た時と同じ気持ちになったが、それはすぐに消えて、悲しみが湧いてくるのを感じた。


 人魚姫は自分のヒレを熱心に見ている王子様に、悲しい目を向けた。


「私も、昨夜のことは夢ではないかしらと、何度も王子様と話したことを思い返しましたわ。それで、王子様の言っていたことが気になって仕方なかったのです。王子様、私の魚の足を、気味悪いと思いますか?」


 人魚姫は尾ビレをピンと上げてみせた。


 王子はハッとして、泣きそうな人魚姫を胸に抱いた。


「昨夜からずっと、そのことを気にかけていのですか」


 王子は人魚姫を安心させるために微笑みかけた。


「最初に見た時は驚きましたが、気味悪いなどと思いませんよ。今は、美しいとさえ思っています」


 人魚姫は王子が本心を言っているとわかり、嬉しさに満ちた笑顔を浮かべて言った。


「自慢のヒレですわ。これのおかげで、王子様を助けることができたんですもの」


 王子には人魚姫が夜の荒海を泳ぐ姿も、昼の青い海を泳ぐ姿もはっきりと想像できた。人魚姫にとって尾ビレが大事なものだとわかるほど、王子は胸が苦しくなった。


「王子様、なぜ、そんな悲しそうな顔をなさっているの?」


「それは、あなたの人魚のヒレと私の人間の足が、私達の仲を(へだ)てているからです」


 人魚姫も悲しさに、言葉を失った。

 王子は人魚姫の両手を握って、涙に濡れた瞳を見つめた。


「泣かないで。明日も、会いに来てくれますか? 毎日でもお会いしたいのです」


 人魚姫はしっかりとうなずき、こぼれた涙を王子が優しく指でふいた。


「ごめんなさい、泣いたりして。もう大丈夫ですわ」


 人魚姫が笑顔をみせると、王子様は立ち上がった。


「そうだ、走るところを見せましょう!」


 王子は浜を一直線に走ってみせた。


 人魚姫は人間の足があんなに曲がるとは思っていなかったし、あんなに力強いとは思っていなかった。


「まぁ! 速い、速い!」


 人魚姫はヒレをピチピチさせて喜び、岩場から様子を見ていた姉姫達も、身を乗り出して王子を目で追った。


 王子は人魚姫の隣に戻って座った。


「どうでしたか?」


「とても速かったですわ。私も、海の中なら、あれくらい速いのですけど」


「魚より、速いですか?」


「魚だけでなく、泳ぎ自慢のイルカよりも速いですわ」


「それなら、恐ろしいサメからも逃げられるでしょうね?」


「ええ! 大丈夫ですわ」


「よかった」


 泳ぐ時のように手を動かす人魚姫を、王子は愛らしいと思いながら見ていた。


「今日はもうしばらく、こうしていましょう」


 王子は人魚姫の肩を抱き、ふたりは海を見た。


 人魚姫は王子様の肩に、そっと頭をあずけた。


「幸せですわ。こんな時は、歌を歌いたくなるのです」


「ぜひ、聴かせてください」


 人魚姫は王子様への想いを込めて、優しい歌を歌った。


 王子はこんなに清らかで美しい歌声を、今まで聞いたことがなかった。天国にいるような気持ちで、人魚姫を胸に抱いた。 

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