前世の恋か、現世の恋か?公爵令嬢は二つの恋の間で揺れ動く
「アルメディア・コレステッド公爵令嬢。そなたとの婚約破棄を申し付ける。
私は、エレーナ・コレステッド公爵令嬢と真の愛を見つけたのだ。新たにエレーナと婚約を結ぶこととする。」
アルメディアはこの国のオルドレッド王太子から王宮の広間で婚約破棄を言い渡された。
オルドレッド王太子の傍には妹のエレーナがべったりとくっついている。
エレーナはアルメディアに向かって、
「わたくしこそ、オルドレッド王太子殿下にふさわしいと思いますの。ですから、ご心配なく。未来の王妃の地位も、オルドレッド様もわたくしが貰って差しあげますから。」
アルメディアは顔を上げて婚約破棄を言い渡したオルドレッド王太子と妹エレーナに向かって返事をする。
「謹んで婚約破棄を受けますわ。」
涙がこぼれる。
オルドレッド王太子は、アルメディアに言い渡す。
「国外追放がふさわしいだろう。」
「承知致しました。」
アルメディアの目から涙が流れる。
そしてそれはオルドレッド王太子とエレーナも同様だった。
3人は見つめ合う。
これには訳があったのだ。
アルメディアとオルトレッド王太子は幼い頃からの婚約者だった。
金髪碧眼の美男美女の二人は、お伽の国の王子様とお姫様みたいだとお似合いのカップルだと皆から評判で。
二人はそれはもう愛し合っていたのである。
「オルトレッド様。ご機嫌よろしくて?」
「アルメディア。丁度、執務が終わった所だ。一緒に庭を歩こう。」
二人で仲良く手を繋ぎ、王宮の庭を歩く。
色鮮やかな薔薇が見事に咲いていて。
オルドレッド王太子はアルメディアに向かって、
「どれか欲しい薔薇はあるか?何本か見繕って持って帰るがいい。」
アルメディアは首を振って、
「せっかく咲いているのですもの。摘んでしまうのは可哀想ですわ。」
「優しいのだな。アルメディアは…」
そう言うと、オルドレッド王太子は使用人を呼び出して、ハサミを持ってきて貰い、自ら薔薇を見繕ってアルメディアの為に20本くらいの花束にする。
「それでは私の気がすまない。私に薔薇を贈らせてくれ。」
「まぁ…綺麗なピンクの薔薇の花束ですのね。」
「美しいアルメディアにとても似合う。」
「有難うございます。王太子殿下。」
幸せだった。オルドレッド王太子はとても優しく、アルメディアに会う時はいつも気を使ってくれた。
しかし、そんな幸せが壊れる日がくるとはアルメディアは思いもしなかった。
妹エレーナにオルドレッド王太子を盗られたわけではない。
むしろエレーナは応援してくれていた。
「お姉様。お姉様なら素晴らしい王妃様になれると思っておりますのよ。
作法も語学も勉学も我が公爵家の誇りと言える程の優秀さ。わたくしも鼻が高いですわ。」
「有難う。エレーナ。そう言ってくれて嬉しいわ。」
コレステッド公爵である父は、アルメディアに向かって、
「だがな。エレーナもそろそろ婚約者を探さないとな。アルメディアと違って大分遅くなってしまった。」
アルメディアは18歳。エレーナは16歳。
幼い頃から婚約者がいたアルメディアと違い、エレーナはいまだ婚約者がいなかった。
エレーナは胸を張って、
「わたくしはまだまだ勉学を学ばねばならない年ですわ。王立学園を卒業してからでいいわ。お父様。」
「そうか。良い心がけだ。」
母である公爵夫人も、
「アルメディアもエレーナも愛しい我が娘よ。どうか、二人が幸せになれますように、わたくしはいつも神に祈っているわ。」
アルメディアは嬉しかった。母の気持ちも妹の気持ちも。
アルメディアの家族は皆、仲が良い幸せな家族なのだ。
そんなアルメディアが王宮の夜会にオルドレッド王太子と共に出席する事になった。
美しき桃色のドレスを着てオルドレッド王太子と共に夜会で現れたアルメディア。
皆、オルドレット王太子とアルメディアの美しさを口々に褒め称える。
「今宵もなんて美しい。お似合いのカップルですな。」
「本当に、目の保養になりますわ。」
貴族達は二人を取り囲んで口々に褒め称えた。
オルドレッド王太子とアルメディアはにこやかに応対する。
「有難う。私はアルメディアが婚約者でとても幸せだ。」
「わたくしもですわ。」
その時、今日は珍しい客が出席していたのだ。
オルドレッド王太子はアルメディアに紹介する。
「隣国のディアス皇太子殿下だ。こちらは我が婚約者アルメディア。」
黒髪碧眼の背の高いディアス皇太子。彼の顔を見たアルメディアは衝撃を受けた。
「貴方は???」
「やっと見つけた。愛しのリーディア。」
そう、涙が溢れる。
この人を知っている。
この人は前世で激しく愛し合った人…
時が止まったようだった…
思わず前に進み出て、手を差し出す。
「わたくしの手を握り締めて。貴方を感じさせて…」
ディアス皇太子はアルメディアの手を握り締める。
「ああ…感じる。リーディア…お前を…」
心が広がる。王宮を中心に心が広がっていく。
全ての生命が…小さな虫から…大きな動物まで…風に揺れる草花…木々が…感じられる。
そして、それらは力を欲しがっている。
ああ…与えたい。活力を…生きる力を…
前世もこうして、共に感じて…力を与えてきた。
とても愛しい人…又、出会えるなんて。
ディアス皇太子と見つめ合うアルメディア。
背後から声をかけられる。
「アルメディア。どうしたのだ?」
「ごめんなさい。オルドレッド王太子殿下。わたくし…考え事をしていましたわ。」
今世はオルドレッド王太子の婚約者なのだ。
ディアス皇太子が微笑んで、
「失礼した。素敵な婚約者殿だな。オルドレッド。」
ディアス皇太子は背を向けて行ってしまった。
待っていかないで…
そう叫びたかった。
でも…出来なかった。
自分はオルドレッド王太子の婚約者なのだ。
彼の事を愛している。
だからオルドレット王太子を傷つける事なんて絶対に出来ない。
この気持ちに封印しなくては。
そう思ったのだ。
しかし、神官長からこの国、マーリ王国の国王陛下へ進言があった。
「国王陛下。アルメディア・コレステッド公爵令嬢は女神の生まれ変わりですぞ。
その力は隣国のディアス皇太子殿下と共にある事によって発揮される物。ディアス皇太子はアルメディアの事を欲しがっておりまする。」
国王は眉を潜めて、
「女神だと?それならば尚更、我が息子、オルドレッドと結婚させていずれは王妃になって貰うが良かろう。」
神官長は首を振って、
「ディアス皇太子殿下相手ではないと女神の力は発揮されず駄目なのです。彼も神の生まれ変わりですから。」
「隣国に力をつけさせるわけにはいくまい。」
「隣国に貸しを作るのです。」
「貸しを?」
神官長は国王を説得するように、
「その神の力をこの国にももたらすように、隣国を説得してアルメディアをディアス皇太子へ差し出しましょう。」
「ふむ。しかしだ。約束を破るかもしれぬ。」
「交換条件として、向こうからも人質を差し出す事を条件にしたらどうでしょうか?」
「それはいいかもしれぬな。」
そのような話し合いがあった事などまるで知らないアルメディア。
オルドレッド王太子が突如、コレステッド公爵家に尋ねて来た。
家族が揃う中、オルドレッド王太子はアルメディアに、
「アルメディア。そなた隣国のディアス皇太子に嫁がないか?」
「わたくしは貴方の婚約者です。そんな事は出来ませんわ。」
「しかしだ。そなたは女神の生まれ変わり、神の生まれ変わりであるディアス皇太子と共にあってこそその力は発揮されるそうだ。その力を持って、我が国にも恩恵をもたらしてほしい。これは私からのお願いだ。」
「貴方様はわたくしの事を愛していなかったと言うのですか?」
その時、妹のエレーナが叫んだのだ。
「お姉様。ずるいですわ。」
「エレーナ。」
「ディアス皇太子殿下にお会いした時のお姉様の様子を聞きました。
何も感じなかったと言うのですか?ここの所のお姉様は上の空で…お姉様と皇太子殿下は前世での神様の生まれ変わりなのでしょう?」
「ええそうよ。とても愛し合っていたわ。」
「だったら…オルドレッド王太子殿下が気の毒ですわ。心がディアス皇太子殿下にあるお姉様と結婚しなければならないだなんて。わたくしだって…ずっとずっとオルドレッド王太子殿下の事が…好きでしたのよ。」
「エレーナ。知らなかったわ。」
コレステッド公爵はエレーナに向かって、
「オルドレッド王太子殿下とアルメディアは政略で婚約を結んでいたのだ。それを…王家は隣国へアルメディアを嫁げと言う。私からは反対は無い。」
公爵夫人も、
「アルメディア。貴方はどうなの?ディアス皇太子殿下に嫁ぎたいの?それとも、オルドレッド王太子殿下と共に歩みたいの?」
ああ…わたくしは…わたくしの気持ちは…
前世で共に歩んだディアス皇太子殿下。二人で手を繋ぎ、生命に力を与える時は本当に幸せで…
とても深く愛し合っていたわ。
現世で優しくしてくれたオルドレッド王太子殿下。
色々と話をして、薔薇の花をくれて沢山愛してくれた。
わたくしは…わたくしの心は…
アルメディアはオルドレッド王太子に尋ねる。
「貴方はわたくしがディアス皇太子殿下に嫁いでいいと思っているのですか?オルドレッド様の心を聞きたい。」
「私の心は…ずっとアルメディアを愛していたよ。でも…アルメディアよりももっと愛している物がある。それはこのマーリ王国だ。アルメディアがディアス皇太子に嫁いで、このマーリ王国へも恩恵を与えてくれるのなら、これ程、嬉しい事はない。」
「解りましたわ。どうか…わたくしを婚約破棄して下さいませ。そして国外追放を。」
「そのような事をせずとも。国益の為に喜んで送り出すが。」
「わたくしは貴方様を愛していると言いながら、心の底で裏切っていましたわ。
ディアス皇太子殿下の事が気になっておりました。それって裏切りでしょう。
ですから…どうか…そして出来れば新たなる婚約者にエレーナを。よろしくお願い致しますわ。」
「解った。」
エレーナが抱き着いて来た。
「お姉様。」
「わたくしはもう、この王国には戻らないわ。どうか。幸せになって頂戴。エレーナ。」
「ああ…有難うございます。お姉様。」
そして、冒頭の場面になったのだ。
他国での流行りに載せて、どうしてもけじめがつけたい。
それが3人の想いだった。
あんなに愛してくれたオルドレッド王太子殿下。
共に過ごした日々…
わたくしもとても愛していたわ。
もし、貴方が行かないでくれって言ったらわたくしは、きっと貴方を選んだことでしょう。
でも、貴方が愛していたのはこの国だった。貴方は王になるお方…
国の方を愛している。そんな貴方だからこそわたくしは好きだった…
でもとても悲しかった。それが女心なのね…
だから、わたくしは、もうこの国に戻らない。婚約破棄の上、国外追放にしてもらうのだわ。
これからは、エレーナがわたくしに変わって、オルドレッド様を支えていってくれるでしょう。
オルドレッド王太子殿下とエレーナに向かって、優雅にカーテシーをする。
ディアス皇太子が迎えに来ていて、アルメディアの手を取りながら、
「アルメディアを頂いて行く。勿論、マーリ王国への恩恵の約束は守ろう。そして、こちらからの人質は、妹のアリーナだ。」
オルドレッド王太子は頷いて、
「アリーナ姫はまだ、10歳。私の弟の一人と結婚させる事は了承している。丁重に扱おう。」
「有難う。」
アルメディアはディアス皇太子と共に歩き出す。
「ああ…貴方といると力を感じるわ…」
「俺も感じる。アルメディア。共に歩もう。前世のように…」
明るい日差しが二人を照らし出す。
もう、アルメディアに迷いが無かった。
隣国へ向かうため、振り返る事も無く馬車に乗り込むアルメディアであった。
後にディアス皇太子とアルメディアは結婚し、約束通り、マーリ王国にも豊穣という恩恵を与え続けた。
ディアス皇太子が皇帝に即位するとアルメディアは皇妃になり、更にその力は増して、両国は栄えたと言う。
オルドレッド王太子はエレーナと後に結婚をし即位をすると、隣国のディアス夫妻の恩恵を受けながら王国を更に発展させた。
両国の仲は常に良く、国外追放されたアルメディアであったが、時にはマーリ王国を訪問し、その時は姉妹仲良く笑いあう姿が見られたと言う。