008 来訪者はビシェット家
「村の入り口で男の死体を見付けたが、アレは貴様が?」
「ああ……」
馬上にて、此方を見下ろすチェリーへと俺は頷く。
そうこうしていると、彼が引き連れたのだろう兵士の団体が此方へと姿を現した。
「チェリー様。付近に盗賊の残党はおりませぬ」
「ふむ、死体の数は?」
「其方に倒れているので、十五かと」
「!」
言葉にビクリと反応したのは、アメル君である。
下手に触れられるのは、彼女も本意ではないか……。
「此方の死体も僕がやった」
「え……」
隠す必要があるかは分からないが、彼女の性格上恐らくはこう言っておいた方が良いのだろう?
僕はこう見えて、空気が読める男なのだ。
「見れば分かる! わざわざ言わんで良い!」
「……」
「我が領土に勝手に足を踏み入れたのが気に入らぬ!」
「立ち入り禁止だと言われた事は無いが?」
「俺が言っているのは、マナーの問題だ!」
マナー?
この男に最も似付かわしくない言葉だな。
とは言え、指摘しても話は進まないので黙っていよう。
「盗賊退治は御苦労様だが、その仕事は領主の仕事! 貴様がやったことは単なる仕事の横取りである事を理解しろ!!」
「……領主というか、騎士団の仕事では? ――って、ああそうか。ビシェット家には子飼いの騎士団がいないのか。それで次期当主が賊退治と……いやはや、働き者で頭が下がる」
「ば、馬鹿にして……っ!」
わなわなと拳を震わせ、此方を睨むチェリー。
いかん。
別に挑発する意図はなかったのだが、無茶苦茶怒ってる。
これは面倒な事になるかもと、僕が思った時だった。
「働きには報酬を。それが貴族の慣習では? お兄様……」
「む、ネーナ……」
「ピストン様は我等が領地の民を賊から守ってくれたのですよ? それに対してただ文句を言うのは美しくありませんわ」
「し、しかし……」
「……」
妹のネーナは堂々とした立ち振る舞いで馬上の兄を説き伏せる。
愚図るチェリーも、これには言葉を失ったみたいだ。
「……お前がそこまで言うなら、良いだろう」
「まぁ!」
不承不承と言った様が見え隠れするチェリーと、目を輝かせるネーナ。
「いや、別に僕は報酬なんていらないぞ」
「ピストン様!?」
「此処に来たのはただの偶然。盗賊退治も成り行きだ。チェリーの言う通り、僕がいなくともこの村は助かっていた様だしな」
盗賊退治に来たであろう、チェリー達の足取りは早かった。
この速度で【シケタ村】に到着したのであれば、賊達も逃げられまい。
だからこそ、恩着せがましい真似をするのは気が引ける。
「であれば、僕が報酬を受け取る訳には――」
「なら! なら一泊! これならどうでしょう!?」
「え?」
「既に日も傾き始めています。何処へ向かうかは存じ上げませんが、これ以上の旅は非効率です。この村に一泊しては如何でしょうか?」
「それは助かるが……村の人間は今日襲われたばかりだしな……」
彼等を休ませてやりたいという気持ちもある。
家の中は連中に荒らされただろうしな。
そもそも、この村に泊めて貰うとしても、許可を出すのは村長さんとかじゃないのか?
ネーナが口を出す事では無いと思うのだが……。
「馬車に糧食を積んできています。怖い思いをした者もいるでしょう? ならばまず、御馳走でお腹を膨らますのが一番だと思うのです。お腹がいっぱいになれば、幸せになるでしょう?」
「糧食……貴族の食事!?」
「御馳走だっ!」
ネーナの言葉に、喜色めいた反応を示す村人達。
どうやら、彼女の言葉は正しい様だ。
「けれどピストン様が去ってしまうのでしたら、それも無しですね。盗賊退治の功労者であるピストン様をのけ者にして、御馳走を食べる訳にはいきませんもの……」
『!?』
村人達の視線が、一気に僕へと集中する。
やり方が汚い……。
こういう所が苦手なんだよな、本当に……。
「……分かったよ。なら、一泊だけ世話になるさ」
「――嬉しい!」
言った瞬間、僕へと駆け寄り腕へと抱き着くネーナ。
右腕に感じるのは彼女の胸の感触だ。ペタンの女性らしく、小振りではあるが整った形。この国では彼女の様な胸をこそ最上の美として持て囃される。
僕としても、その趣向は一緒だ。
これはペタン帝国に生まれた者のサガなのだろう。
故に、蠱惑的な笑みで此方を見詰め、身体を密着させてくる彼女に抗えない。
「ピストンさん!」
「……?」
此方を心配する様な、アメル君の声。
目の前のネーナに腕を引かれた僕は、彼女に視線をやることしか出来なかった。
後ろ髪を引かれる様な気持ちで、僕はその場を後にする。
村の中央に集まって、皆で火を囲む。
焚火の設置や食事の用意は全てビシェット家の兵達が行ってくれた。
御馳走と言うだけあってか、彼等が持ってきた食材は豪華なものであった。
僕としては食べ慣れた貴族食であったが、平民達はそうでないらしい。
皆、一心不乱に肉へと齧り付き、草皿へと盛られた料理に舌鼓を打っていた。
体を密着させ、僕の口に酒を運ぶネーナ。
その度に遠くのチェリーが僕に対して殺気を飛ばすが、これはもう仕方が無い事だと思っている。
アメル君も、御飯は食べれている様だ。
眺めていて気付いたのだが、彼女には家族と言うものがいないのかも知れない。
彼女の事を気にして話し掛ける者はいるも、すぐに自身の家庭へと戻っていく者ばかり。
少し気になるが……僕がどうこう言う問題でも無いだろう。
宴は夜深くまで続いていった。
酒に酔いながら意識が朦朧としていく僕。
ふわふわ、くらくら。
回る視界の中で、隣のネーナがくすりと嗤う。
そうして僕は、眠りの中へと落ちていく。
◆
ボーっとした意識の中、ゆっくりと瞼を開ける僕。
視界に入るのは雑草の生えた地面である。
……あれ?
あ、そうか……昨日あれから寝てしまって……。
「うん!?」
身体を動かそうとして、自身の異変に気が付いた。
腕が――縛られている!?
寝転んだ態勢のまま、拘束を外そうと身を捩る僕。
訳の分からない状況ではあるが、このままでは不味いという事は容易に想像が付いた。
「やっと起きたみたいだなぁ、"腰振りピストン"」
「――チェリー、貴様……ッ!」
「怨まないで下さいね、ピストン様♪」
「ネーナもかッ! ……くッ!?」
声のした方へと振り返り、僕は驚愕する。
シケタ村の住民。
その殆どが、気不味そうに此方を見ていたからだ。
「アメル君……」
「……」
その中には当然、僕が助けた彼女の姿も。
「――さぁピストン……処刑の時間だ! 国の裏切り者に相応しい最後を、この俺が与えてやろうじゃないか!」
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