003 アメルとピストン
息を切らしながら、私――アメルは草原を走っていました。
どうしてこんな事になっちゃったんでしょう?
村はいつもと変わりありませんでした。
稲を耕し、水を汲み、風を感じる穏やかな毎日。
ええまぁ……少し退屈だとか、刺激を求めて都会に行ってみたいなぁなんて――考えた事は確かにありますよ!
けど、村に盗賊が来て欲しいだなんて誰が思いますかッ! そんな刺激は真っ平ごめんです!!
――あぁ、ゼペットお爺ちゃん。
――クレア叔母さん。
――ジョニーにトムにブラッドにレオナルド……。
皆……皆、無事なのでしょうか?
村一番の健脚である私が、外の人間へと助けを求める係となってしまいましたが……それが本当に正しかったかは今でも分かりません。
まだ子供のボルトを行かせれば良かったのでは?
私には負けますが、あの子も子供にしては足が速いし、何も年上の私が行かなくても――
と、考え事をしていたからでしょう。
「――あッ!?」
私は"何か"に足を引っ掛け、その場から転んでしまいます。
ごろんごろんと、草原を転がる私。
「いった~……ッ! 一体何が……ッ!?」
足を引っ掛けた物体に目をやり、ギョッとします。
それは人でした。
地面に横たわる男性……。
――え、何?
――この人、こんな所で何をしているの?
疑問を浮かべる私に目もくれず、男性は地面をじっと凝視しています。此方に気付いていないのでしょうか?
何と言う、集中力……。
その横顔は涼やかで、重力に従って垂れた黒髪は若干長い。
身に着けた衣服はシンプルでありながら作りが良く、一見しただけで高価な物である事が分かります。
もしや、貴族様……?
だとしたら私、なんて失礼な事を!?
平民が貴族を足蹴にしてしまった事実に気付き、私はその場で顔を青くさせます。
けれど、そんな事は些細な問題だったのです。
ええ、彼の行動の前では……。
「もっとだ……もっとイケる……ふふ、良いぞ! 段々気持ち良くなってきたぞぉ!!」
「ひっ……!?」
目の前の美形の貴族様は、そう言って地面に向かって腰をカクカクと振って見せます。
……え? ナニコレ?
……この人、え?
……何やって……えぇッ!?
……もしかして……そういう事?
……そういう事を……しているの?……こんな、外で!?
青くなった顔が、一気に赤くなるのを感じます。
忙しないとはこの事ですね! ええ!!
「何って――つまりナニッ!?」
言ってて、自分が何を口走っているのかも分からなくなってきました。
完全に頭がフットー状態です。
こんな爽やかな顔立ちで、真昼間から堂々と、何て破廉恥な事をしているのでしょう!?
嗚呼、信じられない!?
もしやこれが都会のスタンダード!?
田舎が遅れているとは、こういう事なのですか!?
「つッ……!?」
驚いた拍子に足を動かした所、左の足首から激痛が走ります。
どうやら、転んだ時に捻ってしまった様です。
「――そ、そうだ私! 助けを! 外に助けを呼びに行かなきゃいけないんだった!!」
「む……?」
そこで漸く貴族の方は私に反応を示しますが、正直、こんな変態に構っている時間はありません。
今この瞬間にも、村の皆は命の危機に晒されているのです。
足の怪我が何だ!
引き摺ってでも、隣町に行かなくては――!
決心を新たにした、その時です。
「お、見付けた見付けた~~♪」
「――ッ!!」
下卑た男の声が、私の背後より聞こえて来たのは。
「あ、あ、あ……」
――追い付かれた。
追い付かれてしまった。
私が馬鹿をやってしまったばかりに。
獣皮を身に纏い、抜き身の刃を佩いた男が三人。
地面にしゃがみ込んだ私を取り囲み、舌なめずりをしながら見下ろしてきます。
「ったく、手古摺らせてくれたなぁ、ねーちゃんよォ?」
「オメーが逃げ回ってくれたおかげで、俺達ゃ略奪にも参加出来ねぇ。トンだ貧乏クジよ!」
「で、でもよぉ!ひひっ! 村の方はジジババとガキしかいなかったど? 若い女はコイツだけだぁ……案外オラ達、良い役目貰ったんでねぇかぁ?」
「あぁ? そうだなぁ……」
三人の中でもリーダー格の様な男が、私の身体を上から下まで流し見をします。
後ろでは二人の盗賊仲間が含み笑い。
「ションベン臭ぇのに目を瞑れば、悪くはねぇか?」
「!!」
何が嬉しいのか、リーダー各の男がそう言うと「ヒャッハー!」と、やたらにテンションを上げる盗賊達。
何か……私の知らない所で、私の処遇が決まろうとしている気がします。
プンプンに漂う饐えた"オス"の臭い。
狙った獲物を見詰める様なギラギラとした視線に、私は自身の純潔が散らされるのを予感し――
「僕の目の前で婦女暴行か? 下品な奴等め……」
「……あん?」
唐突に割って来た、変態さんの声に目を丸くします。
「何だ、テメエ!」
「お、オラ達が誰か! 分がっでんのか、オメェ……ッ!?」
「――知らいでか。察するに盗賊崩れの変態だろう? 男三人に女一人……廃嫡されたこの身だが、この様な非道な行いを見過ごす程、僕は堕ちてはいないのさ」
『――ッ!』
「掛かって来いよ、ドサンピン。格の違いを見せてやる……」
いきり立つ盗賊達に対し、あくまで平静を保つ彼。
――これが私、アメル=レイテと、ピストン=セクス様の初めての出会いなのでした。
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