014 入国審査
シケタ村を出発して、三日。遂に僕達は、バスティア王国領へと続く国境検問所まで到着した。
徒歩の旅は、男である僕はともかく、少女であるアメル君には辛いものかと思ったが、以外にもその足取りは軽く、却って貴族生活を送っていた僕の方が足手纏いになり兼ねない程であった。
「此処で並んでいれば良いのでしょうか?」
「恐らくはね」
検問所の入り口には長い列が形成されている。
その殆どは、業者に寄るものだった。
僕達の様な個人で王国領へと渡ろうとしている者は少ない。
「時間、掛かりそうですね」
「思ったよりも人が多い。国境検問所に来たのは僕も初めてだけど、こんなにも混雑する所だったとはね」
「大丈夫でしょうか……?」
「うん?」
検問所の入り口に立つ、物々しい警備兵を見詰めながら、アメル君は心配そうにそんな事を口にする。
「……少なくとも、アメル君の方は問題無いだろう。パスポートは正規のものを習得したし、王国が帝国に入国制限を掛けたという話は聞いた事がない」
帝国の平民が王国へと出稼ぎに行くのは、そんなに珍しい話でもないしな。入国審査だって、簡単に終わる筈。
問題なのは僕の方だ。
元とは言え、僕は帝国の貴族だったのだ。
何の手も打たずにそのまま行けば、まず間違いなく帝国側のスパイを疑われ、牢屋へと拘留されるだろう。
そこで手に入れたのが、この偽造パスポート。
帝国領の国境都市にて、ブローカーを通じて手に入れたこのパスポートは、僕の身分を平民へと変えた偽造品である。
その価格は何と、50万エーロ。
所持金の凡そ半分を叩いて買った偽造パスである。
「こいつが使い物にならなかったら――僕は泣く」
「ピストンさん……」
「なぁに、大丈夫だよアメル君。ドシっと構えてれば結果は付いてくるものさ」
「そ、そうですよね! きっと大丈夫ですよね!」
「うん」
だから、その心配そうな視線を向けるのは止めてくれ。
不安になってしまうだろう。
「あ。そろそろ、ですね……」
「……」
前方の馬車が掃ければ、次は僕達の番がやってくる。
「アメル君が先に行って良いよ」
「え? 良いんですか?」
「構わない。レディ・ファーストという奴さ」
「ピストンさん……」
話をしていると、どうやら順番が来た様だ。
「次、入れ」
「……行ってきます」
強面な警備兵に呼ばれ、アメル君は検問所の中へと歩き出す。
「――バスティアで会いましょう!!」
途中僕へと振り返り、元気にそんなことを言ってくる彼女。
恐らくは百パーセント善意から来る言葉だったのだろうが、どうにもプレッシャーを与えれた様にしか思えない。
背中に妙な汗を搔きながら、その場で待つ事10分。
「次、入れ」
「……」
遂に、僕の番が来てしまった。
逸る鼓動を押し殺しながら、警備の兵へと促され、検問所の中へと進む僕。
「そこに座れ」
通された室内は石造りの四角い空間であった。部屋の中には武装した兵士が二人程おり、壁の隅には木造の椅子が設置されている。椅子から正面の壁には小窓が開けられており、恐らくは此処から入国審査官とやり取りをするのだろう。
緊張しながらも、僕は言う通りに椅子へと座った。
背後から感じる兵士の圧が強い。おかしな真似をしたら、即斬り捨てると言わんばかりの態度である。
……しかし、遅いな。
いつまで経っても、入国審査官が現れない。
この状況で待たされるのは、軽く苦痛でもあるのだが……。
そんな事を思っていた、その時だ。
「待たせたね」
「!」
濃紺色の軍服を身に纏った紫髪の女性が、一言謝罪の言葉を口にしながら、僕の対面へと着席する。
この女性が、入国審査官なのだろうか?
白手袋の指先でズレた軍帽の位置を直しながら、此方に向かって覇気の無い笑みを浮かべる女性。
「パスポートの提出を」
「あ、ああ……」
言われ、僕は彼女に偽造パスポートを手渡した。
不備はない……筈。
顔の半分を隠す様な長い前髪は、女の左目を完全に覆っていた。アレで本当に見えているのだろうか? と、長い確認の待ち時間で、ついどうでも良い事を考えてしまう。
「……ピストン=セクス君と言ったね?」
「はい」
「王国には何をしに?」
「職を探しに、出稼ぎです」
「職?」
「冒険者になろうかと。加護の儀を受けるのに必要な費用は、王国の方が安いと聞きましたので……」
「……成程」
事前に用意していた、受け答えを喋る僕。
不審な点は何処にも無い。
「加護の儀を受けたら、二プルの街の冒険者ギルドへ行くと良い。あそこなら初心者でも歓迎してくれるだろう」
「!」
「入国を許可しよう。――ようこそ、バスティアへ」
にっこりと笑い、パスポートに許可印を押す女性。
やった……ッ! やった……ッ!!
――ピストン=セクス、バスティア王国入国。
震える指先で返却されたパスポートを受け取り、僕はこれから始まる新たなる自分の人生に想いを馳せるのだった。
◆
「ピストン=セクスか……」
「どうされましたか、リブラ将軍?」
「いや、何でも」
部下へと手を振りながら、私は手元の書類に目を落とす。
【偽造パスポート一覧】
書類の頭にはそう書かれていた。
中身の注意書きと照らし合わせてみるに、先程の青年が持ってきたパスポートも偽造のものだという事が分かる。
あの場で拘束しても良かったのだが……。
「セクス家とはな……まさか、冠英貴族か?」
腹を壊した部下に代わり、お遊びで入国審査などをしてみたが、思った以上に面白い奴が釣れてしまった。
帝国の間者としてやってきたのか――或いは、別の――?
「……今はまだ、泳がせておくかね」
釣った魚はデカい方が良い。
今はまだ、太らせる段階だ。
そうして上手い事釣り上げる事が出来たなら――私もまた、中央へと戻れるかもしれない。
「待っていておくれよ、シェザラーナ……」
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