010 チェリー・ナックル
出会った時は衝撃でしたが、その変態的な性癖とは違い、ピストン様は人間の出来たお方でした。
半信半疑のまま村へと案内させられ、別行動を取らされた時は彼の事を疑いもしましたが――結果的に、彼は盗賊達から村を救ってくれたのです。
皆を救出する際に、私が盗賊の一人を殺めてしまった時も、彼は彼なりの言葉で私を慰めようとしてくれました。
気遣ってくれたのです……。
貴族が――平民を。
『ピストン=セクス……?』
『ああ、元貴族だ。今は故郷を追放されている。お前達と同じ立場だと言えば話も通じ易いか?』
領主様のご子息であるチェリー様は、嗤う様に皆に彼の事をそう説明しました。
『今から妹のネーナが奴を酔い潰す。奴が眠ったら、お前達はこの縄で奴を縛るんだ』
『な、何故そんな事を……?』
村長の御爺さんが、チェリー様にそう訊ねます。
『何だ? 貴族である俺のやる事に、平民風情が意見しようっていうのか?』
『い、いえ、それは……』
『なぁ村長? お前は今、誰のおかげで生きて行けてると思っている? ビシェット家……ひいては俺のおかげだろう?』
『……』
『逆らうな。考えるな。――それが、平民が長生きするコツだ』
笑いながら村長の肩を叩き、その場を後にするチェリー様。
『恩人を裏切る破目になるとはのぉ……』
肩を落とし、ポツリと呟く村長。
こうして私達は、訳も分からずに恩人であるピストン様を罠に嵌める手伝いをする事となりました。
――貴族には逆らえない。
それが、私達平民の常識だったのです。
18才になれば受けられる加護の儀。しかしそれは、一定の収入がある者にのみ許された特権なのです。
基本的に、平民は加護を受け取る事が出来ません。
農作物を育てて生活する私達は、物々交換が主となるので、通貨を得る手段が人よりも少ないのです。
ならばと、商人を目指す人もいましたが、それも難しい。
商人として生き残るには、それ相応の才能が必要なのです。
都市で商いをやるには商工会に属してなければならず、この商工会というのは貴族の息が掛かっているので、並みの平民では却下されてしまいます。
月日が経過すれば、貴族と平民のステータス差は歴然となります。分かり易い強者と弱者の図。
強い者は弱い者に対して何処までも残酷です。
チェリー様の言葉に嘘はありません。
実際に私達は、戯れに貴族に殺されたとしても、何の対抗手段も持たない哀れな弱者なのです。
だから、と――
私は自分自身に言い聞かせながら、気持ち良さそうに眠りに付くピストン様の両手に縄を結ぶのでした。
仕方が無い事なのだと。
自分を偽り。
自らを騙し。
そうして私は――私は――
気が付けば、ピストン様の拘束を解いていました。
◆
「はぁ、はぁ、……げほごほげぶんっ!」
「おい、大丈夫かアメル君?」
「は、はい。いえちょっと、意気込みすぎて気分が……ッ!」
「……ははは」
思わず、笑い声が零れてしまう。
吐きそうな思いを我慢して、彼女は僕を助けてくれた。
正直、僕と彼女にそこまでの関係性は無いと思う。
出会ったのだって、昨日の今日だ。
命懸けで、危ない橋を渡る必要は何もない。
けれど、彼女は動いた。
そうは思わなかったんだ。
傍目から見れば、アメル=レイテという少女は愚かな子なのかもしれない。
こんな行動、自分の人生を投げ出す様なものだ。
推奨は出来ない。
だが――周囲から裏切られ続け、魂まで凍りそうだった僕の心は、確かにこの時、暖まっていた。
「――安心したまえ。君は僕が守ろう」
「ピ、ピストンさん……」
この、愚かにも暖かい少女を此処で死なせてなるものか。
ついては、目の前の連中の突破が課題か。
「ピストォォォォオ――ン!!」
「ま、余裕だな」
襲い掛かるは数人の兵士。
兵士とは言っても、甲冑を着込んでいる訳ではない。
長剣を獲物に、防具は軽装のウッドアーマー。
ビシェット家の財政が簡単に想像出来るな。
そしてステータスも、
―――――――――――――――――――――――――
[兵士A LV.10]
総戦力:150
生命力:35/35
魔法力:18/18
攻撃力:25
防御力:20
素早さ:18
賢 さ:22
幸 運:12
スキル:索敵LV.1
―――――――――――――――――――――――――
――この程度か!
「でやぁッ!!」
「ぐむッ!」
近付いて来た兵士の腹に拳を叩き込んでやると、2、3メイル程吹き飛んでいく。
生命力の数値は0/0だ。
強制的な気絶。
神の祝福が完全に消えた状態だ。
死んではいないが、暫くは起き上がれないだろう。
「どうした? ――来いよ」
『ぐ……』
兵士達も今の一撃で悟ったのだろう。
自分達と、俺とのステータス差を。
「何やってるんだ! さっさとそんな奴、殺してしまえ!」
ただ、分かってない馬鹿も此処にいるけどな。
これは、戦闘経験の違いかな?
「お兄様!? 話が違います!!」
「殺すなって!? この状況じゃ無理だよ!!」
「……ッ!」
「何なんだあの強さ……ッ!」
生温い事を言う妹へ、チェリーは吐き捨てる様にそう言った。
ネーナは、まだ僕を自分の家畜にするつもりだったのか。
辟易するな。
『うおおおお!』
雄叫びを上げ、向かってくる兵士達。
どうやら、主の意向には逆らえないらしい。
哀れな連中だ。
「――で?」
瞬く間に向かってきた兵士達を地面に沈めた僕は、対するチェリーの目の前で両手を広げてやる。
此処から何かやれるのか? と、態度で煽る。
「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ! こんな……ッ! 加護の儀で失敗した男が何で……!?」
「……誰が失敗したと言った」
「へ……?」
「少なくとも、僕は一言もそんな事は言っていない」
お前達が、勘違いしただけだ。
僕の【愛淫の加護】を、勝手に想像で失敗と決め付けた。
それが――この結果だ。
「そんな、そんなぁッ――!?」
「あぁ」
もう良いわ。
分かって貰おうなんて、もう思わない。
僕はそう結論付けて、目の前の男へと拳を振るう。
「――」
生命力0/0。
顔面に拳の痣を付け、気持ち良く眠るチェリー=ビシェット。
決着と言うのは、何とも呆気ないものだ。
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