3.説明回は必要である
何とか……今週二話目です……
忙しくて執筆時間が取れないってのに、筆がのってしまいこんな長さに。
ではどうぞ。
まさに、女神という言葉通りの存在だった。キトンという古代ギリシャの女性用衣装――『女神像』がよく身に着けている布製の服だ――を身に着け、顔には人々を見守る慈しみを携え、明るいはずの白一色のこの空間でさえ輝いて見える金色の髪を持つ。それが、ティアと名乗る女性だった。
(これが、神。圧倒されるような存在感だ)
膝を折って屈するほどではなかったが、生まれて初めて相対する俺より上位の存在に畏怖のようなものを感じていた。ティアというのは本当の名だろうが、それが全てではないと分かった。そのような名前の神は知識にない。
しかしその力は本物なのだろう。であれば、
「……一つ、頼みたいことがある」
『何でしょうか。私に可能なことであれば何なりと』
相手の都合で召喚されるのだ、ただ一つの心残りを伝えるくらい許されるだろう。
「残してきた母を守ってほしい。俺がいなくなった後に何が起こるか分からないから、身の安全や、万が一心中しようとしたときに止めてくれ」
『……そういうことですか。分かりました。あなたの母上は私が責任をもって守護させていただきます。自分で言うのも何ですが、平和をつかさどる者としては第一人者である自負がありますので』
(平和の神……、ならば信用できるだろう)
俺と母は、親一人子一人ということもあってかなり仲良く暮らしていた。男は強くあれ、という風潮であることは理解していたが、力を示す機会などなく日々の暮らしを送るので精一杯だった俺にとっては、炊事洗濯などの家事の方が大切なことだった。母が一人になってしまった今、足が不自由な状態では家事を満足に行うことも難しいだろう。
(最後の親孝行になるのか。元気でいてくれるといいが……)
「では、これから行く世界について知識大全に載っていないことを教えてくれ」
知識としてどのような世界なのかは載っているが、例えばローカルルールのように、その世界特有のしきたりがあるかもしれない。そういった事象はこの知識大全には載っておらず、新たな情報を入手するたびに成長していくらしい。あくまで載っているのは一般に広く知られている『知識』のみであるようだ。
『載っていないこと……そうですね。浩一様の世界と比べて大きな違いに「魔法」があります。自然に起きない事象を引き起こす、という意味でこの名が付けられていますが、極端に大きく自然を破壊、又は世界そのものに影響を与えるほどの大きな事象は引き起こすことができません。あくまでヒトの身に作用可能な範囲で効果が出ます』
山を丸ごと消し飛ばしたり時を止めたりといった魔法は存在しない、ということか。
『また、武器を手にしての戦闘も行われています。浩一様が得意とされる槍はもちろん、剣や弓など様々なものが揃っていますが、銃や爆弾などの近代兵器は存在していません。前段階として、この先の世界にはまだ火薬というものが存在しないのです』
古代に存在した黒色火薬というのは、ざっくり言えば硫黄・硝石・炭の混合物だ。硫黄と炭は自然界に存在する物質だが、硝石は自然には見つからず基本的に乾燥した土地でのみ産出される。しかし乾燥した土地で生活するのは難しく、さらにそこで作業をするというのは想像を絶する苦労を伴うのだ(以上、知識大全より抜粋)。
「つまり、近接攻撃は主に武器、遠隔攻撃は主に魔法、といったような区分けがあるのか」
『その通りです。付け加えるならば、武器に属性を付与するエンチャントという魔法もありますが、咄嗟にできるような簡単なものではないので使う方はほとんどいないですね』
それはそうだ。仮にその魔法が使える者がいたとして、誰かの武器に付与する暇があったら別の攻撃魔法を放った方が有意義だろう。
「なるほど。俺には何らかの魔法の適正はあるのか?」
主体となる攻撃は槍などの武器になるだろうが、せっかく聞いたことのない技術があるのだ、気にならないと言ったら嘘になる。
『申し訳ありません。浩一様は魔法の適正が低かったため、最低限の生活魔法と補助魔法のみ使える状態です』
「そうか……、いや、元より使えない世界にいたんだし、今まで通りの戦闘様式でいいというわけだ」
…………がっかりなんてしてないんだからな。
『――そろそろ、この時空に浩一様を留めておくのも限界のようなので召喚へと移らせていただきます。何か他に希望等はありますか?』
「時間か。では、あちらで何があってもいいよう、先ほどまで持っていた槍だけは持たせてくれ」
『そういうことでしたらご安心ください。生活魔法の中にストレージというものがあります。そちらに日本で使っていた物をはじめ、いろいろと便利なものを揃えておきました』
ストレージ……、なるほど、目に見えず容量の大きい風呂敷のようなものか。これは便利だ。
「ありがとう、これでとりあえず戦うことはできる」
『では、浩一様。剣と魔法の世界「アリシア」へ、行ってらっしゃいませ』
その言葉を聞くとすぐに、周囲を包んでいた白い空間が輝きだし、ティアの姿がだんだん見えなくなっていく。この空間に来た時と同じような感覚。そして、
意識を失う直前に聞こえた女の声と、
うっすらと残る視界に映るティアの笑顔。
その二つが、何故か脳裏にこびりついて離れなかった。