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黒の森

失ったものと得たものと ~ 柴田 亜衣 ~

作者: 千東風子

修太郎に恋して、拗らせた女の子の話です。


 一目惚れだと思う。

 ズキュンと来た。


 黒い中に茶髪が一人。

 目の色も明るい。

 でも、顔は日本人だ。話す言葉もニホン語だ。


 シュータロー君っていうんだって。

 その日から、シュータロー君ばっかり見てた。


 シュータロー君はいつも同じ女の子と一緒にいた。

 かわいいといえばかわいいけど、あたしの方が遥かにかわいいし。

 家が隣で幼なじみなんだって。


 へえ? だから?

 それって一緒にいる理由にならないよね?

 幼なじみと一緒にいるのが普通なら、同じ幼稚園小学校だって、立派な幼なじみだよねぇ?


 でも、一緒にいるのはその子だけ。

 付き合ってもいないと。


 シュータロー君って、小学校では男子たちにからかわれてたんだってさ。それって、茶髪とかだけじゃなく、それも理由にあるんだって、気が付かないのかな?


 コドモだなぁ。


 まあ、でも、コドモっぽいところもかわいいからいいや。

 もうあたしのモノにするって決めたし。


 シュータロー君が陸上部に入ったから、あたしもマネージャーとして入った。選手として? 冗談じゃないよ。走るの嫌いだもん。

 記録を取ったり洗濯したり、まあ雑用は多いけど、シュータロー君の近くによっても怪しまれないポジションをゲットしておきたい。


 物心ついた時から、あたしが願えば何でも叶った。もちろん、死んだ犬を生き返らせてとか、お姫様になりたいとか、コドモっぽいことは言わないよ。

 アレコレして欲しい、物が欲しい、パパもママもお兄ちゃんたちも全力で叶えてくれた。

 もちろん、自分からも取りに行ったし。


 シュータロー君が欲しい。

「ゆい」じゃなくて「あい」を見て欲しい。


 そのためには、周りから攻めるよ。

 あたしはちょっとわがままだけど、勉強もできる方だし、いつもにこにこ笑顔で優しい「イイコ」で通っているから、皆、あたしの言うことを疑わない。


 あたしシュータロー君が好き。でも、幼なじみの子がいつもべったりで……。他の子がシュータロー君に近づくのがイヤみたいで。もっとシュータロー君と話がしたいから、皆、協力してくれる?


 部活内での種まきは順調。

 あとは女の子ネットワークでじわじわとあの女を閉め出してやる。

 あの女は友達らしい友達もいないようだし、孤立していけばいい。


 二年の時、天はやっぱりあたしの味方した!

 シュータロー君と同じクラスになって、あの女は違うクラスになった。しかもあの女のクラスにはあたしの手下ともだちがたくさんいる。やりやすい。


 最初の頃、シュータロー君は、昼休みの度にあの女に会いに行ってた。けど、クラスの皆で昼休みも過ごすように少しずつ誘導して、あの女に会いに抜け出せないようにした。


 シュータロー君、困った顔してる。

 かっわいい。


 部活もシュータロー君にだけ特別サービスしてるのを周りに気が付かれないように、八方美人に努めた。皆に優しいかわいいマネージャー。特にシュータロー君にね。

 あたしがシュータロー君を好きなの、ほとんどの皆が知っているけど、ちゃんとマネの仕事をしてるので、応援してくれている。


 他にもシュータロー君を狙う女子たちを叩き潰しながら、三年になった。

 もう、これはイケってこと?

 またシュータロー君と同じクラス。あの女は別で、またまたあたしの手下ともだちがたくさんいるクラス。その頃には、あたしが何か言わなくても、手下ともだちたちは勝手にあの女をターゲットにして楽しんでいた。


 あたしはもう関係ない。

 体育祭、文化祭や修学旅行、親密になるにはもってこいのイベントばっかり。忙しいから構ってられない。


 夏、部活の引退の時は、シュータロー君の走る姿が本当に格好良くて、泣けた。


 夏終わりの修学旅行は同じ班でずっと一緒にいた。皆の協力に感謝。シュータロー君はほとんど男子とばかり居たけど、皆が気を使ってくれて、時々二人で歩いた。

 なのに、シュータロー君は、いつもあの女を探して、目で追って。

 あたしのこと皆「アイ」とか「アイちゃん」で呼ぶのに、シュータロー君だけは「柴田」って呼ぶ。

 知ってるよ? あの女の名前と似てるから、あたしを名前で呼ばないんでしょ。


 往生際が悪いなぁ。だって、あの女は学校で一度も自分からシュータロー君に会いに来たことないじゃない。

 家で会える? だからなに? 手に入れようとしないくせに、側にいるポジションを手放したくないなんて、ちょっとわがまま過ぎるんじゃない?

 努力もしないでシュータロー君の側にいようなんて、身の程知らずもいいとこ。……邪魔だな。

 シュータロー君にはあたしが似合うよ。早く気が付いてよ。ちょっと鈍すぎなんじゃない?


 文化祭も体育祭も同じような感じでシュータロー君はあの女を目で探し続けていた。

 それさ、好き、じゃなくてただの執着だと思うよ。

 あたしと違ってさ。


 イベントが一段落した秋を過ぎると、一気に受験生モードに入った。

 シュータロー君の受験する高校を周りから聞き出し、あたしもそこを目指す。幸い、「イイコ」のあたしには合格圏内のそこそこの進学校。推薦もとれたけど、シュータロー君が万が一落ちて私立に行くとしたら、あたしも同じ私立に行くつもりだから、一般受験にした。

 あの女もどうやら同じ高校を志望するらしい。

 なんだかなぁ。

 この二人は執着し合って、どうにもならなくなってる。離れた方がいいのに。ってか、離すけど。


 無事志望校に合格して、シュータロー君とは違うクラスになっちゃった。なのに、あの女とは同じクラス……これは直接戦えってことか。

 いいだろう。思えばあの女とはあまり直接関わったことがない。いつも手下ともだちが相手をしていたしね。


 シュータロー君はまた陸上部に入った。あたしも当然マネージャーとして入った。

 高校は中学とは比べものにならないくらい忙しかった。朝練、授業、放課後練習、帰って宿題……それが毎日だった。


 シュータロー君は、やっぱりあの女を目で探すけれど、どこか辛そうだった。シュータロー君は中学の時から一貫してあたしにはあの女のことを話題にしない。何があったかは詳しくは分からないけど、あの女との縁が切れるのも、もう少しかもしれない。


 クラス行事であの女と関わることがあったけど、気がとことん合わない。皆のために盛り上げようとしているのに、あの女は乗ってこない。珍獣を見る目であたしを見てくる。邪魔な珍獣はお前だ。お昼はどこかに行ってしまうけど、シュータロー君のところにはいない。授業の合間は席に一人で、時々ニヨニヨしていて気持ち悪い。


 夏、秋とシュータロー君はあまり調子が良くなくて、記録が伸びなかった。一年生の中でも底辺だ。テストでも補習を受けていた。


 勢いで告白した。本当はまだするつもりなかったけど、切なそうに遠くにいるあの女の後ろ姿を見ているシュータロー君に、気が付いたら気持ちをぶつけていた。中学校の入学式からずっとの思いを。


 シュータロー君は断ろうとした。顔で分かる。目で分かる。あたしを一度も見ずに、あたしをいらないと言おうとしてる。


 頭が沸騰した。


 そう、あの女のせいなの。まだ邪魔するの。まだ懲りないの。高校でもハブにしてやるから。隣に住んでるだけのくせに、図々しくまとわりついてるなんて、身の程を知らせてやる。


 思わず言っていた。

 声に出ていたのに気づいて、ハッとシュータロー君の顔を見たら、真っ青だった。


 違う! あの女がぼっちなのは、自分のせい! ちっともクラスに馴染もうとしない変な人だもの!


 言いたかったけど、これ以上はダメだ。グッと黙ってシュータロー君を見た。


 その時、シュータロー君が初めて「あたし」を見てくれていた。


 時が止まったみたいだった。

 やがて死にそうな顔をして、シュータロー君が「いいよ」と言った。


 顔と言葉が全然合ってない。

 なに? 断ったらあの女がハブにされるから、自己犠牲で付き合うって言ったの?

 あたしを見て、あの女のために?

 そんなことであの女を守ったつもり? 悲劇のヒーロー? はあ?

 ……いいよって言ったのは自分だからね。

 あたしは、逃がさないよ。


 即行で知り合いに全員に「彼氏ができたー! シュータロー君!」と流した。

 あたしからなんて別れてやらないから。


 家が逆方向だから、最寄り駅までしか一緒に帰れないけど、毎日一緒に帰った。大体あたしがしゃべり倒して終わりだけど。

 手を繋いだら体が強ばってたけど、知らない。


 部活のオフの日はデートした。うちの生徒がよく利用するショッピングセンターで、見せつけるようにぶらぶらしてお茶して、あたしの家まで送ってもらって、家の前でキスした。

 シュータロー君は泣きそうな顔してたけど、知らない。


 クラスでは、あの女が見るからに憔悴していた。

 今更シュータロー君が惜しくなったの? 側にいる努力もしないで?

 それともなに? やっとシュータロー君が好きって気が付いたの?

 へえ? もうあたしのだから。

 失恋、かーわいそー。


 ……幸せ。なのかな。

 初恋の人と付き合って、これが、幸せ?

 元々性格が良いとは自分でも思ってないけど、日に日に心の中がドロドロ黒くなっていくような気がする。

 でも、別れたくない。やっと、「あたし」を見てくれたのに。


 ある日の朝、クラスに入ると、雰囲気がいつもと違ってざわついていた。

 なんだろう、と周りを見渡したら、手下ともだちの一人が寄ってきて教えてくれた。


 朝のニュースで、玉突き事故に巻き込まれてうちの市に住む「萱野」って夫婦が死んだって。それがあの子の親じゃないかって。


 ……あは、天罰だ。何年もシュータロー君を束縛していたからだ。

 少しは苦しめってことだ。


 じゃあ、今苦しめている、あたしは?


 担任が教室に入ってきて、あの女の両親が交通事故で亡くなって、あの女はしばらく学校を休むことを告げた。

 葬式は先生と学級委員だけ代表で行くことになった。

 どうせシュータロー君も行くだろう。隣だもんね。行かない方がおかしいし。


 クラスは2、3日落ち着かなかったけど、シュータロー君も学校に出てきて、普段通りに戻っていった。

 あの女は来ないけど。


 シュータロー君は正直に、あの女が落ち着くまで、家族総出で支えるつもりだから、一緒に帰ったり遊びに行ったりできない、と告げてきた。

 まあ、一般的に家族ぐるみのお付き合いがあって、大変な時は支え合うのは普通のことだから、分かった、と答えた。


 少しホッとしたのはなんで? あたしどうした?


 ある日、一人での帰り道、街はクリスマスカラー一色になっていて、クリスマスにはシュータロー君と一緒に過ごせるだろうか、なんて考えてたけど、誘う勇気がなくて、冬休みに入った。シュータロー君からは誘ってくれなかった。


 勇気を出して、初詣に一緒に行こうと誘ったけど、答えは、ごめん、だった。


 年が明けて、クラスがまたざわついていた。今度はどうしたのか、と思って、何気なく窓際一番後ろのあの女の机を見て、ギクリとした。


 机がなかった。


 これはやっちゃいけないヤツだ。一線を越えている。

 クラスの皆があたしを見てる。


 あたしじゃないよ! あたし今来たところじゃん!


 そうこうしているうちに担任が来て、おかしな雰囲気を察したのか、説明した。


 あの女が学校から居なくなったこと。荷物を取りに来た時に、机ももう下げてくれと言ったこと。

 転校先は誰にも知られたくないと言ったこと。


 それを受けてか、学校全体でいじめに関するアンケートがとられ、その結果、あたしが先生に呼ばれた。


 中学の時からあの女に嫌がらせを行っていたという複数回答がある、って言われてもねえ。あたしはお願いしただけで、実行犯は手下ともだちだし?

 知らない分からないひどいと繰り返し、親に泣きついて抗議してもらった。


 次の日、クラスの皆のあたしを見る目が変わった。

 意味が分かんない。あたし一人のせいにする気?


 部活に行ったら、顧問の先生からしばらく休むように言われて帰された。


 なんなの? なんなのさ? あたしが何をしたって言うの?


 イライラしながら歩いていると、シュータロー君が追いかけてきてくれた。休みに入る前に会って以来だから、久しぶりに会う。嬉しい。


 もう気がすんだろ。別れる。君のこと、好きになれなかった。


 言うだけ言って背を向けて走って戻って行った。


 ふざけんな!

 被害者面すんな!

 付き合うって言ったの自分じゃん!

 あの女がいなくなったの、シュータロー君のせいじゃん!


 シュータロー君に声は届かない。

 けど、たくさんの人が聞いていて。益々あたしを見る目が厳しくなっていった。


 結局、あたしは部活を辞めた。引き留めてくれる人も居たけど、一人のトラブルは部全体の出場に影響するから、保身、しょうがない。もう、興味もないし。


 好きな男の幼なじみをいじめて、学校から追い出した悪女。

 それがあたしの評価になったけど、気にしない。


 ひとりでも、そんなに辛くないし。


 シュータロー君は、何かが吹っ切れたように部活に勉強に打ち込んで、ものすごくモテだした。

 けど、今度は、はっきりと「好きな子がいるから」と言って断っていると聞いた。


 遅いんだよ、ぶぁーか。


 三年になってすぐ、あの女が全国ニュースになった。

 女子高生、行方不明と。

 事件に巻き込まれた可能性が高いと、公開捜査に踏み切ったって。

 しかも、シュータロー君家族が会いに行った日、会う前に居なくなったって。それって、めちゃくちゃ犯人って疑われるヤツ。

 車のドライブレコーダーとか、防犯カメラとか、すぐ疑いは晴れたみたいで、シュータロー君は学校に出てきていたけど、今にも死にそうに見えた。


 もう、何か言えた義理はないんだけど。

 ずっとあの女を見てきたんでしょ?

 なら、簡単にあきらめんな。

 きっとあの女は臆病にも逃げたんだよ。

 シュータロー君から、逃げたんだよ。

 追いかけなよ。

 あたしをいらないと言って、追いかけた子なんでしょ。

 あきらめんなよ。


 言ってやんないけどね。


 ぼっちの高校を卒業して、あたしは地方の大学に入った。新しい人間関係は、あたしを段々と大人にして、なんであんなに一人の男に入れ込んでいたのか、不思議に思うようになった。


 あたしの初恋は、癇癪を起こしたコドモの拗れた執着だった、と思う。


 彼氏の腕の中で、そう思った。

 ようやく、初恋が終わった瞬間かもしれない。


 大学を卒業して就職して数年が経ち、ずっと付き合っている彼氏との結婚話が進んで、先に入籍だけしようと、親に挨拶と署名をもらいに地元に帰ってきた。高校卒業以来だ。


 道端でかつての手下ともだちと遭遇した。

 彼女は楽しそうに話しかけてきて、思いがけないことを言った。


 萱野さんだけじゃなく、藤崎君が居なくなったのも、あなたがやったの? と。


 は? いなくなった? って、行方不明ってこと?

 シュータロー君が?


 詳しい話を聞いたら、何が楽しいのかベラベラしゃべってくれた。


 一ヶ月くらい前に、突然シュータロー君が居なくなったと。警察と家族が捜索していて、公開捜査にはしていないけど、騒ぎになってるって。


 あたしが監禁したんじゃないかって、皆言ってるけど、本当?


 はあ? もうなんとも思ってないし。10年以上たって監禁って、あたしどんだけヤバイヤツなんだよ!


 反論しようとしたら、やんわり彼氏が肩を抱いてきて、お父さんたちが待っているよ、と促された。


 あたしの連れだと思っていなかったのか、彼氏を見て、どちら様? って、目がハート。おい、なんでだ。

 来週結婚する人、とだけ答えたら、非常に残念そうに、じゃあ違うのかあ、と、じゃあねとどっかに行った。


 失礼な。


 それにしても、シュータロー君が行方不明とか。

 ……迎えに行ったんだろうか。

 行ったんだろうな。


 あの頃のあたしからは少しは大人になったから、祈ってあげる。あの女のためじゃない。シュータロー君のため。


 あきらめんな!

 追いかけろ! シュータロー君!


 あたしは来週には旦那になる人の手を握って、実家へと向かった。


 もう初恋は追いかけない。




読んでくださり、ありがとうございました。

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