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仮設風向計/詩集その3

炎天

作者: 浅黄 悠

炎天(20.08.31)


午睡の部屋

柄の綺麗なペーパーナイフ

私はどうしてこんな人間になったのだろう

君はどうしてそんな人間になったのだろう

それが憂鬱な夏の始まり


遮断機の向こうに夏の草原

ひとりきりの広葉樹

影が濃く酷暑に人は消えた

プラスチックと金属だけが真夏をやり過ごしている

汗も涙も落とす余裕がないほど乾いている


空になった水筒を片手に一人

俯いて外を歩く

逃してしまった電車はいくら経っても来なかった

望みをかけた公衆電話が暑さに壊れていた

鳥も飛ばない空がくらくら揺れる

静かな風に混じり金属バットの打球音が耳に届く

まるで帰りたいのにどこへも帰れない夢


簡単に笑えなくなった頃のあの日

心の底に光が届かないのは年を重ねたからだと思っていた

冷えて香ばしい麦茶を飲もうと辿る帰途を光の波が塗りつぶす


扇風機のファンの音やラジオの笑い声に

大人の戻らない関係を少しだけ思い出す

がらんとした仕事場でもくもくと作業をしていたあの人が

不器用だったかもしれない態度で

小さな冷蔵庫から出してくれた

不思議に懐かしい味のするアイスキャンデー

もう忘れ去られていてもいい


思い出が濃くなる

夏をなぞる度に

焼ける肌を感じる季節が終わることぐらい

どうでもいいとはまだ言えない


こうしていれば骨の痛む冬など

別の世界にあるように遠いのに

迫る夕暮れ 雲間からの眼差し

来年もきちんと君がここにいるのか

私が本当の意味で生きているのか

同じように手を繋いでいられるのか

そのまま過ごせばある未来だとして

口に出さずに誰も安心させない自分が信用ならない


悲しみや辛さを知っていて

出来るだけ果てへ行く

ただ灼熱のアスファルトのように

無人のプールサイドのように

ノスタルジーなどではなく

私を包む日々として


調整された風

窓の傍でぱさぱさと文庫本を開き閉じして

理性的な蛍光灯の下で氷を食べ

汗をかく感覚を忘れ

日焼けを知らないとでも言いたげな腕を組んで

排気ガスばかりに汚された街にいるとして

それも夏の一部であり

君のものであり

私のものである


私の元にパンフレットのような夏は来ない

君が誰かの作り上げた出来事を追うのでなければ

あるいは私がこの日々を憎むのでなければ

君とまたどこかへ行こう

夏の幻が無限に暴発する時

この星にひっそりと現れては消える美しさの

青く透き通るような苦悩を垣間見るかもしれない


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