緩く優しい婚約破棄から優しい恋愛を始めてみませんか
「ラクル・フローリア公爵令嬢、貴方との婚約は破棄させてもらう!」
普段賑わう夜会の音が、風のように通るしっかりとした少年の声によって止まった。
誰もが息を飲んだその瞬間、少年の鋭い声に答えたのは柔らかい少女の声。
「あらあらまぁまぁ、書類はご用意なされてます?」
「ここにある。後はお前が名前を書くだけで済むようにしておいた。双方の親とも確認は取れている」
「あら、ご親切にありがとうございます〜」
周りからすれば気の抜けるような会話。
けれど会話の内容は気の抜けるようなものではなく、一大事と言っても過言でないもの。
普通の婚約破棄ならば噂になる程度、この国では差程珍しくはないのだ。
だがこの2人は違う。
この2人はこの国のエン・クロディーヌ第二王子と第三公爵家と言われる名家の長女であるラクル・フローリア公爵令嬢なのだ。
この第二王子は王族主催の夜会で婚約破棄を言い渡したのだ。
「あ、あの王子。何故婚約破棄など…?」
近くにいた度胸ある伯爵が静かなホールで声を出す。
王子は何とも思っていないのか、その疑問に素直に答えた。
ただ、その内容はごく普通で、けれど政略結婚のある貴族社会では理解し難いものだった。
「私達の間には一切愛がないのだ。まだ若いのに愛のない関係でラクル嬢を縛り付けておくのは忍びない。だから、婚約破棄をすることにした。それだけだ」
「分かっていらしたんですね、私が貴方様を好いていないと」
「私はそこまで鈍感ではないぞ?昔馴染みだ。もし恋愛が出来ぬようなら戻ってくればいい」
「まるで私は解き放たれた小鳥のようですが、貴方様が恋愛をしない保証でも?」
「そうだな…もし私の会話についてこれる令嬢がいるのなら可能性はなくはない。が、その時はその令嬢をお前の眼で見極めてはくれまいか?」
「ふふ、私でよろしければ」
なんということか、元婚約者が未来の第二王子の婚約者を見極める口約束など交わされて。
この二人の関係は知らぬものには理解し難い、親密で冷淡なものがある。
この2人は幼馴染であり、よき友人なのだ。
まるで兄妹のようにあるその仲に慕情など入る隙間がないのだ。
「では、最後に1曲踊って頂けます?」
「私からお誘いする気だったんだが…まぁ良い。次は慕う相手と踊れることを祈って」
静かだったホールに再び音楽が流れ出す。
二人の無意味な関係に終止符を打つそのステップ音はとても軽やかに響き渡っていた。
2人の様子を見守っていた両親、兄弟は大切なものを見守るような目を向ける。
ただ1人を除き。
そうして最後のひと音まで誰もが2人のダンスを見つめていた。
「今までありがとうございました。これからもよろしく願い致しますね」
「こちらこそ。ラクル嬢とは縁が切れることはないだろうからな」
「それは…貴族としてです?」
「いや、家族として…となるのかな」
「ラクル・フローリア嬢」
「は、はい」
彼女の名前を呼んだのは、ダンスを終えて会話をしていた第二王子ではなかった。
第二王子と瓜二つだが、細いながらも筋肉質でまだ少し幼い雰囲気を醸し出す少年。
第三王子のリン・クロディーヌだった。
「お久しぶりです。リン殿下」
「数年ぶり、ですね。貴方は益々お美しくなられた」
「お褒めに預かり光栄です。リン殿下もとても魅力的な男性になりましたね。昔はエン殿下の後ろから出て来ませんでしたのにねぇ…」
「それは昔の話だ。今は兄上の前を行きますよ」
「言うではないか弟よ。まぁその兄は邪魔をしないよう早々に退散させて頂くよ」
「エン殿下。良き縁談に巡り会えることをお祈りしております」
ラクルがそう告げると、エンは片手を上げて去っていく。
多少のフランクな挨拶は許される間柄なことを周りの人間は再度知らされる。
「さて、ラクル嬢。次は私と踊って頂けますか」
「ええ。喜んで」
その手を取った瞬間、ラクルの手には熱は伝わった。
リンの手は熱く、熱ではないかと一瞬考えたラクルは表を上げてリンの顔を見た。
そこには今まで見た事もない熱い目があった。
「リ、リン殿下…?」
「何でしょう?」
「いえ……よろしくお願いしますわ」
タイミング良く始まった音楽に足取りを乗せる。
ラクルはこんな熱い視線を初めて感じる。
だが、それが何かを両親を見て知っていた。
理解した瞬間、ラクルの身体には熱がこもり足取りが少し早くなる。
「ラクル嬢、転けてしまわれますよ」
「はっ、はいぃ」
慣れない熱い視線、優しく甘い声、指から伝わる熱にラクルはリンを直視することが出来なかった。
実はこの作品、以前書いていた連載小説と設定も入りも同じなのです。
その作品を読んでいてくださった読者様にはお分かりでしょうが、最後の方…恋愛の始まり方が全然違います。
個人的にその作品は書き直したいと思いつつ、書き続けてもいいものかと悩んでいたのでこうやって短編小説にさせて頂きました。
勝手で申し訳ありません。
ですが、ここまで読んで面白かったなと思って頂ける方が多ければまたゆっくりではありますが書き直して連載させて頂きたいと考えております。
thank you for reading.