早乙女くんにはスキがない!
気に入らない。
ヒジョーに気に入らない。
「ミズキは早乙女くん好きじゃないの!? 信じられない! あんなスキのないイケメンは他にいないよ!?」
だからそれが気に入らないんだっつーの!
みんなが好きだからって、なんで私まで好きにならなくちゃいけないの?
何がスキのないイケメンだ。
そこまで言うなら、
本当にスキがないかどうか、この目で確かめてやろうじゃないの。
***
――来た来た!
私は電信柱の陰に、さっと身を潜める。
高校の正門から、颯爽と出てきた長身の男子生徒。
2年A組、早乙女卓巳。
凛々しくも美しい顔に、ほどよく筋肉のついた素晴らしいプロポーション。
成績は常に学年一位で、運動神経も抜群。
さらさらと風になびく柔らかそうな髪。
低いのに、甘く響く声。
黙って立っているだけで、絵になる男。
まさに完璧な、「スキのないイケメン」なのだそうだ。
私は全然そうは思わないけどね。
全校女子の憧れの的なのに、早乙女くんに彼女はいない。
友人関係も、ごく限られた少人数としか接していないので、その生態は謎だらけだ。
私も、彼と会話したことは一度もない。
クラスも違うしね。
かろうじて入手したのは、「どの部活にも所属せず、放課後はいつも急いで帰る」という情報のみ。
というわけで本日、授業が終わってから、正門のそばで待ち伏せてみた。
私の存在に気づかず歩く早乙女くんの後ろを、コッソリ尾行してみる。
なぁ~にがスキのないイケメンだ。
こうして後ろを尾行すれば、ボロのひとつやふたつ、出すに決まっている。
キサマの化けの皮をはいでくれるわ、フハハハハ。
……しかし歩くの速いな、早乙女くん。
足が長いからか?
私、もはや走ってるんですけど。
かなりしんどくなってきたんですけど。
何をそんなに急いでいるの?
他の男子はみんな、放課後と言えば部活に行くか、
部活に入ってない子は、教室に残ってダラダラしゃべったり、カラオケに行ったりしている。
そう言えば早乙女くんて、休み時間も大体一人だし。
男子とゲラゲラ笑い合ってるところなんて見たことがない。
ファンクラブができるくらい人気者なのに、なんかいつも一人の印象だな。
いや、別にいつも見てるワケじゃないけどね。
私は早乙女くんみたいなのは、全然好きじゃないから。
あ、早乙女くんが、角を曲がった。
私も急いで追いかける。
おっと、危ない。
角を曲がってすぐのところに、早乙女くんが立っていた。
私は塀の陰からコッソリのぞく。
早乙女くんはペットボトルのジュースを飲み干し、
そばにあったコンビニの前に設置されているゴミ箱に、空容器を捨てた。
なんだ、ゴミ箱にペットボトルを捨てたくて立ち止まってたのか。
それから、ペットボトルが入っていたのであろうコンビニ袋を、
小さくたたんで、
――カバンに入れた。
……カバンに入れたァ!!
それは捨てないんだ!?
後で何かに使うつもりだ!
マジか!
早乙女くんのクセに!
ええーッ!!
早乙女くんが再び歩き出したので、私も後を追った。
あー、ビックリした。
いや、よく考えたら、別にフツーのコトなんだけど。
早乙女くんには、そういうイメージがなかったというか……。
だってほら、今も、歩く後ろ姿がもう、映画のワンシーンみたい。
ただ歩いているだけなのに、なんなんだこのカリスマ全開オーラは。
すれ違う女性がみんな、早乙女くんを振り返っているよ。頬を桃色に染めて。
そんな彼が、まさかコンビニ袋集める派だったとは。
早乙女くんが、今度は急にしゃがんだ。
なんだ、どうした。
何か落としたのかな?
なかなか立ち上がらない。
よく見てみると、スニーカーの紐を結び直している。
なーんだ。
紐がほどけたのか。
結び終えた早乙女くんが立ち上がり、歩き出した。
早乙女くんの真後ろを歩きながら私は、彼のスニーカーを、じっと見つめる。
――縦結びになってる!
スニーカーの紐が、縦結びになってるゥゥゥ!
ああああよく見たら左右どっちも縦結びだ!
ええええ早乙女くんて、ちょうちょ結びできないの!?
早乙女くんのクセに!
いや他の人だったら、できなくてもどうということはないけれど。
早乙女くんは、何でも完璧にできないとダメでしょう。
なぁ~にがスキのないイケメンだ。
スキだらけじゃないか。
明日、学校で言いふらかしてやろう。
だからキライなのよイケメンは。
見た目ばっかりで、中身が全然なのよ。
――そう、あの時からずっと、気に入らない。
あれは、今からちょうど一年くらい前。
学校の図書室での出来事だった。
私はあの時からずっと気に入らないんだ。
「――ふぎゃッ!」
一年前のことを思い出していたら、突然、何かに激突した。
見えたのは、背中。
顔を上げれば、早乙女くんが振り返り、不思議そうに私を見つめている。
「……ご、ごめんなさい」
痛む鼻をさすりながら、よろよろと後ずさる。
やってしまった。
考え事をしていたせいで、早乙女くんの背中にぶつかってしまうとは。
尾行、大失敗だ。
てか、なんでこんなところで急に立ち止まるのよ!
ジャマよ! メーワクよ!
と思って見てみれば、早乙女くんの前には、横断歩道。
信号は、赤。
なんだ、信号待ちか……。
それなら仕方ない。
早乙女くんから少し離れて、私も信号を待つ。
信号を見つめて立っている早乙女くんを、横目でチラリと見る。
なんだか居心地が悪い。
早く青にならないかな。
ここの信号、こんなに長かったっけ。
「――ミズキさんてさあ」
突然、早乙女くんが私の名前を口にしたので、飛び上がりそうなほどビックリした。
「えっ、なっ、なんで私の名前、知ってんの……?」
「いやだって、みんながそう呼んでるから」
みんなが?
みんなって、だれ?
私はアンタみたいに有名人じゃないから、
そんなにあちこちから呼ばれてないはずだけど?
「図書室で、いつもみんなの相談に乗ってるじゃん」
「相談……?」
私がみんなの相談に?
それって、もしかしてアレのコトか。
図書室で文芸部の人たちに、作品の感想とか、アドバイスとか求められてるやつか。
アレは相談ってほどのモンじゃないよ。
てゆうか、そんなのいつ見てたんだ。
「ミズキさんて、文芸部なの?」
「ち、違う、けど、友達が文芸部だから、その流れでなんか仲良くなっちゃって……」
「へえ。いいね、そういうの」
早乙女くんが、にこりと微笑んだ。
なんだか直視できなくて、慌てて目を逸らす。
私が、早乙女くんがニガテになったキッカケを、
早乙女くんはきっと、覚えていないんだろうな。
あれは1年生の秋。
いつものように、ふらりと立ち寄った放課後の図書室。
「ミズキちゃん助けて……!」
入るなり、文芸部の部長が、泣きついてきた。
私は文芸部じゃないけど、親友のミクが所属してるから、自然と私も文芸部のみんなと仲良くなった。
その日の図書室には、文芸部メンバーの他に、意外な生徒がいた。
3年生の、ガラの悪い男子生徒が、三人。
図書室の本を的にして、ダーツゲームをして遊んでいる。
「やめさせたいんだけど、怖くて……」
誰も注意できないらしい。
そんなの、私だって怖い。
相手は3年生だし、
茶髪とか金髪とか鼻ピアスとかだし。
声も大きいし、なんか身体もデッカイし。
だけど、
「本が傷むからやめて下さい!」
人のメーワク考えないヤツは、大キライ。
恐怖より、怒りが勝った私は、気づけば3年生に怒鳴っていた。
「なんだァ? このチビ」
3年生が、あからさまにイラついた顔をして、そばにあったイスを思い切り蹴り飛ばした。
図書室内の空気が、一気に凍りついた。
――怖い。
やっぱりやめとけば良かった。
先生を呼びに行くとかに、すれば良かった。
私が後悔したその時、
「あーあ、コレ読もうと思ってたのに」
ダーツが何本も刺さった本を、ひょいと持ち上げたのは、
みんなの憧れのイケメン、早乙女卓巳くんだった。
「この本、弁償します?」
早乙女くんが、3年生に向かって、極めて穏やかな声で問いかけた。
……早乙女くん、いつからここにいたのだろう?
3年生の男子たちは、早乙女くんに見つめられて、後ずさった。
まあ、気持ちは、分かる。
あんなキレイな顔に見つめられたら、とにかく、距離を取りたくなる。
3年生が、急に小物に見えてきた。
早乙女くんと並んで立つと、白馬に乗った王子様と、ゴミくずだな。
その時は、本気でそう思った。
気が引けたのか、3年生たちはバツが悪そうに退散した。
早乙女くんも、特に何も言わず図書室から去って行った。
あの時からずっと気に入らないんだ。
文芸部のみんなは「早乙女くんマジイケメン!」って喜んでたけど。
私はその夜、腹が立って眠れなかった。
だってなんだか、助けられたみたいで。
借りを作ったみたいで。
私、別に助けて欲しいなんて思ってなかったし。
私一人でなんとかできたし。
早乙女くんは、きっと覚えていないだろうけど。
――信号が、青に変わった。
早乙女くんが、またもやハイスピードで歩き出した。
その早歩きすら、なんだか気に入らないので、
「さ、早乙女くんてさあ!」
理由を聞いてみよう。
追いかけながら声をかけた。
決して彼に興味があるワケじゃない。
「早乙女くんてさあ、なんでいつも、急いで帰るの?」
私が聞くと、早乙女くんは足を緩めることなく、
「妹を迎えに行かなくちゃいけないから」
と、答えた。
へえ。
妹が、いるのか。
「妹さんて、いくつ?」
「小4」
「早乙女くんが、いつもお迎えに行くんだ?」
「うん」
「ええと、その、お母さんとかは……」
「母さんは仕事で海外」
「え、そうなんだ。すごいね」
「年に何回か、帰国するけど」
「じゃあ、お父さんは?」
「父さんは日本にいるけど、仕事でいつも遅いし」
「そっか」
「弟のメシも作んなきゃいけないし」
「弟もいるんだ?」
「うん。中2。めっちゃ食うんだ」
「だろうね。てか、早乙女くん料理できるんだ」
「簡単なヤツしかムリだけど」
「例えば?」
「野菜炒めとか、チャーハンとか」
野菜炒めもチャーハンも作ったコトないよ私。
作り方すら、分かんないよ。
夏休みに、素麺ゆでたけど。
それもゆで過ぎてグダグダになっちゃって、お兄ちゃんにすごいバカにされた。
早乙女くんすごいな。
「知らなかった……。早乙女くんは、それでいつも急いで帰ってたんだね」
「うん、まあ。近所のスーパーでタイムセールもあるしな」
タイムセール。
マジですか。
男子高校生が、スーパーのタイムセール狙いますか。
「でも早乙女くん、弟と妹の面倒見てるのに、成績がいつも学年トップって、すごいね」
「うーん、親に心配かけたくないからな」
親 に 心 配 か け た く な い 。
そんなコトをさらっと言ってのける高校2年生って、全国に何人いるだろう。
てゆうか、親に心配かけたくなかったら、学年トップって、なれるものなの?
イメージが、がらりと変わった。
ウワサじゃあ、早乙女くんは超お金持ちで、
大きな屋敷に住んでて、お手伝いさんが何十人もいて。
放課後は、乗馬とかフェンシングとか習ってるんじゃないかって。
みんなはそう言ってたのに。
本当は、いたってフツーの、男子高生だった。
いや、フツーじゃないな。
弟や妹の面倒をこんなにも見る男子高生は、トクベツだと思う。
なんか、いいヤツじゃないか?
「――ふざけんじゃねーぞ!」
突然、怒鳴り声が聞こえた。
少し先の四つ角に、大柄な男性が立っている。
派手な紫色で、テカテカした光沢のスーツを着た男が、小柄なお婆さんに向かって、怒鳴りつけている。
「テメーの杖のせいで俺のスーツが破けちまったじゃねーか!」
自分の紫スーツを指さしてるけど。
どこも破けてないじゃん。
絶対に言いがかりだろ。
「ああ、どうしましょう、本当にごめんなさいねえ」
お婆さんが、申し訳なさそうに頭を下げている。
ああ、なんだか見ていられない。
あんなチンピラに謝らなくていいのに。
「弁償しろって言ってんだよ!」
男の大声に脅えたお婆さんが、持っていた買い物袋を地面に落とした。
買い物袋から、複数のリンゴがこぼれて、辺りに転がった。
「拾います」
気づいた時にはもう、早乙女くんが、かがんでリンゴを一つ一つ拾い始めていた。
私も一緒に手伝おうと、駆け寄ったその時、
「リンゴなんてどーでもいーんだよ!」
男が足でリンゴを一つ、踏み潰した。
早乙女くんが、スッと立ち上がった。
「なんだコゾー。なんか文句あんのか?」
男と早乙女くんが、至近距離で対峙する。
早乙女くんの、まっすぐな眼差しが、男をとらえている。
男もまた、早乙女くんを睨みつけている。
え、どうしよう。
これ、ケンカが始まるのかな。
早乙女くんて、ケンカ強いのかな。
殴り合いとか、する人なのかな。
でも、「親に心配かけたくない」って言ってた。
そうだ、早乙女くんは、そんな問題行動を起こす人じゃない。
親に心配かけたくなくて、学年トップになっちゃうような人だ。
今から妹を迎えに行かなきゃいけないし。
弟のゴハンだって作らなくちゃいけない。
それより何より、スーパーのタイムセールにも行かなくっちゃ。
こんな所で、こんなチンピラに、足止め食らってる場合じゃないはずだ。
――そうか。
早乙女くん、殴られるつもりなんだ。
被害者になるのが、一番コトが丸く収まる。
だってこのチンピラは、
自分が「お婆さんに服を破かれた被害者」になろうとしているのだ。
でも早乙女くんが殴られれば、
お婆さんへの恐喝もひっくるめて、警察に被害届を出すことができる。
早乙女くんは、
お婆さんが危険な目に遭うくらいなら、
自分が殴られるつもりなんだ。
……イヤだな。
早乙女くんが殴られるところは、
なんだか、
あんまり、
見たくないな。
「……いやァーーーーッ! だれか助けてええぇぇーーーーッ!!」
私は、今まで出したことのない大声で叫んでみた。
「助けてぇぇぇーーーーッ!! 殺されるゥゥゥーーーーッ!!」
私の絶叫を聞きつけて、たくさんの人が集まってきた。
どうだどうだ、これでどうだ!
助けてと叫ぶ可憐な女子高生と、ガラの悪いチンピラじゃあ、どっちが不利かは明白だよね!
大勢のギャラリーが周りに集まってきたのを見て、男は「チッ」と舌打ちをし、大股で去って行った。
やった。
勝った。
勝ったどぉぉぉ!
良かったぁぁぁ!
私ってば、声がデカくて良かったぁぁぁ!
「――変なことに巻きこんでごめんなさいね、ありがとうね」
お婆さんが、私たちに何度も何度も頭を下げる。
謝らないで下さい、と言おうとしたら、
……あれ?
おかしいな。
声が出ないぞ。
「念のために、誰か迎えに来てもらった方がいいですよ」
早乙女くんの提案で、お婆さんは携帯電話で自宅に連絡を入れた。
家が案外すぐ近くだったらしく、ほどなくして同居している息子さんのお嫁さんが、迎えに来てくれた。
お礼を言いながら去っていくお婆さんたちを見送りながらも、私の意識は、自分の、のどに。
どうしよう。
やっぱりどうしても、声が出ない。
さっきの絶叫で、のどを潰しちゃったのか……。
ええー、マジで?
超絶カッコ悪いじゃん、私。
ああー、カッコ悪い。
サイアクだ。
ううー。
「ミズキさん、大丈夫?」
ずっとしゃべらない私を不審に思ったのか、早乙女くんが私の顔を覗き込んできた。
私は早乙女くんに知られたくなくて、無言のまま駅に向かって歩き出した。
バレてないよね。
大丈夫だよね。
「ミズキさんて、デカイ声出るよね」
早乙女くんが、私と並んで歩きながら、ぼそりとつぶやいた。
私、めっちゃ早歩きしてるのに。
余裕でついてきてるし。
「前にさ、図書室で三年を注意した時も、ミズキさんすげえデカイ声出てたよね」
え。
早乙女くん、あの時のこと、覚えてたの?
「足めっちゃ震えてんのに、声だけはしっかりしてて」
はあ?
足震えてた?
私の?
ウソでしょ。
そんなワケないでしょ。
「全然怖くなくて前に出る人より、怖いのに前へ出る人の方が、すごいなあって俺は思うから」
いやいや、
いやいやいやいや。
別に私、怖くなかったから。
足も震えてなかったから。
絶対に。
……たぶん。
ああもう、声が出なくて反論できないのがもどかしい。
「あと、いつも色んな人の相談乗ってるしさあ」
だからそれは、
相談なんて大層なモンじゃなくて。
みんなが作った小説とか、俳句の感想を聞かれてるだけだし。
「ああいうの、いいよね。俺はみんなに嫌われてるから」
嫌われてるッ!?
何言ってんだこのヒトッ!?
思わず、ものすごい勢いで早乙女くんの顔を見てしまった。
すると、早乙女くんも驚いたみたいで、目を丸くした。
「いや……だって、俺さ、誰に話しかけても、なぜかみんな無言だし」
それは見惚れてるんです!
あなたの美しい顔面に!
コトバも出ないほど見惚れてるんです!
「廊下歩いてるだけでめっちゃジロジロ見られるし」
そりゃ見ますよ!
こんなアンドロイドみたいにキレイな男子が廊下歩いてたらそりゃ見ますよ!
私だって何度か見たことあるよ!
いや、うん、……2回くらいだけどね。
「あと、いつも下駄箱に、変な臭い物を入れられてるし」
それは全校女子からの贈り物でございます!
臭いのは、おそらく女子が、なけなしの女子力を発揮しようとして、
香水やらアロマやらをぶっかけてるんだと思います!
男子からすれば拷問レベルの異臭ですよね!
女子たちに注意喚起しておきます!
「だから、ミズキさんてすごいなあって、思ってた」
……いや、なぜ。
なぜそんな結論にたどり着く?
ああどうしてこんな時に限って声が出ないんだ。
早乙女くんの誤解を解いてあげたいのに。
まさか、自分が嫌われているとカンチガイしていたなんて。
「最近行ってないなあ、図書室。ミズキさんは図書室にいること多いよね」
そう言えば早乙女くんは、他の男子に比べると、よく図書室を利用している。
本が好きなのかな。
「ガキの頃読んだ本とかさ、もっかい読み返すと結構面白いんだよね」
あ、それ分かるかも。
小さい頃に夢中になった本を読み返すと、また違った発見があるんだよね。
早乙女くんはどんな本を読むんだろう。
「今読んでも面白いんだよな、『エルマーと108ひきのりゅう』とかさ」
エルマーと16ぴきのりゅうのことかな。
108ひき、多すぎじゃないかな。
108は煩悩の数じゃないかな。
「――じゃあ、俺こっちだから」
駅の改札を通り、早乙女くんは、1番ホームの方へと歩いて行った。
私は6番ホームだから、逆方向だ。
声の出せない私は、ただ彼の背中を見つめるだけ。
なんだかすごく、
なんだかすごく……、
哀しい気持ちになった。
なんで声、出ないんだろう。
「――ミズキさん」
早乙女くんが突如、きびすを返して戻ってきた。
「これ」
何かを差し出してきたので、反射的に受け取る。
私の手の平に、小さなキャンディがひとつ。
それも、いちごみるく味。
「のど、ツラそうだから」
それだけ言って、早乙女くんは再び背を向けた。
そして、雑踏の中へと、消えて行った。
……なんだコレ。
なんだコレ?
なんだコレェェ!!
スキがないって言われるくらい完璧な容姿とオーラを持ち合わせてて、
成績は常に学年トップで運動神経もバツグンなのに、
妹と弟の面倒をしっかり見てて料理もできて、
なのにスニーカーの紐は縦結びになってて、
周囲の人気に気づかないくらい鈍感で天然なのに、
のどの不調に気づいてキャンディくれるとか、
キャンディくれるとかっ!
そんなの、
一周回って、
早乙女くんはやっぱり、スキがないィィィ!!!
気に入らない!
ヒッジョーに気に入らない!
あんなスキのない男は、
気に入らないから、
だからっ、
絶対にっ!
「――絶対に好きにならないからなアァァ!!」
私のしゃがれた雄叫びが、駅構内にどこまでも響いた。
【完】早乙女くんにはスキがない!